明けて翌日。あたしは昨日話した通り、涼ちゃんを友達に紹介していた。いるのはあっきーにかっちゃん、それからなおちゃんの三人だ。
「なるほどー。京香が日和田にいた頃の親友だったってわけね」
「そう! 幼稚園に入ってすぐぐらいからの大親友なんだから!」
「橋本さんが常磐に引っ越して来たのって、本当にたまたまだったんだよね? すごい偶然だよ」
「はい。お母さんの仕事の都合で、本当に偶然ここに来たんです。京ちゃんと同じ学校で、ましてやクラスが一緒になるなんて……思ってもみなかったです」
「幼い頃に離れ離れになった幼馴染が、突然自分の前に現れる……あれね、橋本ちゃんが小包の中に入って送られてきたら完璧だったんだけどねえ」
「ちょっとちょっとなおちゃん、何が『小包に入って送られてきたら完璧』なのよ。涼ちゃんがそんなとこに収まるわけないじゃない」
まあ、それもそうか、と笑うなおちゃん。なおちゃん、時々こうやってわけの分からないことを言うことがあるのよね。基本的には落ち着いてて頼り甲斐のある性格なんだけど。
「京ちゃんには昔からよく守ってもらって、いつもお世話になりっぱなしなんです」
「安心して涼ちゃん。何かあっても、あたしが必ず守ったげるわ。ヘンな男子に言い寄られたらすぐに言ってよね。あたしが即ぶっ飛ばしてやるんだから!」
「こりゃあ頼りになるわねえ。さながら橋本ちゃんの騎士[ナイト]様ってところかしら」
「普通の男子じゃ、この勢いだけで追い払えそうね。割と本気で」
隣でかっちゃんとなおちゃんが何か言ってるけど、あたしは気にしない。涼ちゃんを守れるのはあたしだけ、今までも、それからこれからもずっと、それは変わらないんだから。
「京香ちゃんは、自分は男の子に生まれた方がよかったとか、そんな風に考えたことってない?」
「それは考えたことない、てかあたし、『男の子』とか『女の子』とか、あんまり意識したことないし」
「確かに、京香は誰と話してても大体同じ感じよね」
「でしょ? まあ、涼ちゃんとかは『女の子』だなー、って思うけど。可愛いし」
「き、京ちゃん、そんな……」
「京香ってあれよね、恥ずかしいことわりとさっくり言っちゃうタイプよね。知ってたけど」
かっちゃんにそう言われて、ふっと涼ちゃんを見てみると、何やらもじもじそわそわしているような感じ。あたし、そんなヘンなこと言ったっけ?
あたしと涼ちゃんの様子を見ていたあっきーが、ふっと涼ちゃんに目を向けて、こんな質問を投げ掛けた。
「ねえねえ、橋本さん。京香ちゃんって、昔からこんな感じなのかな? こう、活発というか、ボーイッシュっていうか」
「あ……はいっ。京ちゃん、小さい頃からこんな感じで全然ぶれなくて、一緒にいるとすごく安心できるんです。何かあってもすぐ駆け付けてくれますし、頼りにしてます!」
「京香の場合はボーイッシュっていうか、むしろ男の子っぽいって言った方がいい気がするけどね、実際」
「そうねえ。京香ったら、いっつもトムとジェリーよろしく男子どもと追いかけっこしてるし。問題は、大体トムがジェリーをコテンパンにする展開になってることだけど。ちなみにうちはドルーピーの方が好き。僕慌てるのは嫌いさ、って感じで」
「えー? ネコがネズミに勝つのは当然っしょ。あたし猫派だし。あ、関係ないけど、あたし大人になったらペルシアンとか飼ってみたい」
「ペルシアン? 気性の荒さじゃまあそっくりだけど、気品的な意味だともう完璧対極ね、京香とペルシアン」
「ちょっとちょっと、かっちゃん。あたしがガサツで雑みたいな言い方じゃない。そんな風に見えてるっていうわけ?」
「んー、当たらずとも遠からずというかー」
かっちゃんもなおちゃんもひどい。あたしだって気にするところは気にしてるってのに。
「そうだ……あのさ、京ちゃん。京ちゃんって、ポケモンは持ってないんだっけ?」
