放課後、学校の裏手にある小さな山の上で。
「もう持ってきてるの?」
「うん。ちょっと待ってて」
「はいはい」
ネネが近くの茂みへおもむろに足を踏み入れると、屈み込んでしばらくガサゴソやってから、薄汚れた布にくるまれた何かを持ってきた。パッと見ただけで、中に何が入ってるか大筋で想像が付くと思う。
慣れた手つきでネネが布を開くと、すっかり冷たく硬くなった、ジグザグマの死骸が姿を表した。
「今度はどこで拾ってきたわけ?」
「家の近くの道路。朝見つけて、ここまでつれてきた」
「ってことは、車に轢かれたのかな、多分」
「たぶん。ときどき、事故起きてるみたいだし」
口から血を流した跡のあるジグザグマを撫でながら、ネネがごくいつも通りの調子で呟く。その足元には、サビだらけの園芸用スコップと、どこかからもいできた新鮮なモモンの実が無造作に置かれている。ジグザグマの死骸・小さなスコップ・モモンの実。これだけ並んでれば、何のためにあたしとネネがここにいるかもだいたい分かるだろう。
ネネとあたしには、ポケモンの「お墓作り」をする習慣があった。
小三の終わり頃、もうすぐ進級するって時だったと思う。ネネが死んだ子供のカラカラを抱いて「お墓作りたい」なんて言い出したのがきっかけだ。あたしは、ネネが側で見ていてほしいと言うから、その通りに近くで見守っていた。これがあたしの知ってる最初の埋葬だ。
それからというもの、大体月に一度か二度くらいのペースで、ポケモンの死骸を土に埋める儀式めいたことをしている。今日は学校の裏山に来たわけだけど、ネネが使っている「墓所」は他にもいくつかある。それぞれに十だか二十だかのポケモンが埋まってるわけだ。こうやって今までお墓に埋めてきたポケモンは、まあ間違いなく六十は下らない。
けど、それだけやってても、やっぱり慣れない。ポケモンの死体を見たり、触ったりするのは。
「サチコー、はじめていい?」
「いいよ。あたしはここで見てるから」
ネネはその場に屈み込むと、スコップで地面をざくざく掘り始めた。湿っぽい土を掘り返す音が、やたらと大きく聞こえる。
死んだポケモンを見つけてここまで連れてきて、地面を掘って埋める。これをやるのは全部ネネで、あたしはただ横で見てるだけだ。なんでそんなことしてるのかって言うと、ネネ曰く「誰かに見ててもらいたいから」らしい。なんで見ててもらいたいのかは分かんない。ただ、別に断る理由も無いし、あたしはいつもネネの隣でお墓作りの様子をぼーっと見ている。ネネはネネで、これで満足みたいだった。
スコップで地面を掘るのに夢中で、ネネはスカートが足に引っかかって中が全部見えてるのも気付かない。気付かないっていうか、多分気にしてないだけだろうけど。
「ネネったら、スカートん中丸見えだよ」
「うん。だから、スパッツはいてる。パンツみえないようにしてる」
「いや、でもなんかちょっとあれじゃん、それでもなんか恥ずいじゃん。スパッツでもさ。フツーは見えないように隠すと思う。常識的に考えてってやつ」
「でも、ここにいるの、サチコとネネだけだよ。サチコとネネだけ」
「あんまりそういう問題でも無いんだけどなー。そんな風でさ、凛さんになんか言われたりしないの?」
「たまに言われる。もうちょっと足閉じたほうがいいよとか、格好に気をつけてとか」
「でしょーね。ネネだって一応女の子なわけだし、一応」
「女の子だったら、足閉じてなきゃだめ?」
「ダメってまでは言わないけど、まーあんまりよくない」
ネネがお墓を作っている最中は、世間話をするのが常だ。
「サチコー。今度算数おしえて」
「数学だって。そりゃ別にいいけどさ、あたしなんかより凛さんの方が得意じゃないの? そういうの」
「うーん。凛さんいそがしいし、よくおでかけしてるし、ネネ、サチコがいい」
「あたしもそんな得意じゃないけど、まあ、ネネに教えるくらいならなんとかなるかな」
勉強のことらしき話をすることもあるし、
「サチコ聞いて。こないだ凛さんが、けんけん汁つくった」
「何それ、けんけん汁って。そんなの聞いたこと無いし」
「なんかねー、いつもより具がたくさん入ってるおみそ汁みたいだった」
「ふーん。あたしみそ汁よりコーンスープの方が好きかなー」
「コーンスープ、凛さんも好き。よく買ってくる。お湯入れるとできるの」
