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#12 Hello My Dear

……さて、真面目な話はこれくらいにして。

「ところで、ちょっと話は変わるんだけど、いいかな」

「何の話?」

僕は彼女の言葉をきちんと咀嚼して飲み込んでから、チェリンボのこととは別に、さっきからずっと言いたかったことを今ここで言うことにした。

「僕のこと、『秀明くん』って、名前で呼んでくれるようになったんだね」

そう、これだ。僕の呼び方についてだ。中原さんを体育館で起こした(僕が直接起こしたわけじゃないけれど、そういう形になる)時から、僕のことを一貫して「秀明くん」と名前で呼んでくれていた。これについて、ちょっと話がしてみたくなった。

「……!!」

「もしかして、割と意識せずに呼んでたり?」

「あっ……ああぁっ! ぜっ、全然意識してなかったよっ! わたしっ、気がついたらっ、秀明くんのこと、名前で呼んでたよっ!」

中原さん、本日二度目の赤面タイム。どうやらまったく無意識のうちに、僕の呼称が「秀明くん」になっていたらしい。そして当の本人(僕)に突っ込まれて上を下への大騒ぎで大混乱というのが今の状況だ。初めて食堂でお昼ご飯を一緒に食べたときと同じパターンに入っている、気がする。

「あっ、あの、秀明く……あわわわわっ、川島くんっ、その……!」

「うーん。僕の感想を率直に言うと……うん、名前で呼んでくれて、実は結構嬉しいよ」

「えっ……? ホントに……?」

「こんなところで嘘を言う理由が無いよ。本心からそう思ってるよ」

呼ばれていた僕はどう思っていたかと言うと、率直に言って嬉しかったりする。

名前で呼んだり呼ばれたりっていうのは、お互いにある程度信頼関係が成り立っていないとできないことだ。中原さんが僕のことを名前で呼んでくれたということは、つまるところ僕と中原さんの間にそれなりにしっかりした信頼関係が築かれていると言い換えることができる。端的に言うと、仲良くなれたってことだ。

「あはは……ごめんね、急に呼び方変わっちゃって。実はね、少し前から、秀明くんのことを名前で呼んでみようかなって思ってたんだよ」

「とすると、体育館で目を覚ましたときに、無意識のうちにそれが表へ出てきたのかな」

「うん、そうだと思う。それで、特に意識せずに『秀明くん』って呼んじゃってて、今言われて初めて気が付いたよ」

「起き抜けはどうしても意識がぼんやりするから、割と本音が出ちゃうんだよね。分かるよ」

中原さんが体育館で居眠りしちゃったこと自体はなかなか大変な出来事だった(特に彼女を起こした直後)けど、怪我の功名と言うべきか、おかげで中原さんとより仲良くできるようになったと思えば、収支はプラスだろうと僕は思った。

「けど、こう、嬉しいんだけど、名前で呼ばれるとやっぱり少しこそばゆいね」

「こうやってちゃんと意識してからだと、呼ぶ方も小っ恥ずかしいよ」

お互いさまといったところか。僕らそのものが面映いと言ってしまえばそれまでだけど。

「じゃあ、中原さんに倣って……僕もこれから『ともえちゃん』って呼んでみようかな」

「とっ、ともえちゃん?!」

自分の名前を復唱して驚く、という割と斬新な驚き方をする中原さん、もといともえちゃん。こういう驚き方は、僕の短い人生の中ではあまりお目にかかったことがないし、これからも目にする機会は少ないだろう。

「どうかな? ともえちゃん」

「あうう……そのっ、えっと……すごく、言いづらいんだけど……」

「言い出し辛いこと?」

「うー……でも言わなきゃっ。あのね、秀明くん。できれば、これからも今まで通り『中原さん』って呼んでほしいの」

僕が「ともえちゃん」と呼ぼうとしたところ、今まで通り「中原さん」と呼んでほしいと言われてしまった。どうやら名前で呼ぶのはちょっとアウトみたいだ。

「ごめんね、中原さん。僕、いくらなんでもちょっと馴れ馴れし過」

「ちっ、違う違う違う! 違うよっ、そういう意味じゃないよ! 全然っ、全っ然違って、秀明くんが馴れ馴れしいとかそういうのじゃなくて!!」

「う、うん。分かった、分かったから、ちょっと落ち着こう。なんか僕今にも押し倒されそうなくらいの迫力を感じてるけど、ちょっとクールダウンしよう、クールダウン……」

ニンテンドー3DS顔負けの大迫力で押し迫る中原さんに圧倒されまくりながら、僕は例によって「落ち着こう」を連呼するしかなかった。中原さんは一般的な用法とは別の意味(主に物理的な意味)でとても押しの強い性格な気がする。僕的には。

