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S:0033 - "Go! Go! Popo-Tan"

――一時間目が終わったあとの、休み時間。

「次の時間は算数、っと……」

平時と変わらず、次の授業の準備をするともえ。教科書とノートを取り出し、シャープペンシルの芯を換え終えた辺りで、彼女に声を掛けてきた人がいた。

「よう、中原」

「厳島さん!」

昨日アトリエに行くのをキャンセルした、隣のクラスのあさひだった。濃い青色のオーバーオールを身につけ、ポケットに手を突っ込んでいるのが見える。

「昨日は行けなかったが、今日は行かせてもらうぜ」

「それならよかったよ。楽しみにしてるね」

「ああ。俺がお前よりすごいってことを見せてやるから、楽しみにしてな」

微妙にかみ合わない会話(ともえはかみ合っていないことにかけらも気付いていないようだったが)を交わす二人。このあさひという少年……失礼、少女は、相当に対抗意識が強い性格のようだ。ともえと出会う度毎に、ともえに対抗心をむき出しにした発言を繰り返している。それを意に介する様子のないともえもともえなのだが。

「……………………」

教室の片隅で話をする二人の様子を、みんとが足を止めて見つめていた。みんとにしてみれば、朝に自分の窮地を救ってくれたともえが、余り接点のなさそうな隣のクラスの生徒と話している様子が気に掛かったのだろう。

「昨日はリアンと何してたんだ?」

「いろいろお話を聞いたよ。魔女の寿命のこととか、そういうお話かな」

ともえもあさひも、みんとから視線を向けられていることにはまったく気付いていなかった。

「わたしやっちゃう!(やっちゃう!) がんば~って~やっちゃう!(やっちゃう!) ほんとの~あ~い~が~あればね~♪ ふ~か~のう~はない~の~♪」

「あ、まりちゃんっ」

一人でコーラスパートも歌いながら、まりえが颯爽と登場した。いつ見ても能天気で楽しそうな少女である。歌っている楽曲についてはさておき。

「いやっほーもえもえ! 今日も元気にしてるかえ?」

「もちろん! まりちゃんも元気そうだね」

「にょほほ! いえす! まりえは元気と現金さがとりえですからのう」

後者はとりえではない。

「およ! 誰かと思えばあっちーではぬぁいかっ! ともともと一緒にいたとは驚き桃の木セフィロトの樹っ」

「誰があっちーだよ。そういう花本も、隣のクラスまでわざわざ何しに来たんだ?」

あさひとまりえは同じクラスのようだった。まりえはさも当たり前のように「あっちー」と呼びかけている。あさひの愛称のつもりなのだろう。

「にゅふふ~。あっちーには分かるまい! このまりえが実は何の目的もなく隣のクラスまで遊びに来ていることに!」

「いや、予想通り過ぎるだろ。適当に遊びに来てるだけとか」

「はわ! まりえの四十八の弱点の一つ『思っていることを勝手に口に出してしゃべってしまう』がっ!」

「まりちゃんの弱点の数、やたらと多いね……」

決め技の数ならともかく、四十八個も弱点があってはどうしようもない気がする。

「まま、それはあっちーも同じはずけれ。ここは太目に見てほしいぞよ!」

「点が一個余計だっての。漢字くらいしっかり書けよな」

「まりちゃんって、厳島さんと友達なの?」

ともえの問いかけには、あさひが応じた。

「違うに決まってんだろ。こいつが勝手に話しかけてくるだけだ」

「にょほほ! まりえの中では友達だぞよ!」

「勝手に友達にすんじゃねえよ、うざってえ」

呆れたように吐きすてるあさひにも、まりえはまるで動じていないようであった。

「邪魔が入ったな。じゃ、また放課後に会おうぜ」

「うん! わたしが迎えに行くよ」

あさひは話を打ち切って、ともえの元から立ち去ろうとする。

「にょわ! 待ってよあっちー! まりえを捨てないでほしいぞよー!」

「知るか。拾った覚えもねえよ」

出て行くあさひをちょこまか足で追いかけながら、まりえも教室から出て行った。

「そういえば、まりちゃんと厳島さんって、同じクラスだったっけ」

これといって意識したこともなかったが、あさひとまりえは同じクラスに所属していた。あの様子だと、まりえはあさひにしょっちゅう話しかけているようである。もっとも、あさひからはつれない反応しか返ってこないようだが。

