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第百十四話「Chatting Time #3-1」

「岡崎さんから事情は聞いてたけど、そんなに大変だったなんて……」

「そうなのよ。大騒ぎに次ぐ大騒ぎで、半端じゃなかったわよ」

部室ではあちこちで雑談が始まっている。部長さんも副部長さんもいないし、時間も中途半端だから、とりあえず雑談でもして時間を潰そう……そんなみんなの考えが伝わってくるような、適度に気の抜けた空間だった。

「それで、夕方にまた話を聞きに行くの?」

「まあね……なんか、知らない間に大事になってるけど、どうしてかしらね……」

「うーん……やっぱり、お姉ちゃん面倒見がいいから……繭ちゃんのこと、気になるんだよね?」

「そりゃあねぇ……目の前であんなやり取り見せられたんじゃ、気にならないほうがおかしな話よ」

あんなやり取り、というのは……思い当たるところがありすぎて、一つには絞れそうに無い。多分、保育所での「椎名じゃない」発言と、別れ際の華穂さんへのそっけない態度のどちらかだろう。僕もあれが気にならないといえば……それは、大きな嘘になる。むしろ、気になって気になって仕方が無いというのが本音だ。

「それじゃあ、今日は私がご飯作ろっか? お姉ちゃん、遅くなりそうだし……」

「いいわよ、無理しなくても。また前みたいに失敗しちゃったら、大変でしょ?」

「うーん……やっぱり、まだダメかな……」

「もうちょっと練習してからね。今日はあたしが作るから、椋は手伝ってちょーだい」

「うん……ごめんね、お姉ちゃん」

苦笑いのような笑みを浮かべて、椋さんが言った。藤林さんの様子を見る限り、椋さんは藤林さんが自信を持って一人で任せられるほど料理は上手じゃないみたいだ。それにしても、顔立ちは本当にそっくりなのに……性格や口調は別人のように違っている。双子って、そんなものなのかなぁ?

「いいのよいいのよ。それより、もし時間が空いてるんだったら、またボタン探しといてくれない?」

「うん。今日はまた神社の方まで足を伸ばしてみるね」

「頼んだわよ。それにしても、どこ行っちゃったのかしらねぇ……」

「いつもだったら、もうそろそろ出てきてもいい頃なんだけど……」

僕はふと、最初に藤林さん姉妹に出会ったとき、何かを探していたことを思い出した。「ボタン」という名を持つ動物だ。あれから随分経っているはずだけど、未だに姿さえ見せていないらしい。一体どこへ行っちゃったんだろう? それより、どうして二人から離れていったんだろう? 二人がそんな悪戯をするような人には、僕にはとても見えないのだけれども……

あまり二人の話ばかり聞いていても何だから、別のグループの話にも耳を傾けてみることにしよう。

「ax^2+bx+c=0において、x{-b±√(b^2-4ac)}/2aだから……」

「……(うんうんっ)」

「……該当する式を解の公式に当てはめて解くと、答えはこうなるの」

「う~ん……すらすら度が全然違うね……」

『とっても分かりやすいの』

こっちは雑談じゃなくて、勉強をしている真っ最中だった。上月さんが忙しそうにちょこまかと鉛筆を動かして、一ノ瀬さんから聞いたことをノートに書き付けている。みさおちゃんは特に勉強しなくても大丈夫なのか、二人の様子を興味深げに観察しているだけだ。

『勉強を教えてもらって嬉しいの』

「数学は基礎が大切だから、毎日の予習と復習は欠かせないの」

「……(うんうんっ)」

上月さんは一ノ瀬さんに勉強を教えてもらえたことが嬉しかったのか、にこにこ笑顔でしきりに頷いている。一ノ瀬さんもまんざらではない様子で、いつもよりもなんだかちょっと嬉しそうだ。

「教えるのもうれしいし、教えられるのも嬉しいの」

「……?」

「えっと……」

「???」

「……これで、幸せも半分こなの」

一ノ瀬さんのちょっと足りない言葉を僕が補うなら、(一ノ瀬さんは)教えるのが嬉しいし、(上月さんは)教えられるのが嬉しい。だから、(一ノ瀬さんと上月さんの)幸せが(均等に)半分こされて、どっちも幸せになった、ということなのだろう。どっちも嬉しいのなら、それはいいことだ。