「あのね、これ、完全にわたしのわがままなんだけど……」

そう前置いて、中原さんが理由を話す。

「なんとなくね、『ともえちゃん』だと、雰囲気がちょっとだけ子供っぽい気がしちゃうんだよ」

そうだろうか? と僕は不思議に思ったので、そのまま問い返してみた。

「そうかな?」

「そうだよ! 絶対そうだよ!」

「あんまりそんな気はしないけどなぁ……」

「それに! ちょっと脱線するけど! 『ともえちゃん』ってマンガとかアニメのタイトルでありそうだもん! ハートキャッチともえちゃんとかナースウィッチともえちゃんとか中原ともえちゃんの憂鬱とかともえちゃんパニック! とかともえちゃんとかともえちゃんとかともえちゃんとかともえちゃんとか!!」

「ちょっと待って最後の方のやつ何!? 何か違いあるの!?」

「前から順に田畑さんと上条さんと浜野さんと野山さんだよ!!」

分かるわけがない。

「そもそもちゃんが付かなくたってたくさんありそうだし! 魔法少女隊ともえとかともえアフターとかカードキャプターともえとかナースエンジェルともえSOSとか魔法少女ともえ☆マギカとかおジャ魔女ともえとかおジャ魔女ともえ#とかもーっと! おジャ魔女ともえとかおジャ魔女ともえドッカーンとか!!」

「なんで最後だけバリエーション網羅してるのさ?!」

答えは闇の中。

「はぁ、はぁ……ご、ごめん……なんかすっごい間違ったテンションになっちゃった……というか、途中から自分でも何言ってるのか分かんなくなっちゃったよ……」

「うん……まあ、この小説自体がポケモン小説的にありとあらゆる意味で間違ってるし……」

今更突っ込むまい。

「途中で全然違う話になっちゃった気がするけど、とにかくね、子供っぽい気がするんだよ」

「うーん、まあ、そう言われてみると、そんな気もしないではないかなぁ……」

「わたしって背も低いし、顔もほら、子供っぽいから、余計にそう思っちゃう」

「どうかな、僕はそこがともえちゃんのチャームポイントだと思うけど」

「あはは……お父さんにも同じことを言われたよ。ともえはそこが可愛いんだっ! って、力強くね」

一体どんなお父さんなんだ。

「だからね、ちょっとでも大人っぽく見えるように、『中原さん』って名字で呼んでもらえたらいいな、って思ってるんだよ」

「なるほど、そういう理由で『中原さん』を続けてほしいって思ってたんだね」

「うん。名前で呼んでもらえるのはすごくうれしいし、正直に言って今も少し迷ってるかな。でもやっぱり、名字の方が気持ちだけでも大人っぽくなるから、名字で呼んでほしいな」

自分の名前にちゃんづけをした「ともえちゃん」は雰囲気が子供っぽくて気恥ずかしいと言うともえちゃん、もとい中原さん。実際のところ「大人」は「大人っぽい」「子供っぽい」を気にしなくて、「子供」ほど「大人っぽい」「子供っぽい」ことを気にする――以前、対象年齢層の広いゲームを数多く手掛けるとある大手ゲームメーカーの代表取締役が、ユーザーが中高生になると一時的にそのメーカーのゲームから離れ(とっつきやすい絵柄やシステムを「子供っぽい」と認識するためだそうだ)、成人に近づくに連れて徐々にまた回帰してくる傾向がある、という事象をグラフを使いながら話していたのを見た記憶がある――もので、ちょっとでも大人っぽく、と言っている中原さんは却って(いい意味で)子供っぽく見える。そして僕はそれを可愛いと思う訳だ。

