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#EX 終わりと始まりのパラドックス

「すまない、少し遅れてしまったな」

「いえいえ。私も先ほど戻ってきたばかりですから」

エーテルハウスの奥にある会議室にて、ずらりと並べられた椅子のひとつにザオボーが腰掛ける。視線の先にはロトムが壁に向かって投影している映像があり、そこには――。

「代表として、俺もカワムラの見送りに行ければよかったんだがな」

エーテル財団代表・グラジオの姿があった。隣には副代表である妹のリーリエ、本部長のビッケも控えている。エーテル財団の首脳陣が集結していると言って差し支えない状況だった。メンバーが揃ったのを確かめてから、グラジオがおもむろに口を開いた。

「集まってもらったのは他でもない。先日ユミが保護した『ピーターパン』……」

「――もとい、『テツノブジン』と呼ばれる存在についてだ」

グラジオの前にウルトラボールが置かれる。優美があのサーナイトとエルレイドを機械化したようなポケモン――テツノブジンを保護するために使ったものだ。今は機能停止状態にあり、中で眠ったようにぴくりとも動かなくなっている。ボールを見つめる四人の視線は緊迫したもので、場の空気が張り詰めているのがありありと見て取れた。グラジオがウルトラボールを一瞥し、小さくため息を吐く。

休養してある程度回復したところで、ザオボーは優美に「ピーターパン」を本部で保護させてほしいと申し出た。彼がポケモンとしてあまりにも異質な存在であることは優美も十分承知しており、ザオボーの申し出に快く応じた。現在「ピーターパン」はエーテルパラダイス地下にある個別セルにて、休止状態のまま収容されている。財団として「ピーターパン」を傷付けるつもりは毛頭なかったが、さすがにそのまま野生に返すわけにもいかないという意見が多く出ている状況だった。

「私の方で川村さんとオルティガ君への聞き取りを行いました」

「ああ、まずはそれについて共有してくれ」

「お二人がテツノブジンを発見されたのは、パルデア北部のナッペ山深部においてとのこと。そこにいたのは捕獲された個体のみでした」

「同族……あるいは類似した特徴を持つポケモンはいなかったということだな」

「仰る通り。川村さんはテツノブジンをウルトラビーストと判断されたようで、支局のウルトラボールを使用して捕獲しました」

「わたしもあのポケモンを見させてもらいましたが……ユミさんがウルトラビーストだと思われてもおかしくない、そう思いました」

「副代表の意見、私も賛同します。私も現地で目撃した時は同じ思いでしたから。しかし……実態はいささか異なっていたようで」

「ビッケ、ラボでの調査状況を報告してくれ」

「わかりました。画面を共有させてもらいますね」

ビッケが持っていたタブレットを操作すると、各々が見ているディスプレイに同じ画面が表示される。

「こちらをご覧ください。ウルトラビーストとしての反応がないかを複数の手法で検査したものですが……見ての通り、いずれも反応はネガティブです」

「ウルトラホールを通過した者に生じる特殊なエネルギー、これも見つからなかったようだな」

「その通りです。一般的なポケモンとは生態が大きく異なるのは確かですが、ウルトラビーストともまた違う存在というのが今の結論です」

「では、どうしてウルトラボールで捕まえることができたのでしょう?」

「それについては私から。ウルトラボールはウルトラビーストに最適化されたボールですが、基本的な仕組みは一般的なものと同じです。通常のポケモンであれば容易に抜け出すことができますが、完全に動かなくなっているポケモンであれば、通常のプロセスを踏んで捕獲を完了させられるのです」

「あの状態を動かなくなっていると言うべきか、あるいは機能停止していると言うべきか。二人がテツノブジンを再稼働させた件について話は聞けたか?」

ザオボーが大きくうなずく。今度は自分の持っているタブレットを操作して画面を共有すると、ひとつひとつ順を追って説明を始める。

「川村さんがテツノブジンを捕獲したのち、オルティガ君によって目に見える大きな損傷が修復されました」

「以前、そいつには工学の知識があると言っていたな」

「裏を返すと……『治療』ではなく『修復』される存在であった、ということですね」

「ええ。ですがこの段階ではまだ再起動には至らず、オペレーティングシステムの再インストールが必要というところまでは分かった」

「そこで使われたのが――トキノミヤの『トライポッド』か」

「言葉通りです。川村さんがテツノブジンとトライポッドの類似性を見出し、ロベリアが持ち出していたデータの中にトキノミヤ博士の成果物一式があることを思い出した」

「その中には当然、トライポッドを動作させるためのシステムプログラムもあったと」

「まさしく。トライポッド・タイプγと呼ばれるサーナイトベースのプログラムをテツノブジンに組み込み、元のプログラムの補完をさせたとのことです」

「トライポッドとテツノブジンを結びつけるカワムラの判断も驚きだが、再インストールまでこぎ着けたオルティガの手腕も大したものだな」

「私としてもぜひ財団に欲しい人材ですね。それはともかく、彼らはテツノブジンの修復と再起動、さらには完全な制御までも可能にした」

「テツノブジンは、一貫してユミさんとオルティガさんの指示に従っていたと聞きました」

「忠誠を誓っていた、そう言ってよいでしょう。γが人と協調するための行動を学習した人工知能を使っていることもあるでしょうが、純粋に二人に恩義を感じているようでした」

