「祐一、よくそんな大胆な嘘が付けるね」
「しょうがないだろ。あのままだったら、真琴は絶対遠野のところに行ってたぞ」
「そうかも知れないけど~……」
帰り道、俺は名雪に嘘……真琴を「七瀬の妹だ」と偽ったことについて、必死に弁明を重ねていた。今にして思えば、あれは確かにまずい嘘だったかも知れない。
というかもし、もしあの場に七瀬がいたとしたら、俺はきっと今頃……
…………今頃…………
………………
…………
……
どこまでも広がる青空……終わりを知らない青い海……
「ゴールっ……!」
……最後にはどうか……
……幸せな記憶を……
「あの海ー どこまでもー 青かったー……」
「ゆ、祐一?! ど、どうしたの急に?!」
「いやぁ、人生の終わりにはこの詩がふさわしいと思って」
「祐一、意味が分からないよ」
名雪にはこの詩の素晴らしさが分からないらしい。残念なヤツだ。この詩で一体何人の人間が泣いたか分からないのだろうか。ちなみに俺は三回泣いた。
「どういう想像をしたらそんな風になるのか、すっごく気になるよ」
「うーん。感動的だなぁ」
「祐一、意味が分からないよ」
「コピペは止めろコピペは」
こんなくだらない会話を交わしながらも、隣では……
「あぅー……」
「……………………」
……まるっきりイメージの違う真琴が、まるっきり違う声で唸っていた。
「大丈夫よ真琴。きっとすぐに戻れますから」
「うん……」
元気が無かった。そりゃあ、あんなことがあった後でいつものテンションだったら、それはそれでまた別の意味で困った事だとは思うが。
見かねた秋子さんが、こう言葉をかける。
「それじゃあ、今日は真琴の好きなものを作ってあげましょうね。何がいいかしら?」
さすがは秋子さんだ。落ち込んでいるときには、何か好きなものを食わしてやるのが、真琴には一番効果的だろう。まぁ真琴の事だ。きっと間違いなく絶対百パーセント天地天命に誓って何があっても肉ま
「あぅー……真琴、はんばーぐが食べたい」
「!!!!!!!!!!!!!!!」
はんばーぐが食べたい
はんばーぐが食べたい
はんばーぐが食べたい
はんばーぐが食べたい
はんばーぐが食べたい
はんばーぐが食べたい
はんばーぐが食べたい(エコー)
ぴがしゃああああん。
その瞬間、俺の頭に雷が落ちた。しかも、めっちゃでかい。クリティカルヒットだ。
「ま、ま、まこっ、まことっ、お、おま、お前っ……!」
「了承」
「あああああああ秋子さんっ! いいいいいいいいいんですかぁ?!」
「だって、真琴本人が食べたいと言っているんですよ?」
「いいいいいいいいや、そそそそそうですけどっ!! ででででででででもっ?!」
「でも……どうしたんです?」
「ま……真琴って言ったら……普通……肉まんじゃないですかぁっ?!」
そうだ。真琴といったら肉まん。これが定説のはずだった。真琴=肉まん。真琴即ち肉まん。肉まん∵(なぜならば)真琴。真琴∴(ゆえに)肉まん。これが今までの常識だった。
それがどうだっ。あいつが口にした「食べたいもの」はっ……
はんばーぐ
……だとぉっ?! こんなことが有り得ていいのかっ。真琴といったら肉まん。そうじゃなかったのかっ。あの異常なまでの肉まんに対する愛情はすべて偽りだったのかっ。偽りの愛情だったのかっ。
これはもう……本人に直接聞くしかない。
「なぁ真琴……お前、何ではんばーぐなんだ……?」
「あぅー……よく分かんないけど、この体になってからなんだかものすごくはんばーぐが食べたくなったのよぅ」
「い、意味が分からんっ……どうしてなんだ……」
俺は脱力しきった体を引きずりながら、三人に遅れまいとどうにか付いていった。
帰り道もそろそろ終わりに近づいた頃だった。
「うー」
「どうしたんだ? 急にうなったりして……」
「うーうー」
名雪がある一点を見つめて、まるで救急車のサイレンのように唸りだした。それはまるで、名雪がいちごよりも大好きな猫を見ているときの視線のようだった。
「なゆ……」
「だおーっ」
「な、名雪?!」
名雪は突然叫び声を上げると、それまで凝視していた方向に向かって一直線に飛びかかって行った。そこには……
「あ、あうーっ!!」
……ちょっと待てコラっ。またそういう展開に持ち込むのかっ。
「うー、かわいいよ~かわいいよ~」
「あぅー」
「かわいいよ~かわいいよ~」
「あぅー」
名雪が真琴を抱きこんで、ひたすら撫でまくっている。その内頬ずりも始めるだろう。あ、始めた。
「あらあら」
「……………………」
「あらあらあら」
「……………………」
「あらあらあらあら」
秋子さんは微笑んだまま、その光景を見つめている。すげえ楽しそうだ。一人放置される俺。またこのパターンか!