「ん? あたしはまだ持ってないわね。欲しいとか、飼ってみたいとかって思ってるんだけど、パパもママも許してくれなくてさ。もう、分からず屋なんだから」
「あー、それ分かる。あたしんとこの親もさ、面倒見るの大変でしょの一点張りだし。ちょっとくらい考えてくれたっていいよね、世話くらいできるだろうし」
「私、家でパチリスを飼ってるよ。名前は『チーちゃん』っていうんだ」
ほぉー。あっきー、家でパチリス飼ってんだ。で、名前は「チーちゃん」っていうんだ。あれだ、「チーちゃん」って何かこう、パチリスというより手のり文鳥みたいな名前だけど。
「パチリスちゃんかわいいよね。やっぱり木の実とか食べるわけ?」
「ううん。私と早敏(さとし)の二人で交代しながら、チーちゃん用のご飯作ってあげてるよ。チーズが好きだからあげたくなっちゃうんだけど、食べすぎると体に毒だから、ちょっとずつあげるようにしたり……とか」
「早敏君って弟だよね? 料理できるんだ、マメねぇ。あたしなんてもう全然さっぱりで、ママから『こんなんじゃお嫁にいけないでしょ』ってぶちぶち言われてるくらいなのに」
「そうそう。私が忘れちゃっても必ずフォローしてくれるから、結構助かってるよ。チーちゃんもよく懐いてるし」
「ポケモン飼うの楽しそうねえ。うちも飼ってみたいなあ、ブルーちゃんとか、ワニノコちゃんとか」
「直恵ちゃん、全体的に怖い顔のポケモンが好きなんだね……こう、がぶっと行きそうな感じの」
「そう? 愛嬌あってさ、可愛いと思うけどねえ」
なおちゃんの趣味がちょっとズレてるのは前からだから、今更気にするほどのことじゃない。まあ、ブルーなんかはあたしも愛嬌あって結構いいと思うけど。でもあれか、進化すると今度はハンパなく凶悪な面構えになるし、あっきーが戸惑うのも分からんでもない。
「あー、でも、ペルシアンもいいけど、あたしやっぱりリザードンとかカイリューとかのカッコいいポケモンがいい。焼き尽くせ! って命令したら、ごぉーっ! って火を噴いて敵を燃やし尽くすとか、飛べ! って命令したら、あたしを乗せて大空をばびゅーんっ! って飛ぶとか、そんな感じの!」
「京香ったら、発想と擬音語が完全に小学生男子よ」
「ペルシアンはまあ気品があって、おっ、京香もちょっと大人になったかな? と思ったけど、やっぱり心根は変わってないみたいねえ」
「あら。いつまでも子供心を忘れない、って言ってもらいたいところね」
ふん、と鼻を鳴らして応える。だってカッコいいじゃん、リザードンとかカイリューみたいな、ドラゴン風のポケモンって。強いし大きいしカッコいい、これ以上何がいるのかさっぱり分かんない。かっちゃんもなおちゃんも、ロマンってものを理解してないんだから。
「どうせならカッコいいポケモンを従えたいわよね。そう思わない? 涼ちゃん」
涼ちゃんはどう思うだろう。あたしはそう考えて、隣にいる涼ちゃんに話を振ってみた。
……振ってみたんだけど。
「…………」
「あれ? 涼ちゃん? おーい、涼ちゃーん!」
「……えっ?」
琴樹よろしくぼーっと遠くを見つめたまま、涼ちゃんは微動だにしない。こりゃ明らかにあたしの声も聞こえてないぞ。気になってあたしがもっかい呼び掛けてみると、ハッと目を見開いてあたしの方に体を向けた。
「あっ……ごっ、ごめん! 私、なんかぼんやりしてて……」
「ちょっと涼ちゃん、大丈夫? 熱とかない?」
「う、うん……ごめんね、京ちゃん。心配掛けちゃって。何でもない、大丈夫だよ」
「橋本さんは転校してきたばっかだし、きっと気が張ってるのよ。家ではゆっくり休んで、無理はしちゃダメよ」
「疲れてるときは、酸っぱいものが効くよ。ビタミンCの多い飲み物とかもいいね」
「ぬるーいお湯にゆっくり浸かるのもいいわねえ。熱いお湯だと却って疲れが溜まっちゃうこともあるから」
「みんな、どうもありがとう。試してみるね。それで京ちゃん、何の話だっけ?」