「……(うんうんっ)」

その意味に気づいた澪ちゃんは、いつものように「うんうんっ」と首を二回縦に振って、

(はしっ)

突然、一ノ瀬さんの腕に、両手でしっかりとしがみついた。そのまま嬉しそうな目を向けて、一ノ瀬さんのことを見つめている。

「……(しっか)」

「?」

「……(ぎゅっ)」

「??」

「……(じーっ)」

「???」

クエスチョンマークの数を加速度的に増やす一ノ瀬さん。当の上月さんは純真無垢という言葉がぴったりの混じりけの無い目線で、じーーーーっと一ノ瀬さんを見つめている。もし同じことを男の人にしたら、まず間違いなく勘違いされるだろうと、僕はいらないことを考えるのであった。

「……(じーーっ)」

「????」

「……えっと、多分、澪ちゃん流の喜びの表現だと思うよ」

「……うれしいの?」

「……(うんうんっ)」

いつまで経っても前に進まない場に危機感を感じたのか、みさおちゃんがフォローを入れた。一ノ瀬さんもようやく納得したみたいで、しっかりとしがみついている上月さんの手をとって、優しい笑みを浮かべて見せた。なんだかこの二人、気が合いそうだ。しゃべり方のテンポも似てるし。

「……(にこにこ)」

「……にこにこなの」

「あははっ。なんだかお似合いだね。澪ちゃんと一ノ瀬先輩、姉妹みたいに見えるよ」

「……(うんうんっ)」

「かわいい妹なの」

「……(うんうんっ)」

そんな微笑ましさいっぱいの光景を横目に、僕は次のグループへと足を向ける。

「今更ながらだが……」

そこで最初に見かけたのが、このグループだった。

「七夜って、ホントに七瀬にそっくりだよな……」

「やはり、お前もそう思うか?」

「でも、普段から七瀬とくっついてる折原なら、ちゃんと違いが分かるだろ?」

「そうだよね。浩平ったら、授業中ずっと七瀬さんと遊んでるんだもん」

「あれは遊んでるんじゃない。七瀬に乙女の極意を教えてやってるんだ」

「それを世間一般で遊ぶって言うんじゃないのか?」

折原君・長森さん・七夜さん・岡崎君の四人。話題はさっきまで一緒にいた七瀬さんと、今ここにいる七夜さんのことについてだ。何度も言われているし、今更言うべき事でもないと思うけど、七瀬さんと七夜さんは本当によく似ていると思う。本当は双子なんじゃないかって思うくらい、そっくりな顔立ちをしている。

「ほう……乙女の極意、とな。それはどのようなものだ?」

「七夜さん、浩平の冗談に付き合っちゃダメだよ。浩平って抑えが利かないから、平気でありえないこと言っちゃうもん」

「確か前は『電話帳を真っ二つに破いてくれ』とか言って、そんなことできるわけないだろ、って思いっきり突っ込まれてたよな」

「あれは七瀬の乙女パワーが足りなかったんだ。乙女パワーが十分あれば、七瀬は電話帳くらい余裕で破いてくれるぞ」

「はぁ……乙女パワーって、何のことだかさっぱり分からないよ……」

「まったく……毎日毎日こんなことばっかしてるから、七瀬のため息の数が増えていくんだな……」

呆れる岡崎君と長森さん。僕も同じ気持ちだ。七瀬さんは見た感じ確かに力とかは強そうだけど、いくらなんでも分厚い電話帳を裂いたりすることはできないだろう。大体、電話帳の厚さを考えれば、高校生の女の子が引き裂くことなんてできるわけがない。

「そういうわけで七夜。お前ならできるはずだ。是非やって見せてくれ」

「浩平っ!! もうっ、七夜さんを困らせちゃダメだよ……」

「いやいや、俺は別に困らせようとして言ってるわけじゃないぞ。これも七夜を乙女にするための試練なんだ」

「相変わらず無茶苦茶言ってるな……」

左右から突っ込まれる折原君。締めるときは時はきっちり締めるけど、ゆるい時はとことんゆるいんだなぁと実感せずにはいられない。さすがにこの冗談には、生真面目な七夜さんも――

 