……まぁ、あれだ。確かに、みちるは俺から見ても(あくまでも「子供」として)かわいいとは思う。まぁ、あの遠野母の血を引いているんだから、名雪が秋子さんに似るように、顔立ちがよくなるのは自然な事だとは思う。
……自然な事だとは思うけど。
「うーうーうーうー」
名雪はすごい勢いで真琴に頬擦りしまくっている。その内火でも付くんじゃないかってぐらいの勢いだ。
「あ、あう~っ!」
されている方は、一体どうすればいいのか分からない状態だ。さっきまで自分がそうしてたのに、いざされてみるとこうである。どうコメントすればよいやらちょっと思いつかないぞコレ。
「やめろっ。中身は真琴だぞっ」
「だからいいんだよ~」
「これ以上この話の対象年齢を引き上げようとするなっ」
「祐一、さりげなくすごいこと言ってる」
「ぐはぁ」
駄目だ。話が一向に噛み合わない。だんだんバカな方向にバカな方向に話が傾いていっている気がする。これではよくない、よくなんかないぞっ。
「とにかく、さっさと帰るぞ。俺もう腹が減って死にそうなんだ」
「あらあら。それじゃあ、帰ったらすぐに準備しますね」
「そうしてくれると助かります」
俺は秋子さんにそう言って、名雪と真琴を放置してさくさくと歩いていった。
「……ふぅ。しかし、よく食った」
「祐一、本当にお腹が空いてたんだね」
「そりゃそうだろ。一日のうちにあんだけいろいろあったんだからさ……」
俺は(正常化した)名雪と一緒に、リビングでくつろいでいる。ちなみに、真琴はまだ食事中だ。体が(相対的に見て)小さくなったおかげで、食べるのに時間がかかっているらしい。
「しっかし、よくよく考えてみると、まだ何も解決してないんだよな……」
「うん……どうしてこうなったのとか、どうすれば元に戻るのとか」
「そうそう。なんでこんなことになったんだか……」
帰る途中も食事中もずっと考えていたのだが、どうしても分からないことがあった。
そう。どうして真琴とみちるが入れ替わってしまったのか、ということだ。あの二人に接点はない。同じ街に住んでいるんだから、顔ぐらいはお互い見たことがあるかも知れない。だが、それ以上の関係はないはずだ。
「やっぱり、どこかで頭をぶつけちゃったんじゃないのかな」
「しかし……その展開で行くと、もう一回頭をぶつければ元に戻るはずだろ」
「あ、そう言えばそうだよね」
「だろ? でも、あいつら霧島診療所で二回ぐらいお互いに頭ぶつけたけど、結局元には戻らなかったぞ」
「うーん……よく分からないね。どうしてだろう?」
「さぁな……案外、一日経ったら元通り、かも知れないぞ」
「どうして?」
「真琴もみちるも、昨日の夜まではちゃんと自分の体の中にいたって言ってるんだ。だから、もう一回夜を越せば、ちゃんと元に戻るんじゃないか、って思ったんだよ」
「わ、そうなんだ~。うん。それはわたしも有り得ると思うよ」
「しっかし、そうだとすると……明日の朝も大変だな。みちるのやつも学校に行かなきゃいけないし、真琴にもバイトがあるし」
「今日は休んだみたいだけど、さすがに二日続けてはちょっとよくないよね」
名雪と俺はその後も、かなりいろいろな話をした。
「しかし、あの嘘はまずかったかな……」
「……うん。佳乃ちゃん、多分まだその話信じてるよ」
「だよなぁ……聖が説明してくれれば助かるんだが……」
「多分、話してくれてると思うよ」
「それだとありがたいんだが……明日になって七瀬の前で『妹さんと仲良しさんに戻ったぁ?』なんて言われたら、俺本気で明日の日の出を拝めそうにないぞ」
「わ、それは大変だよ~。もしそうなりそうだったら、わたしが事情を説明するね」
「名雪……すまん」
「いいよ。これぐらい」
改めて思う。一日の中で何度かおかしくなったことはあったが、やはり名雪は名雪、俺にとってもっとも信頼の置ける存在だ。七年間も待ってくれたことに、本当に感謝
「あぅ……眠たくなっちゃったわよぅ」
「あっ……!」
……横からひょっこりと顔を出す真琴。それを見た瞬間、名雪の目つきが……
「……………………」
……変わった。
「眠いの? それだったら、お姉ちゃんが一緒に寝てあげるよ~」
「あ、あぅ?!」
「大丈夫だよ~。ぐっすり眠れるからね~」
「あ、あぅーっ!」
「いーっぱい抱きしめてあげるからね~」
真琴が腕を引っ張られて、階段を昇らされてゆく。
……訂正。やっぱりちょっとヘンなのは間違いない。
「ゆ、ゆーいちぃっ! おねーちゃんを止めてよぅ!」
「さようなら真琴。次に会うときは俺の知らない真琴だな」
俺が敬礼をして、真琴の死出の旅路を見送る。さらば、真琴。
「あ、あ、あ……」
「あうううううううううううぅぅぅぅぅぅぅぅ………………」
……声はそのまま、フェードアウトしていった。まるで……奈落の底に堕ちて行く、哀れな人間の最後の断末魔のように……
「あらあらまあまあ」
……秋子さん、いつもの表情で楽しそうにするのはやめてください……
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。