「えーっと、あれだ。好きなポケモンの話。あたしはリザードンみたいなカッコよくて強いポケモンがいいって思ってて、涼ちゃんはどう思ってるんだろ、って気になってさ」
「ポケモン、か……あんまり、考えたことなかったかな……」
あ……そう言えば。一つ思い出した。
「ごめん、涼ちゃん。涼ちゃんって、確かポケモン苦手なんだったっけ?」
「……うん。あんまり触ったこと無いし、あと……私が近づくと、ポケモンが逃げちゃうから……」
「あー、そういうタイプかぁ。分かるよ、それ。ばーって逃げちゃうんだよね」
「うん……それもあるから、まだトレーナーの免許も取れなくて……」
さっきもちらっと出てきた「免許」だけど、これはあたしたちが十二歳、つまりまあ大体小五か小六くらいになると取れるようになる。免許を取るとどうなるか。一言で言うと、ポケモンを持てるようになる。一応、市役所に行っていろいろ面倒くさい手続きをすれば、幼稚園児くらいからでも持てるんだけど、言った通り面倒くさい上に持てるポケモンの種類も数も超限られてる。だから大体の子は、さっさと免許を取って制限を解除してしまうわけだ。
免許を取るには難しい筆記試験と大変な実技試験を突破する必要がある……なーんてことは欠片もなくて、常識レベルの知識と、止まったポケモンに四メートルくらい先から練習用のモンスターボールを投げて当てられる程度の力、あとしれっとポケモンを触れるくらいの度胸があれば、誰でも余裕で取れる程度のレベル。あたしも一発で取ったし、智也とか風太も同じく一発だった。あたしがプリン抱いたらめっちゃ怖がられて、担当の人から「締め上げないでください」って言われたけど、あたし締め上げてなんかねーぞ、って思ったりしたっけ、確か。
「思い出した思い出した、涼ちゃんポケモン苦手だったのよね。答え辛い話振っちゃってごめんね」
「ううん、大丈夫。気にしてないよ。みんなポケモン好きだし、飼ってみたいと思ってるだろうし……」
涼ちゃんはいつも通り朗らかな笑みを浮かべて、あたしに「気にしてない」と言ってくれる。やっぱり、涼ちゃんは可愛い。涼ちゃんを見てると、あたしが男の子だったら確実にほっとかないだろうって思う。ま、あたしも涼ちゃんも動かしようがないくらい「女の子」だし、他愛ない空想なんだけどね。
とまあ、あたしたちは固まってあれこれ話していたんだけど、向こうでこっちをチラ見してた連中がいたようで。
「橋本さん、可愛いよな」
「いいよないいよな。大人しそうだし、仲良くなりてえよな」
「だよな! だよな!」
男子が三人くらい固まって、転校してきたばかりの涼ちゃんのことを話していた。隣のあたしがきっちり聞き耳を立てていることには、これっぽっちも気付いてないみたいだ。
「昨日聞いたぞ、橋本さんって泳ぐの得意なんだってさ」
「水着とかどんなん着るんだろうな。背中がパックリ開いたタイプとか!」
「いいなぁそれ。競泳選手が着てるやつみたいなのだよな」
「ひらひら付いてるやつも似合いそうだよなぁ……スカートっぽい感じのさぁ」
「意外と大胆でさ、ビキニとか着たりしてるかも……!」
「やっべ、それそそるわぁ」
で、話の中身はと言うと、非常にしょーもない内容でありましたとさ、と。たかが水着くらいでまあよくそこまで盛り上がれるものねぇ。学校指定の紺色のやつでいいじゃない、別に。
「けどよ……橋本さんの近くにさ、いつもいるじゃん、あいつ……」
「ああ、言いたいことは分かる……」
「なんかさあ、幼馴染だって噂だけどよ……」
ちょっとばかり声のトーンが落ちて、ぼそぼそと何かボヤくような感じに。まあ、あたしの耳は全部しっかり拾ってるんだけどね。こう見えても聴力検査は得意なんだから。あと視力検査も得意。両方共視力一・〇ある。って、これはちょっと前にも言ったっけ。
「なんで天見なんだよぉ……あいつが居たんじゃ近づけねえよ……」
「あいつ橋本さんとすっげぇ仲いいから、ヘタに声かけたらそれだけでぶん殴られそうだよな……」
