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第九話「人形遣いの往人さん」

「……先生、あの人は誰ですか?」

「彼か? 彼は『国崎往人』君だ。この診療所で雇ってやっている自称・流浪の旅人だ」

「自称じゃなくて事実だぞ、聖」

その……国崎住人と呼ばれた男は、真っ白に染め上げられた髪をばさりとかき上げ、ゆっくりとこちらに近づいてきた。どうでもいいが、何か目付きが悪い。何者なんだろうか。

「俺は国崎住人。この街に来てそろそろ半年になる。好きな食い物はラーメンセット、嫌いな食い物はどろり濃厚シリーズ。巷では『人形遣いの往人さん』として皆の人気を集めているぞ」

「いや、そんなの今初めて聞いたんですけど」

「そうか。なら、今ここで俺がその名の由来を盛大に教えてやろう」

「いや、盛大にって」

のっけから何か間違ったテンションで俺たちに話しかけてくる国崎という男。なにやらポケットをごそごそやり始めて、そこから小さな人形を取り出した。

「わ、小さいお人形さん」

「いいか。目ん玉かっぽじってよーく見てるんだぞ」

痛そうだ。

「さぁ、楽しい人形劇の始まりだ」

真顔で言うセリフじゃない。

「……………………」

「……………………」

「……………………」

国崎は人形を机の上に立てたあと、それに向けてなにやら念のようなモノを込め始めた。ちなみに、今の間ずっと真琴と「真琴」に関する話はまったく進んでいない。できれば早くすっきりと解決したいんだが。

と、その時だった。

(ぴょこん)

「わ、人形さんが」

「……動いた?!」

「見てろよ……」

国崎が手を右に動かすと、それに反応して人形も右へとことこ歩いてゆく。左に動かすと、左にとことこ。上に動かすとジャンプし、下に動かすと倒れる。

……それがしばらく続いた。

「……………………」

細かい動きをいくつか見せられ、流れ的にはそろそろフィニッシュといったところ。

(さぁ、この人形劇をどう締めくくるんだ?)

そう考えていると、名雪も同じ気持ちだったのか、この脈絡のない人形劇の行く末を固唾を呑んで見守っているようだった。

(どうするんだろうな)

(どうなるんだろうね)

今までは単に人形が動いていただけに過ぎないが、締めくくりは何かきっと驚くような光景

「さぁ、これでおしまいだ」

(がくぅ)

俺と名雪はほぼ同時に反対方向にぶっ倒れた。おいっ。ちょっと待てっ。それで終わりかよっ。ただ単に人形が動いてただけじゃねぇかっ。なんなんだよっ。詐欺かっ。人形詐欺かっ。

「どうした。ぶっ倒れるほど面白かったか」

「逆だっ。オチもへったくれもないじゃないかっ」

「バカを言うんじゃない。今の時代、オチが百パーセントあると思うほうが間違いなんだ」

「祐一、オチだけじゃないよ。つなぎも無かったよ」

さりげなくひどいことを言う名雪。だが、今の俺はこの従姉妹の発言に首がぶっちぎれるほど全力で同意したい。あのただ人形がひょこひょこ動いてただけの劇のどこが面白かったのか、俺には徹頭徹尾理解できなかった。

「そうだそうだっ。ただ単に人形が歩いたりジャンプしたりこけたりしただけじゃないかっ」

「何を言うかっ。俺は客足の少なくて常にヒマヒマドクターの名をほしいままにしているこの霧島診療所と聖のためにだな……」

(きらり)

突然、俺たちの目に光るものが飛び込んできた。

「誰がヒマヒマドクターだ? 国崎君」

「めめめ滅相もございません、聖様」

……聖がメスを国崎に突きつけていた。慌てまくる国崎。

い、いいのかそれで。

「わ、わ、わ」

あまりにもあまりな光景に、名雪は言葉を失っている。というか、この状況で言葉を失わずにいられるほうがどうかしている。実際、俺も何も言えない。ひょっとして、これがこの霧島診療所の日常風景なのだろうか。意味不明な人形劇をする流浪の旅人(自称)に、人にきらりと光るメスを突きつける医者。すげぇっ。想像の範疇を軽くオーバーしてるっ。

「せ、先生~、く、首は駄目だよ~」

「む、そうか」

「せ、せめて顎にしてあげてよ~」

「待てぃ! どう違うんだっ!」

……訂正。ひょっとすると、うちの従姉妹も俺の想像の範疇を軽くオーバーしてるのかも知れない。

 

