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#19 さよならの挨拶は

「いよいよ帰るのね、ウチらさ」

「そうやなあ。ちかっぱ長かったごて思う」

「然り。瞬く間に過ぎてゆくという言葉が相応しい日々だったな」

清音は船着き場に立っていた。隣にはナツとポリアフの姿もある。パルデアの地を訪れたのは二週間ほど前。数字だけではさして長いとは感じない期間だが、その間に起きた出来事をひとつひとつ丁寧に振り返ってみれば、字面だけでは推し量りがたい濃密さがあった。グレープアカデミーでの聞き込みに始まって、優美を捜した長い旅路、「ネバーランド」での激戦、悪辣なロベリアへの制裁、スター団の真実を知って受けたショック、そのスター団に示された新しく輝かしい未来――。

目を閉じた清音が吹き抜ける潮風に髪を靡かせながら、瞼の下に浮かぶ光景すべてが記憶に深く刻まれている実感を覚えていた。

「清音さんっ、着いたら連絡してね! お母さんとお兄ちゃんにもよろしくって!」

「もちろん! 家に帰るまでが旅行だからネ。小夏ちゃん、優美のこと頼んだわよ」

「任せてください! 妹を見守るのは、お姉ちゃんの仕事ですから!」

「えへへっ。小夏お姉ちゃんにお姉ちゃんになってもらえるように、お兄ちゃんにお願いしなきゃ」

「兄妹が仲睦まじいのは実に良いことです。私の身近にも居ります故、猶更そう思いますよ、ええ」

帰宅の途に就く清音たちを見送りに来てくれた者の中には、優美と小夏、そしてザオボーの姿が見える。

「支部長さん、パルデアの支部長さんになったんだよね」

「ええ。代表からここの統制を強化せよと指示を賜りまして。東奔西走とはこのことですな」

「部外者のウチが気にすることじゃないですけど、カンパニュラさんはどうなったんです?」

「彼とは面談の上、フィールドワーカーに転属いただきました。外での活動の方が性分に合っていたようで、現在はそちらで成果を挙げていただいています」

「昨日アカデミーの近くで会った時も、なんだか活き活きしてましたね」

「元来ポケモンに好かれるタイプでしたからね。彼もまた優秀な人材、適材は適所に配置してこそですよ」

ナツとポリアフは豊縁へ帰還して元の支局で引き続き保護活動に従事するが、ザオボーはここパルデアで仕事を続けることになった。元パルデア支部職員・ロベリアによる不祥事を受けた人事異動によるものだ。ザオボーがパルデア支部の支部長となり、豊縁の支部長にはナツの母であるヒサコが就任する。カンパニュラは名目上責任を取って支部長を退き、実態としては本人の希望もあって直接保護活動に携わる部門へ異動となった。形式はともあれ、各々の思うところが噛み合った人事だと言えるだろう。

「支部長さんがパルデアに居てくれるなら、何かあっても安心だね。よろしくね、支部長さん!」

「いえいえ、こちらこそ。川村さんを脅かすような『何か』が二度と起こらぬよう、私が目を光らせていきますからね」

ザオボーがパルデアで活動することになったと聞いて、誰よりも喜んだのが優美だった。元々厚い信頼を置いていたのが、「ネバーランド」での一件でますます強くなったことが伺える。ザオボーとしても、ロベリアの一件で財団から距離を置かれてもおかしくなかっただけに、優秀な職員としての資質に満ちた優美が引き続きエーテル財団に属して活動を続けてくれるのは願ってもないことだった。手をつなぐ優美に両手の握手でもって応え、ザオボーが柔らかな笑みを浮かべた。

そして、ここにいるのは彼らだけではなく。

「もし次に何かあったら、今度はオレにもちゃんと話してくれよな。ユミ」

「もちろんです! スター団の掟・その壱ですからね、ボス!」

「今はもうボスじゃなくてセンター長だってば……って言っても、みんな相変わらずボスって呼ぶんだよなあ」

スター団「チーム・ルクバー」ボス・オルティガと。

「センターの首領……すなわちセンターのボスと考えれば、決して間違いではないと思いますよ」

「そうですよね、校長先生!」

グレープアカデミー校長・クラベルの姿もあった。清音たちがパルデアを発つと聞いて、彼らもまた最後の見送りに来てくれたのだ。

「だけど、キヨネさんがユミの姉ちゃんじゃなくて叔母さんだったなんてね。ショージキ、今もビックリだよ」

「よく言われるんです。あの人お姉ちゃんじゃないの? って」

「ウチとしてはもう若くないつもりなんだけどさ、優美の姉貴に見られるってのは嬉しいことね。なんたって、自慢の姪っ子だから」

「根っこのところはそっくりだよ。いろいろお節介を焼きたがるところとかさ」

「優美ちゃん、勉強するときとか一緒に見てあげてるんだよね」

「うん! わたしも復習になるし、ボスと一緒にいられるのがうれしいから!」

オルティガも優美と同じタイミングで復学し、今は同じ講義になるたび席を並べて受講している。小夏が優美にレクチャーしたのをそっくりそのまま見習うように、優美もオルティガの勉強を頻繁に見てやっていた。オルティガは照れくさそうに「お節介」だと言いつつ、自分を気にかけてくれる優美に感謝しているのがありありと見て取れた。そうでなければ、こうしてわざわざアカデミーを離れて見送りにまで来ることもないだろう。