「怖ぇよな……智也とかさ、よくあいつと遊んだりできるよな」
「女子のくせに男子みたいなことばっかしてるし、すぐ手とか足とか飛んでくるしよ」
「マジ怖ぇよ。あの暴力女……」
ちっちゃいちっちゃい声で話してるところに……
(ポン)
と肩を叩いてあげるあたしが登場ー。
「……えっ」
「……いっ」
「……うっ」
「どうもー♪ なーんか楽しそうなお話ししてるみたいねー? あたしも混ぜてくんない?」
肩を持った手に、ぐっと力を込める。面白いお話してるみたいだし、混ぜてもらわなきゃね♪
「ええっと……あれだ、その……」
「うん、まあ……これは……」
「……に、逃げろぉーっ!」
「こらぁーっ! だぁれが暴力女だってぇー!? あんたたち、タダじゃあ済まさないわよ!」
混ぜてもらうっつっても、こういう形でだけど。
「おらぁ馬鹿男子ども! 潔く反省しろぉっ!」
「京香ちゃん、いつもだけど、すっごい迫力だよ……」
「あーあ、まーた始まっちゃった。もはや日常茶飯事ね。お茶漬けができそうなレベルだわ」
「なんかあれねえ。京香に聞こえるような距離でNGワードを吐いた男子はもちろんスペシャルハイパーアルティメット級の馬鹿だけど、まあ言わんとするところは分からないでもないわねえ。スペシャルハイパーアルティメット級の馬鹿なのは変わんないけど」
なおちゃんがなんか言ってるけど、聞こえない聞こえないっと。
アホの男子どもをきっちりみっちりとっちめてから教室に戻ってくると、あっきーたちと涼ちゃんはまだ同じ場所で話をしていた。
「というわけで橋本さん、水着がどうとか言ってるあんなしょーもない男子のことは気にしちゃダメよ。ま、ほっといても京香が駆逐してくれるでしょうけど」
「水着……あっ、は、はい。ありがとう、ございます……」
「どうしちゃったのよ橋本ちゃん。もしかして、夏に派手な水着買ったとか? 微妙に図星だったとか?」
「え、えっと……そ、そうじゃなくて、ただ……えっと……」
また別の角度から水着がどうこうみたいな話を振られて、涼ちゃん微妙に困惑中。涼ちゃんあたしから見ても女の子って感じだし、やっぱり可愛いの着たりしてんのかしらね。ママも「京香が服や水着を欲しがらないのは助かるけど、欲しがらなさ過ぎるのもちょっと困り者ね」なんてぼやいてたっけ。知らないけど。
けどなあ、ちょっと見てみたかったかも。涼ちゃんの水着姿。可愛いだろうなあ、って思う。九月に入っちゃったから市民プールも閉鎖されたし、やっぱり今からだと無理か……。
あっ、でもでも。確かプールの授業って、九月の中頃まであったっけ。その時に泳ぐ涼ちゃんの姿が見られるってわけね。こりゃちょっと楽しみだわ。涼ちゃん泳ぐの上手だし、きっとみんなの視線を釘付けにすること間違いなしね。これでクラスにも馴染めるって寸法よ。もちろん不埒な男子が近づいてきたら、あたしが粛正パンチをかますわけだけど。
「まあまあ、水着の話はこれくらいにして。みんなも涼ちゃんのこと、よろしく頼むわね」
「うん。橋本さん、よろしくね」
「何かあったらあたしも相談に乗るわ。ま、京香ほどばしっとは答えられないかも知れないけどね」
「あたしもあたしもー。雑談でも相談でも、なんでもどーんと来ていいわよ」
「ありがとう、みんな。わたしも早くクラスに溶け込めるように、頑張るよ」
みんなへの紹介もうまくいったし、幸先いいわね。中学は今までも結構楽しかったけど、そこに涼ちゃんが加わって、ますます楽しくなるんだ。涼ちゃんが側に居てくれた頃と同じ時間がまた始まると思うと、今からわくわくしてくる。
さあ、あたしも頑張らなきゃ。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。
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