「よし、分かった」

「……え?」

 

――七夜さんは一言だけそう言うと、部室の片隅に放置されていた古い電話帳(多分、ずっと昔の先輩の人が持ってきたものだろう)を見つけると……

「失敬する」

……それを静かに手に取り、そのままつかつかとこちらに戻ってきた。

「な、七夜さん……?」

「七……夜……?」

「……お、おい、七夜……」

顔を見合わせあう三人をよそに、七夜さんはぱらぱらとページをめくり、ちょうど真ん中のページでぴたりと止める。電話帳は全国版サイズ……その分厚さは尋常ではない。そのまま漬物石か何かに使えそうな、威圧感たっぷりの厚さだ。もう古くなっていて、電話帳としては使い物にならないだろうけど、その厚さと重さ自体が何かに使えそうだった。

「……ふぅ……」

細く息を吐き出し、電話帳の端と端をしっかりと掴む。目を静かに閉じて精神を統一させ、力の「波」が訪れるのを待っている。いつも通りの賑やかさが広がる部室の中で、この一帯だけが異様なほど静まり返っていた。

「マジか……? マジなのか……?」

「こ、浩平~……七夜さん、本当にやるつもりだよ……?」

「い、いや……まさか、そんな……」

顔を見合わせあう三人の表情は困惑しきりだ。これから何が起きるのか、想像もつかない様子に見える。

「……はぁぁぁ……」

今度は大きく吐き出す。場の緊張の度合いが一気に増した。誰かが生唾を飲み込む「ごくり」という音が、嫌に大きく聞こえた気がした。ここだけが部室から切り離されて、別の世界へ飛ばされたみたいだった。七夜さんの周囲の風景が、僅かながら歪んで見えたような気がした……

「……!」

……その時だった。

 

「はぁっ!!」

 

(ばしぃっ!!)

 

……掛け声一閃。文字通り、一瞬の出来事だった。その瞬間を見ることができたのかできなかったのか、僕にもよく分からなかった。

「うおっ?!」

「うぐっ?!」

「えぅっ?!」

「……?!」

「……!!(びくっ)」

その瞬間、部室は沈黙した。

「何々ぃ?! 今の音、何かなぁ?」

「……な、何!? 今、なんかすごい音聞こえたんだけど……?」

「む、向こうで何かあったみたいだけど……」

「お、お兄ちゃん……?!」

「何か、大きな音がしたの……」

何が起きたのか誰も理解できず、ただ「大きな音が鳴った」「それは折原君たちの方から聞こえた」という一方的な事実だけが、関係ないメンバーたちに与えられた情報だった。この状況をまともに理解できている人は、誰もいなかったのだ。

「……………………」

七夜さんの目の前に、無数の紙吹雪が舞う。電話帳を引き裂いた瞬間にできた、無数の電話帳の亡骸だ。ひらひらと宙を舞い、一枚また一枚と、地上に吸い寄せられていく。その吹雪の中で、七夜さんは両手にちょうど半分にされた電話帳を握り締めながら、一人堂々と立っていた。

「……ふむ。こんなところだな」

「……………………」

「……………………」

「……………………」

絶句する三人を前にして、七夜さんは涼しい表情を覗かせる。そしておもむろに床へ破り捨てた電話帳を置くと、

「……さて。後片付けをするから、悪いが少し席を外してくれ」

何食わぬ顔で、教室の隅にあった掃除用具入れから箒とちりとりを取り出し、さも当然のように掃除を始めた。さっ、さっ、という小気味よい音と共に、舞い散った無数の紙吹雪があっという間にちりとりへと集められていく。しばらくもしないうち、床は元通りの殺風景な姿を取り戻した。

「……本当に破いたぞ……電話帳……」

「……私、この目が初めて信じられなくなったよ……」

顔を驚愕の色に染める長森さんと岡崎君の隣で、この出来事の原因を作った折原君はというと……

「……………………」

……まだ口に出して何か言えるほど、目の前の事態を正確に飲み込めていないみたいだった。

「……ぴこぴこ」

僕は静かに場所を変え、他のグループの話を聞くことにした。

 

「……………………」

……とりあえず、七夜さんを怒らせちゃ絶対にだめだ、ということは、これ以上無くよく分かった気がした……

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。