「あたしさー、最初に『ピーチティ』って言葉を聞いたとき、うげっ、なんじゃそりゃ、って思っちゃったのよねー」
「なんだかこう、『アイスの天ぷら』みたいな感じですよねっ」
「そうそう。字面からして絶対合わないでしょ、って感じがするんだけど、いざ組み合わせてみると思いのほか良かったりするのよね、これが」
よく冷やしたピーチティと、焼きたてのバタークッキーを囲みながら、ともえとリアン、そしてルルティは、お決まりのティータイムとしゃれ込んでいた。
「リアンったら、お菓子を作るのはそれなりに出来るのに、普通の料理が出来ない理由が分からないわ」
「うーん……マラソンの得意な人が、短距離も得意なわけじゃないのと、似たような事じゃないでしょうか?」
「うむ。ともえちゃんエクセレント素晴らしい例え。分野によって得意・不得意があるものよ」
優雅にピーチティをすすりながら、リアンがともえのうまいフォローに載る形になった。
「そういうものかしらね」
ルルティは納得がいったような、はたまた納得がいっていないような、どちらとも取れるやや煮え切らない言葉を残し、自分もピーチティに口をつける。
「……………………」
静かにピーチティを飲むルルティを、ともえが横から見つめる。すまし顔でピーチティを飲み下すたびに、ルルティのフードに付いた白いネコミミが揺れる。ゆらゆら揺れるネコミミに、ともえの目は釘付けになっていた。
「……………………」
「……ともえ? どうかしたの?」
自分をじっと見つめるともえに、ルルティがきょとんとした表情で尋ねた。
「……えいっ」
ともえはそっと手を伸ばして、ルルティのフードについているネコミミに触れる。ルルティが視線を上げ、ともえの手を見つめた。
「わ、ふにふにしてます……」
「ともえったら、これが気になってたのね」
「うむす。やっぱりネコミミは気になるわよねー」
こわごわネコミミに触れるともえに、ルルティがふっと笑みを浮かべた。感触が心地よかったのか、ともえは繰り返しネコミミを触っている。
「これ、本当に猫の耳みたいです……」
「でしょでしょ? あたしがこのフードを作ったんだけど、ルルティったらネコミミだけで十回もリテイク出したのよ? 苦労した甲斐があるってものよ」
「猫には耳が欠かせないもの。こだわるところは、きちんとこだわらなきゃ」
ともえの触れていない左のネコミミを弄りながら、ルルティはお決まりのすまし顔で言って見せた。このすまし顔はルルティの少しばかり素直でない性格も相まって、とかく猫の気まぐれさを連想させるものになっていた。
「そうだわ! せっかくだから、ともえちゃんにもプレゼント♪ ほいっと!」
「?」
リアンがいつものように指を弾く。すると……。
「わぁ、ネコミミつきカチューシャが……!」
ともえの頭上から、黒いネコミミ付きのカチューシャが落ちてきた。カチューシャはともえの頭にすとんと納まり、ともえにネコミミが装備された。サイズはぴったりのようである。
「ふぅん……悪くないわね。良い線行ってるんじゃない?」
「ホントですか?! ルルティさん、ありがとうございますっ」
ネコミミともえを、ルルティが例によって少々素直でない調子で評価する。自分に付いたネコミミをしきりに触りながら、ともえが嬉しそうに応えた。可愛らしい物好きのともえには、たまらない一品だったようだ。
「……………………」
「……で、アナタは例によって変態と言うわけね」
「ともえちゃんテラモエス」
その隣では、ネコミミを出した張本人であるリアンが至福の(※変態的とも言い換え可能)表情を浮かべていた。弟子にネコミミを装備させて萌える師匠。もはや手の施しようの無いド変態である。医者もさじを投げること請け合い。
「リアンさんっ、これ、すっごく気に入りました!」
「ネコミミを装備したともえちゃんが相手なら大規模ハァハァ祭りを開催せざるを得ない」
「ともえ、今すぐその人の形をした生ゴミから離れなさい」
仕舞いには使い魔にゴミ扱い(しかも生ゴミ)される師匠。今だかつてこんなに酷い主従関係が存在しただろうか。いや無い(反語)。
「いやー、やっぱりともえちゃんは可愛いわねぇ」
「えへへ……リアンさん、ありがとうございます!」
「可愛がるのも結構だけど、犯罪にならない程度にしなさいよ」
ため息混じりに呟くルルティの表情には、多分に諦めの色が滲んでいた。リアンが相手なら仕方ない、とも言えた。
「リアンさん、今日もありがとうございました!」
「いやいや! ともえちゃんがいてくれると、あたしも楽しくて仕方ないわ」
夕暮れ時。ともえはアトリエから出て、自宅へ帰ることにしたようだ。
「ともえ、次に来るときも、抱きしめ権利券を忘れちゃダメよ」
「もちろんです! ちゃんと持ってきますね」
「うし。あたしも次までに百万枚ほど権利券を刷っておこうかしらね」
とてもではないが、生きているうちに使いきれる気がしない。
「リアンさん、ルルティさん、さようなら」
「さよなら、ともえちゃん。気をつけて帰ってね」
ともえは二人と挨拶を交わし、帰路に着いた。
「ただいま~っ!」
ともえが勢いよくドアを開ける。今日はあさみと隆史が帰ってくる日だ。ドアの鍵が開いているから、既にどちらかが先に帰ってきているのだろう。
「お帰りなさいっ、ともえちゃん」
ともえの声を聞くや否や、前回と同じ要領であさみが駆けてきた。ともえはさすがに慣れたのか、特に驚いた様子は見せていない。
「ただいま、お母さん。帰ってきてたんだね」
「ええ。お仕事が早く終わったから、ともえちゃんに会いたくて――」
普通に会話しようとしたともえとあさみ。だが、あさみがともえの前までたどり着いた瞬間、その動きがぴたりと止まった。
「えへへっ。お母さん、ありがとう……って、あれ?」
「と、ともえちゃん……それは……」
「……え? あっ……!」
あさみが指差した先には――リアンからもらった、ネコミミ付きカチューシャがあった。
(しまった……! これ、付けたままだったよ……!)