この後もこれといって変わったところはなく、ともえは授業を受け続けた。

 

――放課後。

「……ふぅ。授業終わり、っと」

教科書とノートを整頓し、使い慣れた赤いランドセルへ丁寧に詰めていく。ともえがそのやり慣れた一連の動作を終える、少し前だった。

「おう、中原」

「あ、厳島さん。準備早いね」

下校の準備を済ませたあさひが、ともえの教室まで彼女を迎えにやってきた。普通は男子が使う黒いランドセルを片側だけ肩に引っ掛けた姿は、誰もが男子と見まごう様相を呈していた。一言で言うと、男の子にしか見えなかったわけである。

「もうすぐ準備できるから、そこで待っててね」

「ああ。待たせてもらうぜ」

ともえは机の中に残っていたノートを、素早くランドセルへ入れる。その際、ランドセルの奥へ隠していたマジックリアクターを、取り出しやすいように上へと移動させておくのも忘れない。

「お待たせっ。準備できたよ」

「よし。じゃ、行くとするか」

あさひはともえに先立ち、教室を後にする。あさひの後を追って、ともえも教室から出て行った。

「……………………」

――視線が一つ、彼女の背中に向けられていたが、ともえがそれに気付くことは無かった。

 

「まりちゃんって、前から厳島さんに話しかけてるのかな?」

「花本か? そうだな。クラスが同じになってから、ずっとあの調子だぜ」

アトリエまでの道中で挙がったのは、休み時間にあさひに話しかけてきたまりえのことだった。ともえはまりえの親友でもあったから、尚更気になったようだ。

「中原。お前って、花本と仲良いんだよな?」

「うん。一年生のころからの友達だよ。確か、まりちゃんがわたしに話しかけてくれたんだっけ」

「お前とあいつを見てると、あんまり合いそうには見えないんだけどな」

「そうかな? わたしは、まりちゃんは一番の友達だって思ってるけど……」

真面目でおちゃらけたところのないともえと、年がら年中笑いを取るために行動していそうなまりえ。ともえは静で、まりえは動。ともすると性格の不一致で仲たがいでもしそうな二人だったが、ともえは「一番の友達だ」と言うほど信頼している様子だった。案外、まりえの肩の凝らない性格が、ともえに合っているとも考えられる。

「厳島さんは、まりちゃんのことどう思う?」

あさひの回答は早かった。

「うざってえだけだ。なんであそこまで俺に話しかけてくるのか、分かったもんじゃねえ」

「昔からそうなんだよ、まりちゃんは」

「あんな調子で、ずっと他の奴に話しかけてるってのか?」

「そうだね。少し前も、転校してきたばっかりの……そうそう、歩美ちゃんに話しかけてたりしたし」

「ああ、あいつか。結局、花本と友達になったみてえだが」

「そうそう。まりちゃんって、誰とでも友達になっちゃうんだよ。それも、びっくりするくらい早く」

「その流れで、俺にも話しかけてるってのか? 話しかけるのは勝手にすりゃいいが、友達になる気は無いぜ」

怪訝そうな表情を向けるあさひ。現段階においては、まりえのことをあまり快く思っていないようだ。

「誰かと繋がるってことは、最後にそいつと別れることになるってことだ」

「出会いは別れの始まり、ってことかな?」

「そういうことだ。別れの多い人生を歩みたくなきゃ、最初から誰とも出会わないことだ、ってな」

あさひの表情に、一瞬だけ濃い陰影が映りこむ。その表情はともえの目にも映ったはずだったが、ともえはこれといって反応を見せなかった。もっとも、いつどのような時も何がしかの反応して見せるのが、最善の対応とは言えないことも多々ある。今しがたのやり取りも、その一つかも知れない。

二人はいくらか言葉を交わしあいつつ、アトリエへと向かう。目的地に辿り着くまでは、それほど時間を要さなかった。

「リアンさーんっ! わたしでーすっ!」

「は~い」

ともえのいつもの元気な声に、リアンがこれまたいつもの間延びした返事で応える。アトリエの扉が開き、中からリアンが姿を現した。

「いらっしゃい。今日はあさひちゃんも一緒みたいね」

「おう。昨日はたまたま用事が入っただけだったからな」

「リアンさん、今日もよろしくお願いします」

「分かったわ。さ、入ってちょうだい」

リアンはともえとあさひを招き入れ、アトリエの中へ通した。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。