「早速だけど、今日はちょっと趣向を変えてみようと思うわ」
「趣向を?」
「どういうことだ? リアン……」
出迎え代わりの冷たいローズティを二人に薦めながら、リアンが「趣向を変えてみよう」と言い出した。ともえとあさひが、口々に疑問を呈する。
「中で魔法の練習をするのもいいけど、たまには、外に出てみたいと思わない?」
窓を開け放つと同時に、リアンが立ち上がる。
「外にですか?」
「ええ。単刀直入に言うなら、空を飛ぶ練習をする、ってことよ」
よく晴れた青空を、力強く指差す。リアンの言わんとしていることが、二人にも分かってきたようだった。
「リアン、それはいいけどよ、外に出るといろいろまずいんじゃないか?」
「リアンさん、わたしも同じです。そのままだと、怪しまれちゃうんじゃ……」
「うむ、二人の疑問は仰るとおり。でもね、ちゃんと策はあるのよ。ま、とりあえず変身してみてちょうだい」
リアンの言葉を聞いた二人が、同時に顔を見合わせる。
「おい中原、どうすんだ?」
「うーん……リアンさんが言うんだから、大丈夫だと思うけど……」
二人は共に半信半疑の様子だったが、ともえが思い切って切り出す。
「とりあえず、やってみなきゃ始まらないよ」
「そうだな。じゃ、行くとするか」
同時にマジックリアクターを取り出し、示し合わせたかのごとく、同時にリアクターにタッチする。
「行くよっ……!」
「行くぜ……!」
暖かな光に包まれて、二人は――。
「プリティ♪ ウィッチィ♪ ともえっち♪」
「プリティ♪ ウィッチィ♪ あさひっち♪」
――おなじみのプロセスを経て、魔女見習いの姿へと変化した。
「お、準備完了みたいね。そいじゃ、始めるとしますか」
変身が終わったのを確認したリアンが、二人に歩み寄る。
「ともえちゃん、あさひちゃん。二人には言ってなかったけど、実はマジックリアクターには、変身以外にもいくつか機能がついてるの?」
「どういう機能ですか?」
「そうね……じゃ、ともえちゃん。右から二番目の、紫色の宝石にタッチしてみてくれるかしら?」
「これですか? 分かりましたっ」
リアンに言われるまま、ともえがリアクターの宝石にタッチした。カチッ、という音が聞こえたものの、特に変わったことが起きる様子は無い。
「押しましたけど……これで、何か起きるんですか?」
「何も変わってねえように見えるが、どうなるってんだ?」
「ふっふーん。実はもう起きてるのよね、これが。ほいっと!」
リアンが指をはじくと、ともえとあさひの前にスタンドミラーが一つ、出現した。衣料品売り場にさりげなく置かれているような、これといった特徴の無い、ごく普通のスタンドミラーのようだ。
「鏡……?」
「じっくり見てみてちょうだい。何かに気付くはずだから、ね」
ともえとあさひが、揃って鏡を覗き込む。
「……えっ?!」
「……な、中原の姿が……消えてるだと?!」
じっくり見るまでも無く、結論は出たようだった。鏡に映っていたのは、あさひだけだったのである。
「もしかして、これって……」
「そう! 使った人の姿を消しちゃう、透明化機能よ」
「と、透明化だと……で、でもようリアン。俺からは、中原のことが見えてるんだがよ……」
あさひからは、ともえの姿がはっきり見えていた。いつもとまったく変わらず、透明化しているとは思えない状態だ。けれども二人の前にあるスタンドミラーには、あさひの姿しか映っていない。これは、何を意味しているのだろうか。
「仕掛けは単純よ。この機能は、魔力と魔法で実装されているの。だから、魔法を認識できない人や物には見えなくなって、そうじゃない人や物には姿が映るようになる。あさひちゃんは魔法が使えるから、ともえちゃんの姿が見えたままってわけ」
「じゃあ、これを使えば、普通の人には見られなくて、魔女や魔女見習いには普通に見える、ってことですよね?」
「その通り! 外に出るには姿を消す必要があるけど、魔女同士だと見えたほうが都合がいいでしょ? いいとこ取りね、まさに」
魔女見習いであることがわかっても問題ない相手には見え、そうでない相手には見えなくなる。なるほど、リアンの言う通り「いいとこ取り」の機能である。
「すげぇな……まさに『魔法』って感じだぜ」
