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第四十五話「Quicksilver」

「往人さんはどこから来たのかなぁ?」

「遠いとこ」

「それじゃ分かんないよぉ」

「だって、遠いとこだし」

佳乃ちゃんと往人さんがおしゃべりをしながら、一緒に海沿いを歩いていく。佳乃ちゃんが質問をして、それに往人さんが返事をするという具合だ。佳乃ちゃんはほとんど休まずに話しかけ続けていて、往人さんはちょっとお疲れ気味の様子だ。ため息をつく回数が、少しずつ増えてきている。

「何をしにここへ来たのぉ?」

「息」

往人さんのこの返事は、相手の話をはぐらかしたり揚げ足を取ったりする時に使う、もっとも基本的な返し技だ。やったことのある人もきっとたくさんいると思う。

「むむむ~。それならぼくだってやってるよぉ」

「呼吸は大切よ? 甘く見てると痛い目に遭うわ」

「ぐぬぬ~。上手くはぐらかされちゃったよぉ」

こんな風に、佳乃ちゃんの話はほとんどうまくあしらわれちゃっている。佳乃ちゃんとしてはそれにどうしても納得がいかないのか、繰り返し繰り返し往人さんに質問をしている。往人さんは「やれやれ」というような表情をしながらも、一応、佳乃ちゃんの質問には答えている。答えの内容は別にして。

「どうして旅なんかしてるのぉ?」

「ヒマだから」

「そっかぁ。往人さんはヒマヒマ星人さんなんだねぇ」

「星人って何よ。星人って……」

「そういうわけでぇ」

「……そういうわけで?」

「キミをヒマヒマ星人二号さんに任命するっ!」

佳乃ちゃんお得意のトークが始まった。この世界に引き込まれた人間は、簡単なことでは引き返せない。まさに言葉のアリ地獄なのだ。ちなみに、過去に被害にあった人は数知れないらしい。僕は誰が被害に遭ったのかは知らないけれど、なんとなく、たくさんいそうな気がする。

「ちなみに、三号さんはポテトだよぉ」

「ぴこっ」

「……つまり、一号はあんたってわけ?」

「むむむ~。ヒマヒマ星人さんにしては理解の速度が常軌を逸してるよぉ」

「……………………」

往人さんは怪生物(ネッシーとかイッシーとかヨッシーとかその辺り)でも眺めるような視線を向けて、佳乃ちゃんから心持距離を置いている。なんとなく、往人さんの気持ちも分かる気がする僕がいる。

「で、ヒマヒマ星人のお仕事は?」

「別に何もしないよぉ。ただヒマヒマなだけぇ。それがヒマヒマ星人さんの悲しき宿命なのでありましたぁ」

一応、ヒマでヒマで仕方がないということは悲しい事だという認識はあるみたいだった。

「ヒマだねぇ」

「ぴっこぴこ」

「ヒマヒマだよぉ~」

「ぴっこり」

「あーヒマヒマぁ……」

佳乃ちゃんと僕のヒマヒマの連続攻撃(佳乃ちゃんいわく「ヒマヒマラッシュ」らしい)に対する、往人さんの反応はというと。

「ごめん訂正。あたしは割とヒマじゃなかったわ」

非常に手強い、現実的で返しにくい反応だった。

「あ~っ! ヒマヒマ星人さんはヒマじゃないといけないんだよぉ。ヒマじゃなくなったら裏切り者なんだよぉ」

「じゃ、あたしは裏切り者ってことで」

「ぐぬぬー。往人さんは裏切り者だよぉ」

「その前に、ヒマヒマ星人になんかなった覚えがないんだけどね。あたし」

往人さんは佳乃ちゃんのトークにも押し負けない、立派な認識の持ち主の人だった。なかなか自分のペースに引きこめない佳乃ちゃんが、心なしか不満げな表情を浮かべる。

「むー。じゃあ往人さん、本当はどうして旅なんかしてるのぉ?」

「それは秘密」

「あーっ! わかったぁ! きっと言いたくても言えない理由なんだねぇ」

「何よ、その妙な言い草は」

佳乃ちゃんは悪戯っぽい笑みを浮かべて、往人さんの顔を覗きこむ。突然にゅいっと出てきた佳乃ちゃんの顔に驚いた往人さんが一瞬立ち止まって、その身を後ろへ引く。佳乃ちゃんは往人さんの顔を覗きこんだまま、からかうような面白がるような口調で、こう続けた。

