「祐一、放課後だよ」
「何ぃっ?! それは本当かっ?!」
「相変わらずだな、お前」
六時間目の授業が終わり、いつものやり取りをする俺と名雪、そして北川。うーん。ごく普通の風景だ。
「で、今日はどうするんだ? もう帰るのか?」
「ああ。これから真っ直ぐ帰るつもりだぞ。真っ直ぐにな」
「ダメだよ~。今日は百花屋でイチゴサンデーをおごってもらう日だからね」
「……ちっ。こういうとこだけはしっかり覚えてるんだからな……」
「お前も大変だな……それじゃ、お先に」
「ああ、じゃあな」
北川を見送ってから、俺たちも帰ることにする。
「行くか」
「うん」
通いなれた通学路を逆に辿る。つまり、家に帰るための道を歩いている。
「いちご~いちご~」
「しかし、お前って本当にいちごが好きだな……」
「うん。いちごだからね」
「理由になってないぞ、それ」
俺は苦笑い、名雪は満面の笑み。まぁ、いつもの光景だ。名雪のうれしそうな表情を見ているのは、悪くない。
と、そこへ。
「あ、水瀬さん」
「わ、観鈴ちゃん! 今から帰るとこ?」
「にははっ。ちょっと、寄り道していこうと思ってたの。甘いものが欲しくなっちゃって」
クラスメートの観鈴……「神尾観鈴」が、横道からひょっこり顔を出してきた。観鈴は名雪の友人の一人で、タイプが似ているせいかお互いに波長が通じ合いやすいらしい。まぁ、なんとなくは分かるな。
「それじゃあ、わたしと一緒に行こうよ。いいお店、知ってるんだよ」
「わ、いいのかな?」
「うん。お金も祐一が出してくれるよ」
「ちょっと待った。そんなのは聞いてないぞ」
「ダメだよ~。今日は百花屋でイチゴサンデーをおごってもらう日だからね」
「同じセリフをもう一回言うなっ」
「だって作者の人が」
「言うなっ」
危うくこの世界のタブーに触れそうになった名雪の口をすんでのところで塞ぎ、世界の均衡をギリギリで保つ俺。まさに綱渡り人生真っ盛りだ。
「本当にいいのかな?」
「うん。祐一だから、大丈夫だよ」
「その理由もない自信の程は何なんだ」
「にははっ。観鈴ちん、お小遣いがちょっとぴんちだったから、うれしいな」
すみません。ぴんちなのは俺も大して変わらないんですけど。ていうか、祐一ちんぴんち? みたいな。
「にはは。祐一さん、こっそりわたしのセリフを使うの禁止」
「何で分かったんだ」
「祐一、口に出してしゃべってたよ」
「ぐあ……またそのクセが出たのか……」
俺はうなだれながら、名雪と観鈴を連れてとぼとぼと歩き出した。
「……なんでこんなにも食べるのかなぁ……」
俺は脱力しきった表情で百花屋を出た。その隣には、もう何も思い残すことなど無さそうな、憎憎しいまでに満足げな表情の名雪。そして、
「が、がお……水瀬さん、すごい……」
呆気に取られている観鈴の姿が。ちなみにこいつ、名雪のあまりの食べっぷりに呆然としてしまい、結局レモンティーを飲んだだけでそれ以上は何も頼まなかった。そりゃあ……あの食べっぷりを見たら、自分が食べるのはちょっと……ってなるわな。
「まだまだ余裕だよ」
「にははっ。水瀬さん、すごい能力を持ってるんだね。観鈴ちん、びっくり」
「出来れば捨てて欲しい能力だけどな」
思わず本音を漏らす俺。そらそうだ。こいつの「能力」のせいで、俺の財布は軽快も軽快。今にも空を飛べそうだ。こうして見てると、不恰好な鳥のようにすら見えてくる。
「だって、いちごはおいしいんだよ」
「そりゃあ、嫌いじゃないけどさ」
「水瀬さん、いちごが好きなの?」
「うん。世界で三番目に好きだよ」
「ほう。じゃあ、一番目と二番目はなんだ」
と、俺は問うてみる。さぁ、名雪はどんな答えを返してくれるのやら。
「二番目はもちろんねこさんだよ。ねこさんがいれば、世界の半分ぐらいはいらないよ」
