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第十一話「セカンドインパクト」

「こんにちは」

「お邪魔します」

玄関の方から、声色の違う二つの声。

「あ、お母さん~。来てくれたんだね~」

「あら、名雪も一緒だったの。ちょうど良かったわ。これでみんな揃って帰れますね」

声の主の一人は、俺が電話で呼び出した秋子さんだ。いつもの格好で、微笑みながらの登場だ。いきなり病院(診療所だが)に呼ばれてもこの余裕である。滅茶苦茶頼りがいがある。

「それでねお母さん、大変なことになっちゃったんだよ」

「どうしたの?」

「あのね、真琴と遠野さんの妹がね、入れ替わっちゃったんだよ」

「あらあら、それは大変ね」

全然大変じゃ無さそうに言う。さすがは秋子さん。予想通りの受け答えだ。

……と、その隣には。

「こんにちは」

「あ、ども」

遠野の母親が立っていた。昨日と変わらない姿で、秋子さんの隣にごく自然に立っている。

「どうもみちるがご迷惑をおかけしたようで……」

……しかし、あれだなぁ。秋子さんと並んでみても、全然見劣りしないぞ。あの遠野の神秘的でどこか不思議な感じに、秋子さん的母性を大さじ一杯、それにみちるの天真爛漫さを小さじ

「……紅しょうが」

「は?」

「今日の祐一の晩ご飯は、紅しょうがだけ。紅しょうがの上に紅しょうがを載せて、それで食べるの。飲み物はしょうがの絞り汁だよ」

「すまん名雪。俺が悪かった」

「う~。祐一、ひどいよ」

「まさかお前が遠野のお母さんのことをそんなに好きだとは思ってなかったんだ」

「分かってくれればいいんだよ」

「……いや、ここは否定してくれよっ!」

「さすがに冗談だよ」

「すまん名雪。ここまでの流れだと、それがとても冗談とは思えない……」

あれだ。この空間自体が何かこうアホな空気に包まれているような気がする。とにかく、さっさと話を進めないとまずいことになりそうだ。

と、その時だった。

 

「それで……佳乃先生でしたっけ?」

 

それは、あまりにも唐突過ぎた。

(ずるぅっ!)

場にいた秋子さんと名雪、それから聖以外の全員がずっこけた。

(がぁん!)

「にょはーっ! 頭、頭が痛いーっ!」

「わー! 真琴の体になんてことするのよぅっ!」

みちるはずっこけ方が盛大すぎ、近くにあったゴミ箱の角にドタマを思いっきりぶつけていた。これで頭のケガは二つ目だ。あらゆる意味で大丈夫だろうか。

「……………………」

聖は呆気に取られた表情を浮かべて、その言葉の主……遠野母をまじまじと見詰めている。

「い……いや……私はその……ひ、聖だが……」

「ああ、すみません。聖先生でしたね」

遠野母がぺこりと頭を下げる。聖はようやく持ち直したようで、椅子に座って必要な書類をまとめようとしていた。

……その直後だった。

 

「ところで……倉田先生」

 

それは、あまりにも言葉に出来ない状況だった。

(ずるるぅっ!)

場にいた秋子さんと名雪以外の全員が、さっき以上の勢いでぶっ倒れた。そして、その直後。

(がぉん!)

鈍い音が響き渡る。

「にょへ!」

「あうっ!」

「ぐはあ!」

みちる・真琴・国崎がずっこけた衝撃で、三人揃って頭を激突しあっていた。通りで物凄く鈍くて嫌な音がしたわけだ。これは……音が音だけに、純粋に痛そうだ。

「と、と、と、遠野さん……?!」

「あ、すみません。また人違いをしてしまったみたいですね。聖先生」

「は、はぁ……」

聖が思わず取り落としてしまったカルテを拾い集めながら、なんとか体勢を立て直している。大丈夫だろうか。

「あうう……」

「んにー……」

「ぐおお……」

「わ、お母さん、なんだか向こうが大変なことになってるよ~」

「あらあら……頭をぶつけちゃったのなら、お医者さんに診てもらった方がいいんじゃないかしら……」

すみません秋子さん。ここ、(一応)診療所です。

「と、とりあえず、話を進めましょう。水瀬さんもこちらに」

「あ、はい」

秋子さんも呼ばれて、聖のところへ歩いてゆく。なんだかんだで、ようやく具体的な話し合いが始まるわけだ。なんか、話し合いに入るまでが恐ろしく長かった気がする。

「それで、お二人の状態なんですが……」

 

「……ということになります」

「あら……それは困りましたね……」

「ええ……本当に困りました……」

さすがに状況が状況だけに、二人ともやや困った表情を浮かべている。そりゃそうだ。いきなり病院に呼び出されて来てみたら、自分達の娘の人格が入れ替わっていたと言われたのだから。これで困らない方がどうか

「でも、なんだか不思議ですね」

「そうですね。ちょっと楽しいかも知れませんね」

(ずるるるぅっ!)

