奇遇ってのは、多分こういうことを言うのだろう。
「珍しい……よね。城ヶ崎さんと一緒に学校行くのって」
「普段はもう少しゆっくりしてるんだけど、今日は天気がいいから、早く行こうって思って」
翌日の登校中に、後ろから歩いてきた城ヶ崎さんに声を掛けられた。いつもより少し早めに出たおかげで、この時間に鉢合わせすることになった……ということだ。あたしは内心「どんな話をしたらいいんだろうか」と思いつつ、とりあえず城ヶ崎さんのペースに合わせることにする。
あたしと城ヶ崎さんは、こんな風に一緒に登校するくらいだから、仲が悪いってはっきり言い切れるような関係ではない。けどかと言って、仲が良いかと言われるとまた微妙なところだ。中二の時、つまり今年初めて同じクラスになったわけだけど、城ヶ崎さんは誰に対しても柔らかい感じで接していて、友達は多そうに見える。橙花とはまた違う意味でクラスの中心にいるような子だ。
隅っこで頬杖を付いているようなあたしとは、明らかにキャラが違う。
「仲村渠さんは、いつも一緒に学校へ行くわけじゃないの?」
「えーっと、登校中に会うことが多いから、その流れで来る感じ。毎日ってわけじゃない、かな」
今日に限ってネネもケイもいない。ネネは遅刻モードだろうし、ケイは朝練だろう。こうなると学校まで城ヶ崎さんと二人で行くことになる。これは、正直結構つらい。誰か間に入ってくれれば、ちょっとは楽になりそうだと思うんだけど。怪しまれない程度に辺りを見回してみても、見知った子の姿はどこにもない。こういうときなら、普段はうるさい橙花でも大歓迎なんだけど。
「城ヶ崎さん、あれ……ニャスパーは? いつも連れてる」
「今日はまだ眠いみたいだから、モンスターボールの中にいるよ。ほら」
「あー、ホントだホントだ。寝てるの見える……」
ニャスパーはモンスターボールに入っていて、中で大の字になって寝ている姿がうっすらと表面に映し出されている。こんな風にして持ち運べて、中の様子も確認できるのか。モンスターボールって便利だ。ポケットとかカバンとかに入れて持ち運ぶのだって、ラクに違いない。
まだあと十五分くらい、城ヶ崎さんと会話を続けなきゃいけない。あたしの方から話すのはどうやっても間が持たないと思ったから、城ヶ崎さんに喋ってもらうことにしよう。
「城ヶ崎さんってさ、部活何やってたっけ? テニス部とか?」
「そうそう。テニス部だよ。前からやってて、好きだったから」
「小学校いた頃からやってたとか?」
「うん。お母さんと一緒に、テニス教室行ったりしてたっけ。今も時々打ちに行ってるよ」
「そっか……前からやってたんだったら、続ける方がいい、よね」
「水泳部とか、バスケ部も興味はあったんだけどね。幸子ちゃんは、図書委員をしてくれてたっけ」
城ヶ崎さん、知ってたのか。あたしが図書委員やってるってこと。
「まあ、一応ね、一応。けど、放課後になってまで借りにくるような人とかほとんどいないし。本読むの好きだから、誰もこないのは別にいいけど」
「あんまり使ったことないから、わたしも今度使ってみようかな」
そりゃあ、友達が多い子にはあんまり縁のない場所だよ。あたしみたいなのがいる場所なんだからさ。
「あー……城ヶ崎さんって、なんか本とか読んだりする?」
「最近はほとんど読めてないかなぁ。最後に読んだのは……あ、確か『陽だまりの彼女』って本だっけ」
「名前、聞いたことあるかも……まだ読んだことないけど」
確か、同じ作者の別の本はどっかで読んだはずだ。一応最後まで読んだけど、なんかこう、派手さの無いラノベみたいな感じで、これだったら素直に学園物のラノベでも読んでる方が良かったって感想だった気がする。
「幸子ちゃんが最近面白いと思った本、何かあるかな?」
「んー……」
どう答えたものかな、これは。最近ラノベばっかり読んでて、普通の、表紙とかにアニメっぽい絵が付いてない本はあんまり読めてない。全然読んでないかも知れない。そのまま言ったら、なんかオタクっぽいとか思われて馬鹿にされそうだ。ちょっと前のでもいいから、もうちょっとまともっぽいのを挙げなきゃ。
「だいぶ古いけど、『ブレイブ・ストーリー』とか。割と長いけど、結構面白かった」
「あっ、聞いたことあるよ。幸子ちゃんが言うなら、きっと面白いよ。ありがとう」
とりあえずやり過ごせたみたいだ。あれ、あんまり長かったから、あたしも途中までしか読めてなかったけど。
「テスト勉強してる? もうすぐ期末テストだけどさ」
「毎日予習と復習してるけど、少し時間を増やしてるよ。教科が多いから、ちょっと大変だけどね」
「じゃあ、あれかな……テストのための勉強はしてない感じ?」
「今まで勉強したところの復習はするよ。忘れちゃってるところも多いし」
城ヶ崎さんは勉強もよくできるんだった。確か、ゆみと同じくらい成績が良かったはず。あたしが知ってる中で一番賢い、ゆみ本人がそう言ってたんだから、まず間違いない。
「幸子ちゃんって、家にポケモンいたりする?」
「いや……あたしの家にはいないかな。飼ってみたいなーって思うことはあるけど、マンションだし」
「そっか。もし一緒にいられるとしたら、どんなポケモンといたい?」
「それなら、やっぱり、ニャスパーとか……」
「幸子ちゃんもニャスパー好きなんだね。嬉しいよ」
だって、あんなに近くで毎日見せびらかされたら、誰だって欲しくなるに決まってるじゃないか。
「あのさ、城ヶ崎さん。ニャスパーって、いつから家にいるの?」
「小学校の三年の時からだよ。お父さんが、絵里香が寂しくないようにって言って、連れてきてくれたの」
「じゃあ……もう五年くらいになるんだ」
「うん。お父さん、管理局で仕事してて、しょっちゅう出張で家を空けちゃうから。ニャスパーがいてくれると、ひとりでも寂しくないよ」
お父さんがいないと、お小言を言われることもないから、いろいろ気楽そうだ。
(……うらやましい)
なんだろうな……きっとこういう子を、城ヶ崎さんみたいな子を、リア充って言うんだろう。何もかも充実してて、充実しまくってて、見るからにキラキラしてて、キラキラ輝いてる。あたしなんかが直視したら、失明しかねない。あんまりにも眩しくて、目玉が潰れそうなくらいだ。
城ヶ崎さんは勉強がよくできて、クラスでも一番二番を争うくらい頭がいい。テニス部に入っていて、そこでもレギュラーで活躍してるって聞いた。ニャスパーを飼えるような、広い庭付きの一戸建てに住んでる。実際に見たわけじゃないけど、幼馴染っぽい彼氏もいるそうだ。もう本当に何でも揃ってて、持ってないものなんか一つもないって感じだ。
言うまでもなく、ニャスパーだって持ってる。
(ニャスパーだって……持ってるんだ)
何にも持ってないあたし。何でも持ってる城ヶ崎さん。
一緒に並んで歩いてるのが、冗談か何かみたいだ。
(――ほしい。欲しい)
(あたしだって、ニャスパーが欲しい)
成績はよくない、テニスもできない、家だって広くない、彼氏なんかいるわけもない。
無い無い無い、何も無い。
(だから、せめて――)
せめて、ニャスパーくらい、あたしだって持っててもいいはずだ。
あたしだって、持っててもいいはずだ。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。