「往人さん、えっちな人だよぉ」

「ずこー!」

今この場で出てくるような発言じゃないような気がした。往人さんは後ろへこけそうになるのをなんとか抑えて、大声を張り上げて佳乃ちゃんへ反撃した。

「なんで女のあたしが男のあんたにそんなこと言われなきゃいけないのよっ」

「だって往人さん、男っぽいだもぉん」

「やかましいっ。そんなこと言うんだったらあんただって十分女の子っぽいわっ」

「あーっ! また言ったぁー! ぼく怒るよぉ?!」

「どうぞご自由にっ」

往人さんは吐き捨てるように言うと、佳乃ちゃんを置いてさっさと歩き出した。

「わわわぁ~。待ってよぉ」

「……はぁ。あのねぇ……」

「ほぇ?」

「一応旅をしてる理由はあるけど、あんたには言ったってわかりっこないの。分かる?」

諭すような口調で、佳乃ちゃんへと言う。その言葉には、やんわりとした拒絶が含まれているような気がした。その部分には誰にも触れて欲しくないというような、そんな印象を受ける言い方だった。

「えぇ~っ? 理由になってないよぉ」

「ダメなものはダメ。割と重要なことなんだから……少なくとも、あたし達にとっては」

「むー……」

佳乃ちゃんは不満そうな顔を浮かべて、しばらく往人さんの目を見つめていたけれど、やがて諦めたように往人さんから視線を外した。

「しょうがないねぇ。秘密は秘密だもんねぇ」

「そうよ。秘密は秘密。無理に聞かないことね」

どうしても話したくないらしい。佳乃ちゃんもそれ以上食い下がらずに、おとなしく往人さんの側について歩いていった。

 

それからしばらくして、二人は診療所へ戻ってきた。聖さんは表にはいない。中へ戻ったみたいだ。

「とうつき~」

「……とうつき?」

佳乃ちゃんが発した謎の言葉に、往人さんが疑問系で返す。

「知らないのぉ? 『到着』って意味なんだよぉ」

「……あー、なんとなく分かった。感覚で理解したわ」

往人さんは納得したような納得してないような微妙な表情を浮かべて、佳乃ちゃんに先んじて診療所のドアに手をかけた。僕と佳乃ちゃんがその後ろへと続いて、一緒に診療所の中へ入る。

「たっだいまーっ!」

「お帰り佳乃。それに……国崎君だったか」

「ちっす」

聖さんの出迎えに、肩をすくめてひょいと手を上げる往人さん。帽子を目深に被って髪を隠した姿は、どこからどう見ても男の人にしか見えなかった。多分、往人さんは聖さんの前では男の人のままでいるつもりなんだろうと、僕は思った。

「ふふふっ。また出会うことになるとはな。君はつくづく運のいい男だ」

「ああ、こっちもそう……」

「やだよぉお姉ちゃぁん。お姉ちゃん、往人さんのこと勘違いしちゃってるよぉ」

男モードで返事をしようとした往人さんに、佳乃ちゃんがいきなり割り込んだ。聖さんは佳乃ちゃんの言葉にみるみる表情を変えて、大きく身を乗り出した。

「……勘違い? 佳乃、それはどういうことだ?」

「わ?! こらっ、何すんのっ!」

「こういうことだよぉ!」

佳乃ちゃんが大きく手を伸ばしてひょいと往人さんの帽子に手をかけると、それをぱっと取り去ってしまった。

「わわわっ?!」

不意を突かれた往人さんが慌てて頭へ手を伸ばすが、そこにはもう、いつも被っている真っ黒い野球帽の姿は無かった。そして、その一瞬後。

(バサァッ)

帽子の中に隠れていた往人さんの長い長い銀髪が、再び露になった。

「こ、これは……っ?!」

その姿を見た聖さんの顔が硬直し、往人さんの銀髪に目が釘付けになるのが見えた。それは僕が今まで見たこともないくらいの、完全に素の聖さんの表情だった。口を半開きにしてるとこなんか、初めて見た。