「今も定期的な面会を要望されているからな。こちらとしてもその程度の希望を跳ね除ける理由はない」

一通り情報共有が済んだところで、グラジオが机に肘を突いて顔を俯けさせた。

「……問題は二つある。どちらも一筋縄では行きそうにない」

顔を上げたグラジオの表情は険しく、真剣そのものだった。

「一つは、このテツノブジンがどこから来たのかについてだ。各地の支局に調査を命じているが、今のところパルデア以外での目撃例はない」

「その一方で、カンパニュラたちの調査でパルデアにおいては複数の目撃証言が得られています。しかも……それだけではない」

「ああ。テツノブジンに留まらない、他の『既知のポケモンに類似した機械のような存在』が目撃されている」

「彼らはデリバードやウルガモスに似た存在をパルデアの僻地で見かけたとのこと。そのどれもが比較的確度の高い証言です」

「テツノブジンが実在することを考えれば、他にも『機械のようなポケモン』が複数いると考えるのが自然でしょうね」

「知っての通り、テツノブジンは高い戦闘力を持つ。ひとたび暴れだせば生態系へ与える影響は甚大だ。こんなポケモンが他にも複数いると考えれば……事態は到底楽観視できない」

さらに表情を険しくし、グラジオが話を続ける。

「もう一つは――トライポッドとの関係だ。なぜトライポッドのプログラムがテツノブジンに高い適合性を示した? これはいったい何を意味している?」

「本来、プログラムというのはそう簡単に動くものではないはずです。兄さんの言う通り、トライポッドのプログラムでテツノブジンが動いたのは説明が付きません」

「加えてひとつ、私からも報告があります」

「ビッケ、続けてくれ」

「ロベリアがコピーしていたトキノミヤ博士のファイルを再検証した職員が、博士が過去に同種のポケモンと遭遇していた疑いがあると報告しています」

「つまり……トキノミヤ博士は、我々よりも先にテツノブジンのようなポケモンを発見していたかも知れない、と?」

「ザオボー支部長の言う通りです。ただ、過去にそのような報告は……」

「されていないだろう。目聡い母がそんな話を見逃すはずもない。トキノミヤが独断で情報を握りつぶしていた線が濃厚だ」

「代表、それにビッケ所長。私も該当するファイルを閲覧しました。その上で気がかりなことがあります」

「……このポケモンたちの出所について、か?」

「ええ。トキノミヤ博士は広範に渡るデータを残していて、彼らは――」

トレードマークであるソラマメのような大きなメガネを直したザオボーが、画面の向こうにいる三人に向かって口を開く。

「――我々が今いるこの時代よりも、遥か未来から訪れた可能性を示唆しています」

エーテル財団はポケモンが引き起こす超常現象や異常な事象についても調査を行っている。その中には、時間軸を捻じ曲げて過去や未来に干渉する強い力を持つ者がいることも認知している。だがその前提を以てしても、テツノブジンが遠い未来からこの時代へ流れてきた虞があるというザオボーの話は、三人にとって非常に重い話であった。

「テツノブジンが私たちの時代につながる未来から来ているなら、まだ少し話は分かりやすいと思います。ですが……そうとも限らないのでしょうか」

「副代表の懸念通りです。ウルトラスペースのような並行世界、そこから入り込んで来ているということも考慮せねばなりません」

「これだけでも話は複雑なのですが、さらに懸念事項があります。解析について進捗がありそうだとラボから報告があったのですが」

グラジオが顔を上げて一同を見る。「ビッケの言う『報告』だ」と声を上げると、資料を表示させた画面を全員に共有した。

「テツノブジンのプログラム解析に当たったチームからの第一報になる。読んでくれ」

「こ、これは……!?」

「後から追加されたトライポッドのモジュールを除外した、テツノブジンを動かしていた本来のプログラムについてのサマリーだ。まだ完全な解析には至っていないが、大部分はリバースエンジニアリングが終わっている」

「代表、何かの間違いではないのですか? まさかこのようなことが……」

「俺も俄かには信じ難いが……情報を遮断して解析に携わらせた2チームの結果がピタリと一致している。残念ながら、これが事実だ」

 

「『テツノブジンのプログラムには、トライポッドで使われているものと一致するコードが大量に存在する』」

「『テツノブジンは――トライポッドに由来している可能性がある』」

 

「……パルデアにおける特異なポケモンの報告は、中心に位置する『パルデアの大穴』に近付くほど増えていっている」

「現在立ち入りが厳しく制限されているが、あの場所に何かある可能性が極めて高い」

「ザオボーには引き続き現地で調査を続けてもらう。俺は引き続きパルデア政府へ立ち入りの許可を求めていく」

「俺たちの与り知らぬところで、元職員が関わった可能性のあるポケモンが跋扈している……なんとしても事実を突き止めねば」

グラジオが一同に鋭い目を向けると、三人は一斉に頷いた。

パルデアの地には、トキノミヤの遺した未来からの遺産が、過去と未来を捻じ曲げて「矛盾」を生み出す恐るべき存在が潜んでいる。それは彼女にとって掛け替えのないもの、彼女にとって一番の「宝物」。

 

エーテル財団による「宝探し」が――ここに始まろうとしていた。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。