「この辺でいい?」
「おー、いいな。ウチこっちで」
「じゃあ、あたしこっち」
ちょっとだけ並んでからケイがコーラを、あたしがバニラシェイクをそれぞれ買って、人の少ない奥の座席を取って座る。この時間はあたし達と同じ学校帰りの子とか、子供連れの主婦とかの姿が多い。カバンを適当に椅子の上へ置いて、まずは一息入れる。
「んー。いきなりだけどさ、相変わらずよく喋るね、橙花って。あんだけ喋って疲れないのかな」
「あいつ、中一ん時からずっとあんな感じだったらしいからな」
「ケイと橙花って同じクラス……あ、ごめん。ケイとあたし同じクラスだったの忘れてた」
「そこを忘れるのかよっ。けどまあ、もう一年以上前だからなー」
「時間経つの早いよね、マジで。で、人の噂をあーだこーだ言ってるけど、肝心の橙花はどうなんだろ?」
「本人からは聞けてねーけど、なんか小金にカレシがいてさ、遠距離やってるとか」
「ちゃんとキープしてんじゃん! 抜け目ないねー、ホントに」
「自分の事はあんまり話さねーんだよな。その辺ちゃっかりしてるぜ」
「まーね。でもあれだよ、橙花のペースには付いてけないよ。あたしじゃ無理」
「一度口開くと止まらねーんだよなー。悪いヤツじゃねーんだけどさ」
ケイがストローに口をつけて、コーラをちょっと飲んでから。
「けどまあアレだな。ねね子を足りないとか言うのはどうかって思うけどな」
「さっき言ってたこと?」
「そうそう。確かにねね子はトロいし背も低いけど、ねね子だってさ、ねね子なりにやってんだから」
橙花の言ってた「ネネちゃん足りなさそう」って言葉を、やんわりとではあるけれど、否定した。
話はここから、この場にいないネネのことになっていって。
「ねね子ってまだ新聞配達やってんだよな。ジャージ着て学校来てる日があるってことはさ」
「やってるよ、毎日。おかげでよく眠そうにしててさ、授業中に寝たりしてるけど」
「すげーよなー。中学生でもう働いてるって。そういう人いるのは知ってるけど、近くにいるのねね子くらいだしな」
「他のクラスにはネネみたいな子いないっぽいしね」
「ウチの家はバイト禁止令出てるからねね子みたいに働けねーし、実際どんな感じか分かんねーけど、まあ大変だろうな」
「絶対大変だって。なんか毎日四時とかに起きてるって言ってたし」
「マジでか、それ。ウチも朝起きて走ることあるけど、さすがに四時はねーわ」
「こないだ言ってたけど、もらったお金全部家に入れてるんだって」
「しっかりしてるなー。そういうとこはウチも見習わなきゃな」
意外かも知れないけど、ケイはネネのことを結構気に入ってる。少し前、今と同じようにネネがいなかった時に、ネネのことを「ちょっとトロいけど、純粋でいいやつ」みたいに言ったこともあった。ケイは部活の練習に毎日出るくらいのマジメキャラだから同じくマジメな子が好きで、ネネはズレてるところはあれど基本的にマジメだ。だからまあ、納得と言えば納得ではある。マイペースでのんびりしたネネと、体育会系のノリでキビキビしたケイだと、ホントは合わないんじゃないかと思うこともあるけど。
ここでケイがカバンに手を突っ込んで、中から何かを取り出す。あれは――スマホだ。新しく買ったのかな、今まで持ってなかった気がするし。訊いてみるか。
「あっ、それスマホじゃん。いいなーそれ。最近買ったとか?」
「親がさー、いつでも連絡できるようにって言って、こないだ買わされたんだよな」
「あたしまだ持ってないし。すごい欲しいんだけど、それ。なんかいろいろできるんでしょ?」
「そうか? そんないいもんでもねーけどなあ」
ケイが画面をタッチして何か立ち上げるのが見えた。ちょっと覗き込んでみると……あれはえーっと、あれだ。Twitterだ。青い鳥のアイコン。いや、青地に白い鳥のアイコンか。ともかくケイがTwitterを立ち上げるのが見えた。Twitterはやってないんだよな、あたし。楽しそうだとは思うんだけど。
なんて、あたしが気楽に構えていると、不意にケイが声をあげて。
「……なんだこれ」
場の空気が変わったことを察して、あたしがちょっとだけ身構える。ケイがこういう口ぶりになったときは、大抵何かよくないことが起こる前兆だった。
こっそり画面へ目を向けてみると、そこには「意識不明の重体」っていう文言が太字になったツイートがずらーっと並んでいた。今このキーワードの入ったツイートがたくさん投稿されてるってことだ。そこでもう少し各ツイートを読んでみると、どうもこう、何か事故が起こったっぽくて。
「……またかよ、またこういうのかよ」
ツイートに引用されたニュースの記事には、大まかに言ってこんなことが書かれていた。
「トレーナー同士の試合中、通りがかった子供が巻き込まれて重傷を負う」
これはやばい――直感でそう思った。
ケイの顔に恐る恐る目を向けると、マジギレしてる時の、こっちが竦み上がりそうになる顔つきをしていた。
「……マジでいい加減にしろよ! なんでこんなことばっか繰り返してんだ! ホントいい加減にしろよ!」
右隣の席に座ってた親子連れと、手前に座ってスマホ弄ってたた大学生っぽい人が揃って何事かという表情をして、あたしたち……主にケイの姿を凝視していた。
