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S:0020 - "Formal attire as a Witch"

「ねぇ、リアン。アナタ、そう言えばまだ『正装』を見せてないんじゃないの?」

リアンとともえがソファに腰掛けてくつろいでいる最中、不意にルルティがそんな言葉を口にした。

「……それを言うか、ここで」

「『正装』? なんですか? それ……」

ルルティの言葉に、リアンは思わず渋い顔をする。ともえはリアンとルルティの会話の意味するところが読み取れず、顔に「?」を浮かべるばかりだった。リアンは少しうつむき加減になりつつ、ともえにこう説明した。

「正装というか……あたしって一応魔女だから、『魔女らしい恰好』ってのがあるのよ」

「正装って言うのは、言ってみれば『魔女としての姿』みたいな感じですか?」

「ま、そういうことになるかしらねぇ……」

ため息混じりに呟くリアンとは対照的に、ともえは興味津々と言った面持ちだ。ルルティはリアンとともえの様子を眺めながら、不敵な笑みを浮かべている。

「リアン、ともえを弟子入りさせたなら、師匠として本来の姿を見せてあげるべきじゃない?」

「いやー、本来の姿って言っても、あたしはこれが自然体だし。これが本来の姿でいいじゃない」

「そんなこと言っても無駄よ。魔女界でそんな恰好してる人、誰もいないわよ」

「個性よ、個性。あたしのキャラクターなんだから、これはこれでいいのよ」

言葉巧みに本来の姿を晒させようとするルルティに、あくまで渋い表情で抵抗するリアン。そしてその横からは、こんな声が届いてきた。

「リアンさんっ! わたし、リアンさんの魔女としての姿、見てみたいです!」

「ほら、一番弟子が懇願してるのよ? 師匠として、見せたほうがいいわよ」

「あのねぇルルティ……あたし、あの服着るの最高に『鬱』なのよ。鏡を見る度に泣きそうになるわ」

ともえはリアンの見たことも無い姿を、見てみたくて仕方ないようだ。リアンはあくまでやる気は無いようで、ひらひらと手を振ってごまかそうとする。

「仕方ないわね……ともえ、上目遣いでおねだりしてみなさい」

「……って、何をいらんことを吹き込んでんのよーっ!!」

リアンの叫びもむなしく、ともえは既に上目遣いで「おねだり」モードに入っていた。

「あの……リアンさん」

「うっ……こ、この潤み気味な瞳、両手を固く組み合わせたポーズ……!」

「わたし、リアンさんの本当の姿、見てみたいです……」

きらきらと瞳を輝かせ、リアンにおねだりするともえ。なんだかんだでなかなかの破壊力である。ともえのことをいたく気に入っているリアンにしてみれば、なおさらだろう。

「あ……あのね、ともえちゃん、そんな、見て楽しいものでもないし、このことは忘れて……」

「だめ……ですか?」

「うぐ……そ、それは……」

「ほらほら、リアン。このままじゃ、弟子に泣かれちゃうわよ。どうする気?」

「ルルティ~っ! もう、後で覚えてなさいっ!!」

涙目気味に迫るともえに、リアンは後ろで糸を引くルルティに毒づくのが精一杯だった。

「……はぁ、仕方ないわね。最初に言っとくけど、別に見て面白いものでも無いわよ」

「分かってるわよ。はじめから、全部分かってて言ってたんだから」

「こんのドS使い魔め……あたしに似ず可愛く無いやつ……」

「ともえ、私って可愛いわよね?」

「はいっ。ねこ耳とか、綺麗な瞳とか、あとほっぺたとかっ」

「ね? ともえもそう言ってるわ。リアン、アナタの負けよ」

「うがーっ!! マジで覚えてろーっ!!」

苦悩しつつ頭をかきむしるリアンを、ルルティは悪戯っぽい目で見つめるのであった。

「……じゃあ、いくわよ」

「ええ。ともえに、アナタの『正装』、見せてあげなさい」

「はいはい……」

相も変わらず渋い顔をしつつ、リアンが諦めたように立ち上がる。そして目を閉じ、おもむろにカウントダウンを始めた。

「3・2・1……」

「……………………」

「……………………」

そして、カウントがゼロに達したとき……

 