アトリエから自宅まで誰にも出会わなかったためか、ともえは自分が(些かこっぱずかしい)ネコミミカチューシャをつけたままであることをすっかり忘れていたようだ。あさみがそれを見て、硬直した次第である。
「え、えっと……こ、これはねお母さん、実は……」
しどろもどろになりながら、どうにか辻褄合わせの弁明を図るともえ――だが。
「……きゃ~っ! ともえちゃんっ、可愛すぎ~っ!」
「って、わああぁぁぁあっ?!」
あさみは瞬間的に音速を超える速さでもってともえに近づくと、視覚的に捉える事が困難な程度の速度でともえを抱きしめた。ともえは何がなんだか訳が判らず、驚きの声をあげるばかりだった。
「ともえちゃんにネコミミなんて……素敵すぎてお母さん、困っちゃうわ♪」
「え、えーと……お、お母さん……」
戸惑うともえのことなど露知らず、あさみはともえを抱きしめしきりに撫でまくる。ネコミミカチューシャのともえが、よほどツボに嵌ったようだった。
「ともえちゃん、にゃんにゃん♪」
「ど、どうしよう、これ……」
天にも浮かびそうな表情の母親を見つつ、ともえが玄関で固まる。
――と、そこへ。
「おうともえ、あさみ! 今帰ったぜ!!」
最高のタイミング(最悪のタイミングとも言える)で、同じく隆史が帰宅した。ケーキの入っている様子の箱を掲げ、颯爽とドアを開けて登場する。
「今日は二人の好きなチーズケーキを金払ってかっぱらってきて――」
お金を払ってかっぱらう(=普通に買う)などという理解に苦しむ言葉を言い終える前に、隆史が目の前の光景を目にして固まった。
「あ……お、おとう、さん……」
あさみに抱きつかれたまま、ともえが首だけ後ろを向く。その頭には、ネコミミカチューシャがしっかりと装備されていた。
「と、とも、ともえ……そ、それは……」
「あ、え、えーと……こ、これは、カチューシャで、えっと……」
どう考えても聞かれていないことを勝手に答えるともえだったが、結局、その答えすら最後まで言い終えることはできなかった。
「うおおおぉぉぉーっ!! ともええええぇぇぇーっ!!」
「は、はわわわわわわぁ~っ!」
「ともえに猫耳だとぉ……?! これはもう犯罪以外の何物でもねぇっ!!」
後ろから隆史に抱きつかれ、ともえはいよいよ完全に身動きが取れなくなった。絶叫と共に少女に抱きつく結構イケてる優男。父娘でなければいろいろな意味でまずい光景であると言えよう。場合によってはそれでもまずいのだが。
「ともえちゃ~ん♪ にゃんにゃ~ん♪」
「ともえーっ!! 大好きだーっ!!」
「あうぅ、とほほ……」
ネコミミカチューシャを外し忘れていた事を後悔しつつ、ともえは前後から自分を抱きしめる両親に、苦笑いで答えるばかりだった。
「お父さ~ん♪ ともえちゃんを、一緒にお持ち帰りしちゃいましょ~♪」
「うおぉーっ! あさみーっ!! 他に選択肢があるわきゃねぇだろおぉっ!」
「あわわっ、お母さんっ、お父さんっ、まだ運動靴のままだよ~!」
ともえはネコミミカチューシャ(と、運動靴)のまま、リビングまで強制連行されていくのであった。
「これ、外しておけばよかったよ~……」
南無。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。