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S:0021 - "Lesson and Training #1"

「そういえば、リアンさん」

「ん? どったのともえちゃん」

リアンの持ってきたイチゴジャム入りクッキーをつまみながら、ともえがリアンに尋ねた。ルルティは相変わらず事務机に腰掛け、ともえとリアンを観察している。どうやら、事務机の上がルルティのホームポジションのようだ。

「さっきルルティさんが『魔女界』って言ってましたけど……それって、どこか別の世界なんですか?」

「あぁ、その話ね。いずれ話そうと思ってたけど、ちょうどいいし、今ここでちょっと話すことにするわ」

ほのかに白い湯気を立たせるアールグレイを一口すすってから、リアンが話を始めた。

「魔女界っていうのは、文字通り魔女の住む世界の事よ」

「今、わたしたちが住んでいる地球とは、別の場所にあるんですか?」

「んー、なかなか難しいところね。厳密に言うと違う場所なんだけど、じゃあ位置的にどこか、と言われると、確かめる術が無いのよね」

魔女界にも宇宙はあるが、その宇宙は地球の属する宇宙と繋がっているわけではないと、リアンは付け加えた。

「そうね。要は、まったく違う『次元』にあると思ってくれればいいわ。例え話になるけど、二つの独立したサーバがあって、片方には『地球』アカウントが、もう一方には『魔女界』アカウントがある、って感じかしらね」

「リアンったら、相変わらず例え話がヘタなんだから。ともえがそれで分かると思ってるの?」

「なんとなく分かりました。お互いに所属しているところが違う、ってことですよね」

「そうそう! つまりは、そういうことなのよ!」

「……って、あれで分かっちゃうの? 妙なところで理解力があるわね、最近の子供って……」

少々分かりづらいリアンの例え話にルルティが突っ込むが、ともえはリアンの話で理解したようだった。ルルティは意外そうな表情をしつつ、それ以上話に横槍を入れようとはしなかった。

「で、あたしがここ、人間界……あー、一つ捕捉しておくわ。ともえちゃんたちのいるこの世界は、魔女界側からは『人間界』って呼ばれてるのよ」

「人間が住んでる世界だから……ですよね?」

「そういうこと。人間以外の生物もたくさん住んでるし、あたしはあんまり好きな呼称じゃないんだけど、ここは『人間界』で統一するわ」

魔女界にも魔女以外の生物はたくさんいるのよ、と、リアンが付け加える。

「話を戻すわ。あたしが人間界に来れたのは、魔女界には他の世界に繋がる『ゲートウェイ』があるからなの」

「ゲートウェイ?」

「次元の異なる世界同士をつなぐ、『通路』『回路』のようなものよ。そこを通ると、別の世界へ行くことができるの。人間界以外にも他の世界へ繋がるゲートウェイはたくさんあるけど、今回は割愛するわね」

ゲートウェイの集中している魔女界は、次元の異なる世界同士をつなぐ「次元結節点(ジャンクション)」としての役割を果たしている――図を交えつつ、リアンが説明した。

「魔女界の気候や環境は、地域にも拠るけれど、概ね人間界と同じ程度だわ。だから、人間も問題なく活動できるってわけ」

「逆に、魔女界とほぼ同じ環境だから、リアンさんも普通でいられるってことなんですね」

「なかなか飲み込みが早いわね。リアン、うかうかしてるとあっさり追い抜かれるかも知れないわよ」

「ホント、それはつくづく感じてます……」

申し訳なさげに頭を下げるリアンに、ともえがくすくすと笑う。

「でもって、魔女界もなかなか広いところで、すべての地域が開拓されてるわけじゃないのよ」

「全体の具体的な広さが、まだはっきりとわかってないんですか?」

「そうね。あたしの住んでるところだと、今まさに開拓が進んでる最中だもの」

ちなみに、既に開拓が終わって魔女が住んでいる地域だけでも、少なく見積もって日本の国土程度には広いらしい。

「で、その魔女界を統治してるのが、中央統括……あー、この話はちょっとパス。魔女界の中央に拠点を構える政府ね。女王陛下を頂点とした、立憲君主制の政治体制が敷かれているわ」

「魔女界の女王様……ということですか?」

「そう。形の上では、魔女界の魔女はすべて女王陛下の臣民ということになっているわ」

政策立案や執行に際しては、女王陛下以外にも数多くの組織体や関係者が関わっているため、女王陛下がすべての権限を持っているわけではないという。ただし、いわゆる「鶴の一声」で政令を出す、ということは稀に行われるらしい。