「わーっ!? なんて事すんのよあんたはぁーっ!」

「……ま、まさか……国崎君、君は……?!」

「これが往人さんの正体というわけなのでしたぁ」

あっけらかんと言う佳乃ちゃんの隣で往人さんが頭を抱えていたけれども、佳乃ちゃんが自分の帽子を手に持ったままだということに気づくと、

「返しなさいっ」

「ふぇっ?!」

ものすごい速さでひったくるようにして佳乃ちゃんから帽子を奪い取ると、それを銀髪の上から思いっきり被った。

「……………………」

「……………………」

けれども、さっきみたいに銀髪を巻き取ってはいなかったから、帽子から長い長い銀髪がだらーんと垂れ下がっていて、帽子は何の意味も成さなかった。聖さんは開けていた口をとりあえず一度閉じ、腕組みをして往人さんを見つめた。

「……ふむ。そういうことだったのか」

「……ええ。そういうことよ」

二人ともお互いの言わんとすることが分かりきったように、一言だけ言葉を交わしあった。往人さんは諦めたように帽子を取ると、それを手の中でいじくり回し始めた。子供が悪戯を大人に見咎められた時のような、どこか落ち着かない様子だ。

「まさか、君が女性だったとはな。正直、かなり驚いているぞ」

「でしょうね……さっきまでは完璧に男のふりしてたんだから」

はぁっ、と大きなため息を一つ吐き出して、往人さんが壁にもたれかかった。どうやら聖さんに正体がばれてしまったのが、よほどショックだったらしい。

「ふむ……」

聖さんはとりあえず一旦往人さんから目線を外すと、隣でにこにこ笑っていた佳乃ちゃんへと視線を向けた。

「佳乃、どうして国崎君を連れてきたんだ?」

「えっとねぇ……それはっ、往人さんをお姉ちゃんに紹介したかったからっ」

「ほほう。本当にそれだけか?」

「た、多分それだけじゃないかなぁ? うん。きっとそれだけだよぉ」

佳乃ちゃんが白々しく目線をそらして、聖さんの問いかけから逃げようとする。聖さんは最初から何もかも見透かしたように、佳乃ちゃんに続けざまに言葉を浴びせる。

「そうか。ところで、今日のお昼は素麺の予定だが、何人分ゆでればいい?」

「えっと、三人分っ!」

「……………………」

「……あーっ!? 上手くはめられちゃったよぉ!」

「なるほど。国崎君を昼食に誘ったわけだな。理解したぞ」

「ぐぬぬ~……お姉ちゃん、腹黒さんだよぉ」

佳乃ちゃんはきっとどうやっても嘘がつけない性格なんだろうなと、僕は思った。

「……さて。国崎君、素麺は嫌いか?」

「かなり嫌いじゃない、というか大好き」

「いいだろう。昼食は三人で取ろう」

聖さんはにやりと笑って、往人さんのことを見つめた。そしてそのまま目線を佳乃ちゃんのほうへ持っていくと、意味ありげに手を顎に当てて、こう言った。

「佳乃、悪いが今鰹節を切らしているんだ。ひとっ走りして、買いに行ってきてくれないか?」

「了承だよぉ! 鰹節だけでいいのかなぁ?」

「ああ。昆布はあるからな。財布はこれを持って行け」

白衣のポケットからお財布を取り出して、聖さんが佳乃ちゃんへ投げて寄越す。佳乃ちゃんはそれをキャッチすると、びっくりするような速さで診療所を飛び出して、商店街を突っ走っていった。

「……さて。立ち話もなんだ。上がってくれないか?」

「お邪魔させてもらうわ」

聖さんの言葉を受けて、往人さんが診療所へ上がった。

 

「悪いが、見ての通りここは診療所だ。客人を出迎えるには、少々手狭でな」

「いや、あたしそういうの気にしないタイプだから。落ち着いて話が出来るんなら、どこだって構わないわ」

聖さんと往人さんは診察室に入って、お互いに向かい合うようにして座った。傍らには湯気を立てている熱いお茶がある。聖さんが淹れたものだ。ちなみに、僕は二人から見えないような位置で、こっそり聞き耳を立てている。

「……………………」

「……………………」

二人がほとんど同時にお茶を手にとって、少しだけ口をつけた。

「……………………」

聖さんが湯呑を机の上にことんと置いて、往人さんの目を見据えた。

「……さて。佳乃が席を外している間に、いろいろと聞いておかなければならないことがあるな」

「でしょうね」

表情一つ変えず、往人さんが答える。聖さんに何を聞かれるかと、今か今かと待ち構えているみたいだ。

「単刀直入に聞こう」

往人さんの様子を見て、聖さんが問うた。

 

「ここに住み込んで働く気は無いか?」

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。