「うむ。で、具体的にどういう実装になってるかっていうと……マジックリアクターのユーザのフィンガープリントをチェックして、ユーザ認証をしてからコアプロセスをキックすると。コアプロセスはマジックリアクターの外部インタフェースからユーザの情報を取り込んで、ユーザを可視化している光の屈折情報を取得するのよね。んでもって、プロセスはバイト配列になってる光の屈折情報をデシリアライズして、可視化に関するプロパティをセッターメソッドを使ってすべて無効にする。無効にしたあとデータを再びシリアライズして、ユーザに送り返す。認証以後の処理を1/120秒単位で実行することで、ユーザを擬似的に不可視にするのよ。どうよ、この実装!」
「なんだかよく分からないですけど、とにかくすごいですね!」
「すげえのはすげえが、何言ってんのか九割方分かんねえぞ」
リアンは根っからの実装派のようである。
「ま、実装方法はともかくとして、これで外に出られるようになったでしょ?」
「はいっ。これならばっちりです」
「こいつがありゃ、外に出てもバレなくて済むな。いけるぜ!」
細かいことはさておき、二人が人目を気にせず外へ出られるようになったのは事実である。リアンは満足げに頷くと、再び口火を切った。
「ともえちゃんにはもう教えてあるから、あさひちゃんに飛び方のコツを教えましょうかね」
「ああ、頼むぜ!」
リアンはあさひを中庭へ連れ出すと、ともえの時と同様に、魔女としての空の飛び方の手ほどきを始めた。
――およそ半時間後。
「なるほどな……感覚は掴めたぜ!」
「その調子でいいけど、あんまりスピードを出しすぎちゃダメよ」
あさひはリアンから手ほどきを受けて、思いのほか早く空を飛べるようになったようだった。中庭の中で自在に飛び回る様子は、なかなか楽しげである。
「厳島さん、すごいですねっ」
「飲み込みは早いみたいね……ちょっと気になるところもあるけど」
地上では、ともえとリアンがあさひの様子を見守っている。ともえはあさひの飲み込みの速さを素直に賞賛しているようだったが、リアンは若干不安を感じているようだった。
「どうもねぇ……ともえちゃんへの対抗心が強すぎて、気持ちが前に出すぎてる感があるのよね……」
あさひがともえに対抗意識を燃やしているのは、これまでのやり取りの中でも周知の通りである。リアンはそれ自体を咎めるつもりは無かったものの、あさひがともえに対抗心を燃やすばかりに、無謀なことをしないかと懸念しているようだった。
「まぁ、やり口が分かったならそれに越したことは無いわ」
「へへっ、ちょろいもんだぜ!」
余裕たっぷりの表情を見せながら、あさひがリアンに見栄を切った。
「よぅし。そいじゃ、ここらであたしが課題を出すとしましょっか」
「はいっ! がんばります!」
「へっ、何でも来いってんだ!」
リアンが軽く伸びをしてから、二人に課題を出すと宣言する。ともえとあさひがリアンの前に立ち、リアンの言う「課題」の詳細に耳を傾ける。
「課題は簡単よ。今から姿を消したまま空を飛んで、町内を一周する。それが課題よ」
「町内を一周する、ですね!」
「大したことねえな。とっとと片付けちまうに限るぜ!」
「頼もしいわね。時間が掛かったり、途中で着地したりしても構わないから、とにかく一度やってみてちょうだい」
その言葉を聞き終えるや否や、あさひが真上に飛び上がる。
「いいわね、無理は禁物……って、あさひちゃん早っ?!」
「ここらで違いを見せとかなきゃな! さっさとしねえと、置いてくぜ!」
素早く風を掴んだ様子のあさひは、呆気に取られた様子のリアンを尻目に、早々にその場から飛び去ってしまった。かなりのスピードで、あさひはアトリエから遠ざかってゆく。
「あー、行っちゃった……」
「リアンさん、わたしも行って来ます!」
「了解よ、ともえちゃん。悪いんだけど、あさひちゃんのこと、見ててあげてちょうだい」
「厳島さんですか? わたしは、心配要らないと思いますけど……」
これまでにも何度と無く見えているのだが、ともえはあさひのことを心の底から「頼りになる存在」と考えているようだった。ともえの「心配は要らない」という発言も、あさひの能力を信頼しているために出た発言に他ならない。
「いやー、あたしは心配よ。何かあったらいけないから、注意だけしててね」
「大丈夫だと思いますけど……分かりました。何かあったら、必ず伝えます」
最後にそう言い残し、ともえも空高く飛び上がった。あさひが飛んでいった方角に向けて、ともえも風を切って推進してゆく。
「大丈夫かしらねぇ……あさひちゃん」
少しばかり渋い表情を残して、リアンはアトリエに退却した。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。