「あたし自身は、女王陛下に謁見した事は一度も無いんだけどね」

「やっぱり、偉い人にはそうそう会えませんよね」

「そうね。女王陛下に謁見できるような魔女となると、高い魔力と優れた教養を兼ね備えた、独立独歩を是とする『魔女らしい魔女』に限られるもの」

「リアンの場合、教養というかトリヴィアのようなものは豊富ね。私は、そっちの方が実利的だと思うけど」

「あんたがあたしを褒めるなんて、こりゃ明日は雹が降るわね」

魔力だけならそのレベルの魔女にも負けない自信はあるんだけどね、と、リアンが寂しげに笑った。

「とりあえずはこんなところかしらね。詳しい事情とかは、また今度話す事にするわ」

「はい。リアンさん、ありがとうございました。いろいろなお話が聞けて、楽しかったです」

「結構話さないといけないことがあるからねー……こういうのは、お茶でも飲みながら気楽にやるに限るわ」

まだ湯気を立てているアールグレイを静かに口へ含み、リアンが音もなく飲み下した。

 

「さて、一息入れたところで、今日も練習と行きますか」

「はいっ! がんばりますっ!」

すっかり空になった皿とカップを指弾き一つで綺麗に片付けると、リアンとともえが同時に立ち上がった。ルルティは眠そうにあくびをしつつ、例によって事務机の上で足をぶらぶらさせていた。

「よし! じゃ、昨日と同じように、変身してみましょうか」

「はい。リアンさん、見ててくださいね!」

左手に装着したマジックリアクターを掲げ、ともえが張り切った表情を見せる。

「ともえ、変身っ!」

そう掛け声を掛けた後、ともえがリアクターにタッチする。

「……!」

これまでと同じように、ともえの全身から光が放たれ、ともえが光の中に飲み込まれる。身につけていた服が光の中に吸い込まれ、代わりに、光がともえの躰を包み込む。手袋・ブーツ・服・そして帽子。光の海の中からそれらが切り取られ、ともえに装着される。

……そして、光の中から、少女が姿を現す。

 

「プリティ♪ ウィッチィ♪ ともえっち♪」

 

いつものようにポーズと台詞を決めて、ともえの変身が完了した。

「……ふぅ。うまくできましたっ」

「うし、やっぱあれだ。ともえちゃん、あたしと結婚しよう」

「えぇっ?! け、結婚?!」

ともえ可愛さにのっけから興奮気味に「結婚しよう」などと抜かすリアンに、純粋なともえは上ずった声を上げざるを得なかった。

「ともえ、気にしちゃだめよ。リアンの趣味は大体こんな感じだから」

「待てい! それではあたしがヘンタイみたいではないか!」

「あら、変態に変態って言って何が悪いのよ」

「ヘンタイ言うなこのドS使い魔!」

「変態! 変態! 変態!」

「がーっ!! 三回も言うなーっ!!」

何がなんだか分からないが、とりあえずリアンとルルティは名コンビであると当たり障りの無いコメントをつけておくことにしよう。

「……変態は放っておこうかしら。ともえのその恰好、魔女見習いの基本的な服装だけど、ホント、リアンとは大違いね」

「そうですね。魔女というか、魔法少女、みたいな感じだと思います」

「ちょっとちょっと、あたしのあの恰好のネタ、いつまでも引きずらないでちょうだいよ」

「おまけに、リアンと違ってよく似合ってるわ。愛らしさが強調された恰好ね」

「えへへ……ありがとうございますっ」

「くっ……あたしだって、子供の頃は見習い服が似合ってたのよぅ……」

セルリアンブルーで可愛かったのよぅ、ひらひらでふわふわで可愛かったのよぅ……などと恨めしげに言うリアンをよそに、ルルティがともえの側に立つ。

「傘の一件で、アナタの能力がなかなか高い事は分かったわ。ここから、私が魔法のチューニングを手伝ってあげる」

「あっ、ありがとうございます!」

「調整するなら……あれね、ルルティ。『折鶴』なんてどう?」

「悪く無いわね。けど、少し難しすぎないかしら?」

「ふぅむ。なら、『ビー玉』とかがちょうどいいかもね」

「賛成ね。リアン、アナタも手伝ってちょうだい」

「言われなくとも」

リアンとルルティがともえの側に寄り、リアンがともえの右手を、ルルティが左手を取る。

「ともえ、力を抜いて」

「……はい」

「そうそう、その調子。あたしとルルティに身を任せて、リラックスして」

魔女と使い魔から手ほどきを受けつつ、ともえが魔法の練習を始める――

 

――それから、およそ二時間後。

「……いいわ。これくらいにしましょ」

「はい。リアンさん、ルルティさん、ありがとうございましたっ」

「筋のよさはかなりのものね。リアンがほれ込むのも分かる気がするわ」

リアンとルルティに「チューニング」を施してもらって、ともえの魔法はかなり安定してきたようだった。チューニングに使った魔法は「考えたとおりの大きさ・色合い・模様のビー玉を出現させる」というもので、自分の考えと魔法をうまくすり合わせるコツを教えてもらっていたようだ。

「いい感じよ、ともえちゃん。焦らず練習していけば、きっと立派な魔女になれるわ」

「はいっ。わたし、がんばりますっ」

リリカルバトンを握り締めつつ、ともえが力強く答えた。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。