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第八話「七瀬(みちる(真琴))」

「な、何ぃっ?!」

「わっ?! か、佳乃ちゃんっ、そ、それ、ど、どういうことなのっ?!」

「あ、あうーっ!?」

俺と名雪、それから真琴(見た目はみちるだが)は、まったく同時に声を上げた。佳乃の口から告げられた内容は、あまりにも衝撃的なものだった。

「な、名雪……お前の妹ってことは、もしかして……!」

「ま、間違いないよ……真琴だよ~!」

名雪の妹……厳密に言うとそうでは無いが、関係から言えば、それはどう考えても妹。それに該当する人物は、たった一人しかいなかった。この水瀬家に、今のところ一番最後に入ってきた人間……

「あ、あう~っ?!」

……そして、現在中身と外側が分離してしまっている人間。

事情はまったく分からなかった。しかし……今ここにいる「真琴」と、霧島診療所に担ぎ込まれた「真琴」。今の段階で、「真琴」と呼べる者が最低でも二人いる。それだけは事実だった。

「かのりんもよく分からないんだけど、とにかくお姉ちゃんがすぐ来て欲しいって言ってたよぉ!」

「言われなくても行くぞ! 佳乃、案内してくれっ!」

「うん! 分かったよぉ!」

「名雪っ、行くぞ!」

「分かってるよっ!」

「あ、あうーっ!」

俺は名雪と「真琴」を引きつれ、佳乃の後ろについて走り始めた。何があったかは分からないが、とにかく今は佳乃に付いていくしかない。診療所にいる「真琴」がどんな状態なのか……俺には、それが一番気がかりだった。

(……真琴がみちるの体の中に入ったのなら……ひょっとして真琴には……)

俺は一つの仮説を立てながら、とにかく走った。

 

「とうつきーっ! さぁ、早く中に入ってぇ!」

「ああ! この中にいるんだな?!」

「そうだよぉ! 中でお姉ちゃんが待ってるから、話はお姉ちゃんから聞いてねぇ!」

佳乃が診療所のドアを思い切り開け、俺・名雪・「真琴」が中へと一気になだれ込む。

……と、その時になってようやく、

「……あれれ~? みちるちゃん、こんなところにいたんだねぇ!」

佳乃がみちる(真琴)の存在に気付いた。ドアノブに手をかけたまま、みちるを呼び止める。

(しまった! 佳乃はまだこいつが真琴だってことを知らないんだったっ……!)

思わず固まる俺。今は一刻も早く佳乃の姉(聖(ひじり)というらしい)に会って話を聞きたい。が、この状況は力づくで潜り抜けられる類のものではない。

俺と真琴の視線が合う。お互い、かなり切迫した表情だった。

(ど、どうするのよぅ! ゆーいちぃっ!)

(騒ぐなっ! 俺だって今必死に考えてるんだっ!)

みちると目と目で会話している俺を見て、名雪が不審がって声をかけてくる。

「祐一、どうしたの? みちるちゃんに何かあったの? みちるちゃんは佳乃ちゃんに任せて、早く真琴の所に行かなきゃダメだよ~。うー。わたし、心配で今にも走り出しちゃいそうだよ~」

「そうだよぉ。みちるちゃんはかのりんに任せてくれればいいよぉ」

状況は、非常にまずかった。このまま真琴を佳乃に引き渡せば、百パーセント真琴は遠野家に連れて行かれてしまう。次には出てこれるかどうかすら心配だ。かと言って、今ここでこいつが「真琴」だと言ったところで、二人が信じてくれる見込みはほとんどない。なぜなら……

……「体」のほうの「真琴」が、ここ霧島診療所にいるのだから。いくらこいつが自分を「真琴」だと言い張ったところで、到底信じてもらえるはずはない。

(こうなったら……)

こうなったら、一か八かだっ。

「いや、違うんだ。これにはちょっとしたわけがあるんだ」

「え~っ?」

「……? どういうことぉ?」

この状況を潜り抜けるためには、こいつが「真琴」でも「みちる」でもなければいいのだ。名雪には後でじっくりと説明してやればいい。今は佳乃をどうにかすることが先決だ。

「実はこいつ、俺のクラスの七瀬の妹なんだ」

「七瀬さんの?」

「そうだ。ほら。髪型がそっくりだろ?」

そう言って、みちる(真琴)を二人の前に突き出す。我ながら、咄嗟に考えたにしては上手い嘘だと思った。

そう。みちるの髪型は、俺のクラスにいる七瀬……本名は「七瀬留美」……にそっくり、というか、そのまままったく同じだったのだ。いわゆるツインテールというヤツだ。髪の色はネガポジ反転でもしたみたいに正反対(七瀬は真っ青だ)だが、その理由もちゃんと考えてある。