「……それっ!」

 

指を弾くぱちんという音と共に、一際強い光に包まれて、リアンの姿が一瞬消えたように見えた。激しい光に、ともえもルルティも思わず目を瞑る。

「……………………」

「……………………」

目を瞑ってもなお入り込もうとする光をやり過ごしているうちに、やがて光は自然と弱まり、リアンのシルエットが浮かび上がってくる。ともえとルルティはほぼ同時に目を開け、浮かび上がってきたリアンの姿を瞳に捉える。

「……………………」

光が完全に収まり、リアンの姿がはっきりと現れる。ともえもルルティも、その姿に釘付けになっていた。

「これが……リアンさんの魔女としての姿……」

「……………………」

ともえの眼前には――ゆったりとした黒のローブを身に纏い、天に逆らうかのように尖った、いわゆる「とんがり帽子」を被った、リアンの姿があった。これまでありとあらゆる形で魔女の「常識」を破壊してきたリアンがはじめて見せた、「魔女らしい」姿だった。

「……ふぅ。こんなところかしらね……」

ローブをパタパタとはたきながら、リアンが静かに口にした。変身を終えたリアンの恰好は、紛れも無く文字通りの「魔女」だった。「魔女」という言葉を聞いて真っ先に思いつく容姿、それが、今のリアンの恰好だった。

「……………………」

「……………………」

ともえとルルティは、「魔女服」姿を披露したリアンの姿を、まじまじと見つめる。

「……とまあ、こんな感じよ。いかにも『魔女』って感じだけど……どうよ?」

感想を求めるリアンに、ともえとルルティは……

「そうね……」

「なんていうか……」

 

「こう……感覚的に、リアンさんには似合ってないような……」

「ぎくっ」

「服に着られてるって言葉が、これほど合うシチュエーションも無いわね」

「うぐっ」

「うーん……なんだか、その服を着てる部分だけ、すっごく老けて見えます……」

「んがっ」

「アレね。そもそもその服、もっさりしすぎなのよ」

「がはっ」

ともえとルルティの容赦の無い攻撃に、魔女服リアンはうめき声を四回連続で上げた後にあえなく沈没、かっくんと頭を垂れた。頭を抱えてうなだれ、ずり落ちそうになるとんがり帽子を手で押さえた。惨憺たる有様とはまさにこのことである。

「とほほ……だからヤだったのよ、この服着るの……」

「まさか、ここまで似合わないとは思って無かったわ。前に見たときから大分時間が経って、少しは似合うようになってると思ってたんだけど」

「あんたねぇ……こうなるって知ってたくせに、よく言うわよ……」

大不評の魔女服姿を眺め回しながら、リアンが大きなため息をついた。ルルティを恨めしげな視線で見やりつつ、どうやっても似合わない自分の姿を嘆く。

「リアンさん、ごめんなさい……わたしが無理を言ったせいで、リアンさんに嫌な思いをさせてしまいました……」

「まぁね、別に嫌って訳じゃないけど……でも、やっぱりあんまり着たくなかったのよねー……」

「リアンさんは、やっぱり、いつもの服のほうがいいと思います」

「でしょ? あたしも、最初からそうに違いないと思ってたのよ」

リアンは「やれやれ」といった表情で、指をぱちんと弾いた。途端、身につけていたローブととんがり帽子が光の粒子となって消え、先程までの「いつもの」リアンの姿へと戻った。

「ともえちゃん、それにルルティ。やっぱり、こっちのほうがいいでしょ?」

「はいっ! 白いシャツに青いジーンズ、これこそリアンさんって感じです! とっても似合ってます!」

「うむうむ」

「そうね。こっちは、見事に服を着こなしてる感じだわ」

「ふんふん」

「服装と顔立ちの年齢が、ぴったり合ってる感じです」

「よいよい」

「もっさり感は皆無、軽快に動けそうな感じね」

「よしよし」

腕組みをしながら、リアンがしきりに頷くのであった。

「やっぱりあたしはこうじゃなきゃねぇ……」

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。