ケイが激昂して大きな声をあげるのも、無理はない。ああいうニュースは、ケイが一番許せないタイプだろうから。
(あれ聞いたのもうかなり前になるっけ……ケイの弟の話)
これは、本人から直接聞いた話だ。
ケイには二つ下の弟がいた。名前は確か、貴史(たかふみ)くんだって言ってたはず。ケイに似ず物静かなタイプで、本を読んだり絵を描いたりするのが好きだったらしい。口では「外で遊んでも体力無いから、張り合いがなかった」なんて言いながら、なんだかんだで貴史くんのペースに合わせてたのが伝わってきた。仲のいい姉弟だったんだと思う。
今から三年と少し前、あたしやケイが小五の頃だ。貴史くんは近くの公園で同級生と遊んでいた。その公園にはポケモンバトル用の小規模なバトルフィールドが併設されていて、相手がいればトレーナーが自由に使っていいという決まりになっていた。少なくとも、事故が起こる前まではそうだった。
事故の経緯はこんな感じだった――フィールドにはトレーナーが二人入っていて、バタフリーとオオスバメが場に出ていた。貴史くんと友達は、そこからかなり離れた、一般的に考えて安全と思われるところにいた。少なくとも、公園の定めていた「入ってはいけません」ラインはきちんと守っていた。だから、貴史くんに過失は無い。これは明らかだ。
手短に言うと、試合の序盤でバタフリーが痺れ粉だったか毒の粉だったかをバラ撒いて、それをオオスバメが羽ばたいて吹き飛ばしたら、遠くで遊んでいた貴史くんたちのところまで飛んでってしまった。それでみんな粉を吸い込んでしまって、その場にバタバタ倒れていった。異変に気付いた近所の人が救急車を呼んで、全員まとめて病院へ搬送した。
他の子たちは病院でなんとか息を吹き返して、後遺症が残らない程度の軽症で済んだ――他の子たちは。
(あれは、結構ショックだった気がする)
(ケイの家へ遊びにいった時に、いつも家にいた貴史くんがいなくなってて)
(――代わりに、遺影と仏壇があったのは)
けど、貴史くんは助からなかった。二度と目を覚まさずに、そのまま死んでしまった。
(救われないのは、この話に続きがあることなんだよね……)
貴史くんを亡くしたケイの両親は、公園のバトルフィールドで試合をしてたトレーナー二人を訴えて、責任を追求した。率直に言って貴史くんに過失はまったく無いわけで、事故なんかじゃなくて殺されたようなものだ。だから両親の気持ちは理解できるし、あたしは間違ってないと思う。公園のような公共の場所で、対象範囲が確定できない技を使うことの危険性を把握していたかを焦点にしたそうだ。
けれど、責任が追求されることはなかった。ポケモンリーグだかの調停委員会が登場したかと思うと、「ポケモン同士の試合中での事故はトレーナーの責に帰すことはできない」なんて主張を並べてきた。平たく言えば、試合中に発生した事故は全部不可抗力だから泣き寝入りしろってことだ。過去の判例とかも、それを裏付けてるらしい。
結局、ケイの両親は訴えを取り下げて、いくらだか分かんないけどお金を渡されて、それで幕引きとなってしまった。このお金っていうのがまた微妙で、「トレーナーとかポケモンリーグからの謝罪」って意味のお金じゃなくて、「不幸な事故に巻き込まれた遺族へのお見舞い」って意味のお金だったらしい。
あくまで謝ることはしなかった、ってわけだ。
(ケイが泣いてるとこみたの、あれっきりかな……)
目を真っ赤に腫らして、声を震わせて泣きながら、ケイがあたしにここまでの事情を話したときのことは、今でも忘れられそうにない。
たぶん、死ぬまで忘れられそうにない。
こんなことがあったせいで、ケイはポケモンもポケモントレーナーも心の底から嫌うようになった。その嫌い方は本物というか筋金入りというかとにかく徹底していて、野生のポケモンも差別区別せずに嫌っているくらいだ。ケイは、大切な弟の貴史くんを、ポケモントレーナー同士の試合で起きた事故で亡くしてしまった。だから、あんな記事を読まされて怒らないはずがなかった。あたしからすれば、怒って当然だとさえ思う。
「……はー」
少し時間を置いて、やっとケイが落ち着いたように見えた。それを見計らって、椅子をちょっと音を立てて座り直す。
「あのさーサチコ。学校にポケモン連れてきてるやついただろ、ウチのクラスでさ」
「えーっと……それ多分、城ヶ崎さんのことじゃない? たぶんだけど」
「そうそう、城ヶ崎だ。ウチさ、城ヶ崎のことも気に食わねえんだよ」
「あー……まー、うん」
「学校は勉強するところだろ? なんでポケモン連れてきてんだよ。関係ねーじゃねーか」
ケイの言い分はもっともだと思ったから、あたしは言い返せなかったし、言い返さなかった。学校は勉強するところで、ポケモンを連れて遊びにくるところじゃない。正論以外の何者でもないって思う。
けど。
(……自分にもニャスパーがいたら、あんな風にしてみたいって思うけど)
内心では、こんなことを考えたりもしてて。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。