……閑話休題。

「……ところで、何の話だ?」

「あんたがわけの分からない人形劇をしたせいで、流れがまったく分からなくなったんだよっ」

しれっと言う国崎に、俺がやけくそ気味に突っ込み返す。ひょっとしてこいつは常時こんなペースなのだろうか。そうだとすると極めて付き合いにくい人間だと思う。

「ああ、そうだそうだ。確か、今寝台で座ってる子を担ぎ込んだ理由だったな」

「そうだよ。頼むから、早く説明してくれ」

「分かった。ちょっと待て」

国崎はそう言うと人形をポケットに戻し、ゆっくりと話を始めた。

「確か、つい一時間ほど前のことなんだが……」

 

……俺はすることもなく、ただ街をぶらついていた。

「……………………」

この人形劇で一稼ぎしようと思ってあちこち歩いてみたが、そもそも人が集まってくるような場所が無かった。仕方ないから、少しでも人がいそうな場所を探して歩いていたんだ。

「……………………」

歩き続けて、どれぐらい経っただろう。ふと俺の目の前に、一人の人間の姿が見えた。

「……………………」

そいつは俺の姿を見つけると、ずんずんずんずん歩いてきたんだ。明らかに俺の目を見つめていたから、知り合いの誰かかと思ったんだが……

「……誰だお前は?」

……俺に向かって歩いてくるそいつは、俺の知らない人間だった。ついでに言っておくと、見たこともない人間だった。

「俺に何か用か?」

俺がそう聞くと、そいつは……

 

「こらーっ! みちるに何したんだーっ! 国崎往人ーっ!!」

 

……と言って、俺に襲い掛かってきたんだ。

 

「……というわけだ」

「……もしかして、その『こらーっ! みちるに何したんだーっ! 国崎往人ーっ!!』って言ったヤツが……」

「そうだ。今そこで座ってるヤツの事だ」

そう言って、国崎は「真琴」を指さした。

「で、何でここに担ぎ込んだんだ?」

「いや、そいつは飛び掛ってきたのはいいんだが、勢い余ってそのまま電柱に大激突して、それでそのままにしとくのもまずいと思ったからな」

「な、なるほど……」

ふと気になって、名雪の顔を見た。

「???」

名雪は何がなんだかよく分かっていないのか、顔中に「?」マークを浮かべている。正直、俺もまったく同じ気分だった。

「ね、ねえ祐一……」

「ど、どうした?」

戸惑い気味に聞かれて、俺も戸惑い気味に返す。

「ま、真琴……どうかしちゃったのかな……?」

「……えっ?」

「だ、だって……その、国崎さんの言ってたしゃべり方……」

「……………………」

「みちるちゃん、そのものだったよ……?!」

……なんとなくだが、状況がつかめてきた気がする。

もしかすると俺たち……正確には「真琴」と「みちる」が、何かこうものすごく非現実的な出来事に巻き込まれているような気がしてきた。

「しかし……妙だな。彼女はどう見ても、水瀬さんの所の子にしか見えないんだが」

「だが聖、俺ははっきりとこの耳で『みちるに何したんだーっ!』と聞いたぞ」

「ねえ祐一、どういうことなのかな?」

「……………………」

……さて、どうするべきか。ここに来て、状況が物凄い勢いでこんがらがりだした。

まず、俺の足元にいる「真琴」は「みちる」の姿をしていて、俺はこいつが「真琴」だと分かっているが、名雪と佳乃はこいつを俺がでっち上げた七瀬の妹(仮)と勘違いしている。国崎は存在そのものに気付いていないっぽい。どうやら、あいつの目に留まらないよう真琴が上手く立ち回ってくれたらしい。

国崎の話を聞く限りでは、今寝台で座っている「真琴」の中身は間違いなく「みちる」だ。つまり簡単に言うと、「真琴」と「みちる」の「体」と「心」が何かの拍子に入れ替わってしまったようなのだ。

……ぐああ。なんだこの非現実的な話はっ。一体どういうことなんだっ。

……と、とりあえず、この状況を何とかせねばなるまい。この状況ですべての情報を掴んでいるのは、この俺、相沢祐一しかいないんだっ。

「なぁみんな、ちょっと聞いて欲し」

俺が皆に情報を伝え、冷静な話し合いをするべく話を切り出そうとした、まさにその時だった。

 

「にょ、にょわあああああっ! み、みちるが目の前にいるううううううっ!?」

「あ、あううううううううううっ! 真琴が二人いるうううううううううっ!?」

 

……何もかもが、台無しだった。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。