「何気にすごいことを言うな、お前。じゃあ、一番は何だ? けろぴーか?」
「うーん……けろぴーは四番目かな」
「じゃあ、秋子さんのジャムだ」
「うー。祐一、それはないよ」
「冗談だ。で、本当のところは何なんだ?」
俺が問い詰めてみると、名雪は、
「……………………」
じーっと俺のほうを見つめている。ああ、ひょっとしてアレか。アレなのか。これがいわゆる……
「……わたしが今見てる人だよ」
「わ、水瀬さん、さりげなくすごく恥ずかしいこといってる」
「恥ずかしいのはこっちだっての」
……おのろけというやつなのか……
「ごめんね観鈴ちゃん。祐一だけはあげられないよっ」
「にははっ。大丈夫だよ。祐一さんも、きっと水瀬さんのことが好きだから」
「お前もさりげなく恥ずかしいことを言うんだな」
うおー……こいつら、こんなことを盛大に言ってて恥ずかしくないのか……俺が同じ立場だったら、恥ずかしくて立ってられないぞ……
「ね、祐一っ」
「……ったく」
……でもまあ、こういうのも……
「にはは。二人とも、すっごく仲がいいんだね。観鈴ちん、ちょっとうらやましいな」
「大丈夫だよ。観鈴ちゃんにも、あの人がいるじゃない」
……悪くはないよな。うん。
俺と名雪と観鈴。名雪を真ん中にして商店街を歩いていると、そろそろ出口が見えてきた。
「それじゃあわたし、ちょっと買い物してから帰るから、また明日ね」
「うん。気をつけてね」
「にははっ。大丈夫だよ。それじゃあね」
「ああ。またなー」
出口付近で観鈴と別れ、名雪と二人きりになる。
「俺たちも行こうか」
「うん。あ、そうだ。今からだったら、ちょうど真琴の仕事が終わる時間じゃないかな」
「そう言えばそうだな。久しぶりに、迎えに行くか」
「うん。きっと喜んでくれるよ」
喜んでるのはお前だろ、と言いたかったが、いい気分なのは俺も変わらないので、特に突っ込まずにいることにする。
「確か、こっちだったよな」
「うん。そうだよ」
商店街を抜けて、角を右に曲がる。
「あ、ゆーいちにおねーちゃん!」
「よう。今終わったのか」
「うん。今終わったとこ」
ちょうど仕事を終えたばかりの真琴が、保育園の玄関から顔を出す。
「終わるまで待ってるから、一緒に帰ろっ」
「うん! すぐに終わるから、ちょっと待っててね」
そう言って、真琴が保育園へ戻っていく。これからいわゆる「終わりの会」とかちょっとした事務とか、そんなのを片付けに行くんだろう。
「あ、祐一、わたし来週の土曜日に大会があるって、もう言ったかな?」
「いや、まだ聞いてないぞ。本当か?」
「うん。県立のグラウンドで走るんだよ。見に来る?」
「もちろんだ。頑張れよ」
「うん。ふぁいとっ、だよ」
「おいおい。頑張るのはお前だろ」
「うん。だから、自分にふぁいとっ、だよ」
気合いが入っているのかそうでないのかよく分からない掛け声だったが、それが名雪らしかった。
と、それからしばらくすると。
「お待たせー」
真琴が出てきた。残務を片付けてきたらしい。
「ずいぶん待ったぞ。待ちすぎて、もうあれから一年も経ってる」
「わ、そうだったんだ」
「何でお前が騙されるんだ」
「ゆーいちがそんなこと言うから悪いんじゃないっ。真琴はそんなのじゃ騙されないわよぅ」
「あ、向こうに空飛ぶ肉まん」
「あ、あうっ?! どこ、どこなのよぅ」
「……に見える雲が」
「あうーっ……ゆーいち、覚えてなさいよぅ」
「五秒ぐらいはな」
いつものようなバカで気軽なやり取りをした後、
「それじゃ、帰るか」
「うん」
「うん!」
秋子さんの待つ家に帰ろうとした……
……その時だった。
「……みちる?」
……「その人」が、俺たちの前に姿を見せたのは。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。