大人っぽい子供っぽいにこだわる中原さんを見ていると、僕の悪戯心がむくむくと頭をもたげてきた。

「惜しいなあ。ともえちゃんって、僕はいい呼び方だと思うけど」

「あーっ! こらっ、秀明くん! 言った側から『ともえちゃん』って呼んでるっ! その呼び方禁止っ!」

「僕は可愛くて素敵だって思うよ、ともえちゃん」

「秀明くんの意地悪っ。わたし知らないっ」

僕が繰り返し「ともえちゃん」と呼ぶと拗ねてしまって、ともえちゃんはぷいっとそっぽを向いてしまった。お父さんが可愛いと力強く主張するのもなんとなく分かる気がする。

「ごめんごめん。冗談だよ、中原さん」

「もうっ。子供っぽいこと、こう見えても気にしてるんだよ、わたし」

僕は可愛いと思うけど、本人が名字で呼ばれることを望んでいるならその呼び方にすべきだろう。僕が改めて「中原さん」と呼び掛けると、中原さんはようやく機嫌を直して僕の方へ顔を向け直した。結局、僕から中原さんは「中原さん」、中原さんから僕は「秀明くん」で落ち着くことになった。

すっかり暗くなった道を歩き続けて、僕らはいつも通り、中原さんの家のすぐ前まで辿り着いた。

「それじゃ、また明日。中原さん」

「うん。秀明くん、今日はありがとう」

いつもと何も変わらない挨拶を交わす。そろそろお別れだ、そう考えながら僕が歩いていた時だった。

「……ともえ!? ともえか!?」

中原家の門の前で仁王立ちしている若い男性の姿を発見。僕は直感的に思う。

(これ、お兄さんとか従兄弟と見せかけてお父さんなんだろうなあ)

傍から見るとどう見ても父親には見えない、どちらかというと従兄弟のお兄さんと言った方がしっくり来る風貌をしている。しかし、何と言っても朝美さんの例がある。これもお兄さんと見せかけた罠に違いない。

「あっ、お父さん」

よし。予想通りだ。罠は回避したぞ。

「やっぱりともえだったか! 随分遅かったじゃねえか。心配したぞ」

「お父さん、今日は帰ってくるの早かったんだね。よかったよ」

「おう! ともえのために仕事をいつもの三倍の早さと荒さで片付けてきたからな!」

「こらこら。お仕事は荒っぽく片付けちゃだめだよ、お父さん」

「気にするな気にするな……それよりともえ、隣の男は誰だ?」

そして予想通り、中原さんのお父さんの照準が僕に向けられた。僕は少し心の準備をしてから、おもむろに顔を上げた。

「川島くんっていうの。最近よく一緒に話したりしてるんだよ。今日も一緒に帰ってきたし」

「初めまして。僕、川島秀明っていいます」

「なにぃ……ともえと最近よく話をしてるだとぉ!? この野郎っ、誰に断ってそんな乱暴狼藉を働いてやがる!」

「お父さん、誰かに断ったからって乱暴狼藉は働いちゃダメだよ」

もしもし中原さん、そこはツッコミどころじゃありませんよ。

「おうお前、川島秀明っていうのか。けっ、男の名前なんざいちいち覚えてらんねえぜ」

すごい。一発でちゃんと覚えているぞ、この人。そうそうできることじゃない。

「小僧、ともえのことをどう思ってるのか言ってみやがれ。答えによっちゃ病院で栄養食を食べることになるぞ」

「僕としては、幼さを残す顔立ちと、ちょっと控えめの発育がチャームポイントだと思います」

「同志よ! それだ、それが最高の答えだっ! よく分かってるじゃねえか!」

「どこがだよっ! どこがどう最高の答えだよっ! 全部わたしに丸聞こえだよっ!!」

がっちりと固い握手を交わす僕と中原さんのお父さん。ともえちゃんは控えめ発育カワイイ。これで意思疎通はバッチリだ。隣で中原さんが猛抗議しているけれど、見なかったことにしよう、聞かなかったことにしよう。なんでもなーい、なんでもなーい。

「もう、お父さんも秀明くんも、悪乗りしすぎだよ! いい加減にしてよねっ」

「まあまあそう言うなって。なかなか骨のありそうなやつじゃねえか、気に入ったぜ。俺は中原隆史ってんだ。よろしく頼むぜ」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

ようやくマトモに挨拶をすることができた。なんだかんだで、悪い人じゃなさそうだ。

「このままともえの愛くるしさについて夜通し語り合いたいところだが、朝美が待ってるからそうもいかねえか」

「お母さんを待たせちゃダメだね。秀明くん、今日も楽しかったよ。ありがとう」

「うん、僕も同じだよ。それじゃ中原さん、また明日」

ここで中原さんと別れて、僕は元来た道へ引き返し始めた。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。