清音はなんだかんだで距離の近い優美とオルティガの様子を微笑ましく見守りつつ、優美に向かって声を掛ける。

「優美、もうすぐセンターの運営が始まるみたいね」

「来週からだね。みんなもバトルしたくてうずうずしてるよ!」

「その意気その意気! ボスの言うことをよく聞いて、みんなをビシビシ鍛えたげてちょうだい。優美が強いのは、ウチと小夏ちゃんが保証するから!」

クラベル校長が二人の様子を見ながら、柔らかな笑みを浮かべて見せる。

「シーとカーフ、そしてルクバーでローテーションを組んで、センター長との勝負をダブルバトルで行う時期を設ける予定です」

「そう。ルクバーの週にオレとタッグを組んでくれるのがユミ、ってわけだ」

「おおっ、だったらなおさら安心ね。オルティガ君と優美のコンビ、ウチと小夏ちゃんでさえ手を焼いたもの」

「私もとても期待しています。優美さん、がんばってくださいね。もちろん、無理はされない程度でお願いします」

「はいっ!」

「校長先生、本当にありがとうございました。こうしてスター団が解散せずに済んで、私、本当に……」

「いえいえ。川村さんたちのおかげで、私も正しい選択ができました。もし、皆さんから話を聞いていなければ……私こそ、大切なものを壊してしまうところでした」

清音とクラベル校長が固く握手を交わす。スター団という皆が大切にしていた存在を傷付けずに済んだ、壊さずに新しい形で存続させることができた、それに安堵していたのは清音だけではない。ずっと彼らと向き合い続けたクラベルもまったく同じ心境だった。「STC」として新生したスター団は、きっとパルデアに心身ともに強い「スター」のようなトレーナーをたくさん生み出してくれることだろう。

ハッピーエンドとは、このことだ。

「小夏ちゃん、ザオボーさん、オルティガ君、校長先生。何から何まで、お世話になりました」

「またいつでも遊びに来てくださいね! なんだったら留学とかでも! 清音さんとなら楽しく勉強できそうですし!」

「お越しになった際は是非エーテルハウスまでいらしてください。いつでもお迎えしますよ」

「今度パルデアに来たら、『ネバーランド』にも顔を出してほしいな。お茶くらいは出すからさ」

「川村さん、この度は本当にありがとうございました。優美さんが安心してのびのびと活動できるよう、私を含めた教職員一同、しっかりと見守ってゆきます」

豊縁まで気を付けて帰ってね、どうかお気を付けて、風邪引くなよ、旅の無事を祈っています。口々に言葉を掛けられていると、本当にこれでお別れなのだという気持ちが強まってくる。寂しくないと言えばウソになる、けれどその寂しさはネガティブなものではなく、必ずまた会いに来ようという意欲を清音に強くもたらすものだった。

「優美」

「私はもう心配してないわ。優美ならきっと大丈夫、そう信じられるようになったから」

「豊縁じゃできなかったこと、優美のやりたいことを、パルデアで目いっぱい楽しんでほしいわ」

「けど……もしまた何かあったら、遠慮せずすぐに言ってちょうだい。いつでもすっ飛んでくるからさ」

「優美は、私たちの――『宝物』だから、ね」

清音から声を掛けられた優美が一歩前に出る。しっかりと清音の目を見つめて、それからパルデアの太陽を思わせる明るい笑みを向けて見せて。

「清音さん」

「小夏お姉ちゃんも、支部長さんも、ボスも、校長先生も、みんなわたしのことを見守ってくれてる」

「それだけじゃない。清音さんも、わたしのことを大切に思ってくれてるって、すごくよく分かったから」

「わたしはもう独りぼっちなんかじゃない、助けてくれる人がたくさんいるんだ。だからもう、独りで抱え込んだりしないよ」

「次に清音さんが来てくれた時は――パルデアの素敵な場所や楽しいこと、いっぱい教えてあげるからね!」

もう何も心配する必要なんかない、もしまた優美の身に何か起きたとしても救いの手が差し伸べられるだろうし、清音にもすぐ優美の声がとどくだろう。清音が優美をぎゅっと抱き締めると、優美も負けじとそれに応えた。親愛と信頼の感情が、二人の心にいっぱいあふれているのが見て取れる光景だった。

船が港に到着して、間もなく乗船が開始される。そろそろ行く時間だ、清音がキャリーケースに手を掛けようとしたとき、ふと何か思いついたように手をポンと叩いた。

「そうだ! 最後だからさ、ウチも『アレ』やりたい! お別れの挨拶にピッタリだし!」

「なんだよ姉ちゃん、『アレ』ってさ?」

「……あっ、分かった! ボス、ちょっと耳を貸してください」

優美がオルティガにそっと耳打ちすると、オルティガが目をまん丸くする。それから間を置かず声を上げて笑って見せた。周りにいた誰もが清音がやりたいと言い出した「アレ」に思い当たる節があるようで、やろうやろう、という空気になっているのがよく分かる。

胸ポケットに引っ掛けていたあのサングラスを取り出し、清音がスチャっと装着する。あたかもそれに倣うように、優美もシュっと取り出したサングラスをエレガントに掛ける。二人して普通の丸いサングラスではない、ずいぶんと奇抜なデザインのものだ。見る者すべてが振り向くような、派手でイカした「☆」のサングラス。

「よーし、そいじゃみんなー! 構えて構えてー!」

「えーっと、優美ちゃん。最初はこう、だよね?」

「そうそう! そこからスタートだよ! 分からなくなったらわたしかボスを見てね!」

「ホント、最後の最後まで面白い姉ちゃんだよ」

「やるけんには、うちも全力でやるばい」

「ふふふ。では、わらわも川村殿の余興に付き合うとするかな」

「こういったことは柄ではないのですが、私も加わらせていただきましょうか」

「いいですね。では、私もいっしょに」

清音たちと優美たちが向かい合って、全員が互いの姿を捉えられる位置に着く。準備は万端だ。清音は満面の笑みを浮かべ、大きな声を張り上げる。

「それじゃ、せーのっ――!」

 

「お疲れさまでスター!!」

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。