「髪型はそっくりだけど……色が全然違うよ? 留美ちゃん、青色だよ?」

「甘いな。こいつは七瀬と長年に渡って仁義無き争いをしているんだ。だから、髪の色はお互いに正反対なんだ」

「へぇー。そんなの、初めて聞いたよぉ。そうだったんだねぇ。大変だねぇ」

佳乃は納得してくれたようだ。どうやら、みちるとはあまり面識がないらしい。七瀬とみちるの顔立ちが(そこはかとなく)似ていたのも幸いしたようだ。性格はどうだか分からないのだが。

「……祐一、なんか隠してない?」

「俺はいつだってオープンな男だ」

「うー。留美ちゃんに妹がいるなんて話、今初めて聞いたよ~?」

「人には一つや二つ、言いたくないこともあるもんだぞ。お前にだってあるはずだ」

「そうなのかな~?」

名雪は不満そうな顔をして、まだ不審がっている。とりあえず「佳乃を言いくるめる」という目的は達成されたので、話を一気に進めてしまうに限る。

「それより名雪っ、真琴の様子を見に行くぞっ」

「わ、そうだった! 急がないと!」

俺は七瀬(みちる(真琴))を引っ張ったまま、診療所の中に入った。

「……………………」

一人、診療所の外で残される佳乃。しばらくそのまま立っていたのだが、

「……あれれ~? どうして留美ちゃんの妹さんも一緒に入ったのかなぁ……?」

不意に、一番聞かなくてはいけないことを思い出した。

 

診療所の中に入ると、すぐ隣に診察室が見えた。

「まこ……じゃなかった。七瀬、お前はここで待ってるんだ。いいな?」

話をややこしくしないために、七瀬(みちる(真琴))を待合室に置いて置くことにした。これなら、状況がややこしくなることはあるまい。

(こくり)

「よし、それでいいぞっ」

さすがは真琴。ヘタにしゃべって怪しまれないようにしている。あいつ、意外に頭が切れるんだな。

すかさず名雪に声をかける。今は真琴(本体)が先決だ。

「それじゃ名雪、行くぞっ!」

「う、うん!」

 

「真琴っ!」

「真琴~っ!」

同時に診察室に飛び込む。

「ああ、来てくれたか。待っていたぞ」

診察室の中では、聖が椅子に座ってカルテをまとめていた。俺たちが来たのを見て、すかさず視線をこちらに向けた。さすがに反応は早い。

「確か……相沢君に水瀬さんだったな。よく来てくれた」

「それで……真琴、真琴はどうしたんですっ」

「ああ、そうだったな。少し待ってくれ」

聖はそう言ってさっと立ち上がり、

(じゃららっ)

部屋の仕切りとして機能している、やや厚手のスライドカーテンを開いた。

 

そこには……

 

「ま、真琴ぉっ!」

「真琴ーっ!」

そこには、全身傷だらけで横たわっている、真琴の変わり果てた姿……

……………………

「……真琴?」

「……真琴……?」

……ではなく、頭に絆創膏を一枚貼り付けただけで、他には大した外傷も無い(というか無傷だ)真琴が、寝台に腰掛けていた。

「……………………」

顔はこちら側を向いてはいるが、目線はまったく合っていない。向こうは俺たちが入ってきたことにすら気付いていない様子だ。なんだか難しい表情をしている。一体どういうことなのだろうか。

何から何まで、訳が分からなかった。ついでに、意味も分からなかった。何も分からなかった。

「……なあ名雪」

「どうしたの?」

「あれ、ひょっとして重傷なのか?」

「う~ん……わたしには、ただ頭をすりむいてこけて、それで頭にばんそうこうを貼ってもらっただけにしか見えないよ~」

「……だよなぁ」

あまりにも訳が分からなかったので、隣にいた聖に話を聞くことにした。

「……先生、これは、どういう……」

「見ての通りだ。担ぎ込まれたのは事実だが、この通り外傷は頭の切り傷だけだったぞ」

「じゃあ、何で担ぎ込まれたんですか?」

「ふむ……実は、私にもよく分からないんだよ。ここに担ぎ込んだのは私の知り合いだったがな」

「聖先生の知り合い?」

 

「それについては、俺から話そう」

 

後ろの方から、声が聞こえてきた。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。