秋子さんと遠野母、それから名雪を除いた全員が一斉にすっ転んだ。それはもう、タイミングが良すぎるぐらい。いっそ全員お笑いのモブにでもなっちまえと言わんばかりの揃いぶりだった。

そして、その直後。

(がぃんっ!!!!)

もんのすごく、鈍い音が響き渡った。

「にょはっ!」

「あうーっ!」

「ぐはぁっ!」

「ぐわぁっ!」

俺・真琴・みちる・国崎の四人が、仲良くダイビングヘッドバッドをかましあっていた。三人分の衝撃である。痛くないわけがない。ちなみに全員、床にも頭を打ち付けているので、ダメージはものすごく大きい。当然、俺も含めてだ。

「んにー……」

「あうぅ……」

「ぐおお……」

「ぐああ……」

四人、恐ろしく苦々しげなうめき声。傍から見るとさぞ怪しげな光景に見えたに違いない。当然、俺も含めてだ……なんだかものすごく悲しくなってきたぞ、おい。

「わ、真琴、みちるちゃん、国崎さん、祐一、みんな大丈夫?」

「おいちょっと待て。何故俺が一番最後なんだ」

「祐一だから、だよっ」

「笑顔、しかもCGにありそうな立ち絵では見れないほどの満面の笑みで言うなよっ」

俺は涙目で反論したが、名雪は他の三人の状態を見に行ってしまっていた。

……ちくしょう。覚えてやがれっ。

 

「それで……どうしましょうか?」

「そうですね……」

聖と遠野母が、これから二人をどうするかについて話し合っていた。

「とりあえず、お互い『心』のある方を引き取りませんか?」

「そうですね。きっとお互いにその方が落ち着くと思います」

「決まりですね」

どうやら……真琴(体はみちる)は俺たちのほうに、みちる(体は真琴)は遠野のところに行くことが決まったようだ。やれやれ。分かりきっていた結末だが、ここまで来るとやっとほっとできる。

「やれやれ……どうやら一件落着みたいだな」

「うん。良かったね、祐一」

「しかし……とりあえずはこれでいいとしてだ」

俺は真琴を見やる。

「あぅー……」

そこには、みちる姿の真琴の姿が。

「いつまでもこの姿のまま、って訳にもいかないだろう」

「う~ん……確かにそうだよね……」

名雪と二人、ない知恵を必死に絞ってみるが、どうも良い案は出て来そうにない。

「困ったな……」

「困ったね……」

俺たちが頭を悩ませていた……その時だった。

 

「たっだいまーっ!」

 

元気のいい声が、診療所に飛び込んできた。

「ああ、佳乃か。お帰り。どこに行ってたんだ?」

「えっとねぇ、ちょっと買い物に行ってたんだよぉ」

そう言うと佳乃はつかつかとみちる(中身が真琴)の方へ歩いて行き、

「はい、これだよぉ」

「……えっ?」

「これでお姉さんと早く仲直りしてねぇ」

……自分が巻いているバンダナとまったく同じバンダナを取り出し、それを素早く腕に巻きつけた。

「え、え、え?」

「大丈夫だよぉ。かのりんとお姉ちゃんはこれでいつでも仲良しさんだからねぇ。効果は抜群だよぉ」

佳乃はそう言いながら、にこにこ笑って場を去っていった。

「……………………」

「……………………」

「……………………」

「……………………」

辺りに何とも言いがたい沈黙が広がる。

「……祐一、そう言えばさっき、よく分からないこと言ってたよね」

「さて、何のことでしたか」

「とぼけても駄目だよ。はっきり説明してよね」

名雪がちょっと怒った表情で、俺の肩を掴んでいる。

 

……というか名雪、一言言わせてくれ。

 

「……お前、なんでここまでの流れで、今の今まであれが嘘だって気付かなかったんだよっ!!」

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。