「そうそう。うちもお母さんが何箱かストックしてる」
夕飯の話をすることだってある。本当にしょうもない、家に帰ってベッドで寝てしまえば、綺麗さっぱり忘れてしまいそうな内容だ。というか、内容なんて無いに等しい。
こういうときは、今まさにお墓に埋められようとしているポケモンとか、あるいはポケモンのお墓を作ることそのものについて話すことはない。あくまでどうでもいい世間話しかしない。あたしもそうだし、ネネもそうだ。少なくともネネは、こうやってポケモンのお墓を作ることを特別なことだなんてちっとも思ってない。日常風景の一つだと思ってる。
まあ、でもこうやって死んだポケモンをお墓に埋めながら無駄口を叩いていると、なんだか妙な気持ちになるのも事実だ。普通に考えて死んだポケモンを埋めるのが日常の一部だとは思えないし、あたしやネネの他にこんなことしてる人がいるなんて話は聞いた覚えが無い。だから普通に考えたら非日常的なんだけど、その中でフツーに日常会話をしている。不思議というか妙というか、どう表現したらいいのか分からない。
「ねーねーサチコー」
「どったの」
「サチコは、高校にいってもここにいる?」
「そりゃいるっしょ。そんな遠くの高校行くつもりないし」
「じゃあ、ずっとここにいる?」
「んー。それは分かんない。けど、あんまり出てくような気もしない」
「ネネ、サチコといっしょにいるのがいい」
そんな先のことなんて分からないって、っていうのが、あたしの偽らざる本音ってやつだった。だいたい、高校受験まであと一年半くらいあるわけだし。そもそも中学二年生だって、半分も過ぎてない。
まだまだずっと、ずっと先のことだ。
「ねーねーネネ」
「なに?」
「八月十日が何の日か、覚えてる?」
「サチコのたんじょうび」
「おー、よく覚えてるじゃん。さすがさすが。で、ハッピーバースデーってことで、あたしになんかちょうだい」
「うーん。けどサチコ、まだ七月だよ」
「あれよあれ。忘れないように、あらかじめ約束を取り付けておきたいってことよ」
「わかった。ネネ、サチコになんかプレゼントする。約束する」
「よろしく頼んだわよ」
夏休みだとみんな思い思いに遊んでて、お祝いしてもらうのもままならない。だから、いつも一緒にいるネネからはなんかもらいたいなーとか、そういうことを考えたわけで。
「できた」
「んー、これくらいあれば収まるかな。相変わらず穴掘るの早いね」
しばらくもしないうちに、ネネはジグザグマを埋めるための穴を掘り終えていた。スコップを近くに置くと、布の上で横たわっているジグザグマの死骸を抱き上げて、そっと穴へ埋めた。その傍らに、モモンの実を一緒に配置する。
モモンの実はあちこちで文字通り腐るほど生っていて、ほとんどが誰のものでもないってことになっている。だから実が生って入れば誰でも自由にもいでいいし、それを食べようが埋めようがやっぱり自由だ。たまにごっそり収穫されて無くなってることもあるけど、そういうのも一月ほど放っておくとまた枝がへし折れそうなくらいたっぷり実を付けている。だから、もいでも誰も気に留めたりしない。
あたしはやったことないけど、ネネは野生のモモンの実を時々もいできて、水で洗ってから食べているみたいだった。ネネ曰く「甘くておいしい。ジュースみたい」らしい。そんなモモンの実をお墓へ一緒に埋めるのは、これまたネネによると「お腹が空いたときに食べられるようにしてあげる」からだそうだ。ネネなりのこだわりがあるんだと思う。
「じゃあ、この子、埋めるね」
「ほーい」
ネネがジグザグマの上から土をかぶせ始める。そのネネの手は土と血で汚れていて、ブラウスの方にもあちこち泥が跳ねている。こういうところはあまり気にしないみたいだ。ネネらしいといえば、ネネらしい。
掘り起こした土をかぶせ直すと、スコップで上からぺたぺた叩いて地ならしをして、最後に目印代わりのちょっと大きな石を上に置いて、これでお墓作りは終了だ。ネネが両手を合わせて拝み始めたのを見てから、あたしもそれに続く。十秒ぐらい目を閉じて両手を合わせつづけてから、ちらりと薄目を開けてネネの様子を見ると、まだ拝んでいるのが見えた。もうちょっと続けておこう、ともう一回目を閉じる。またしばらくしてからネネが動いた気がしたので、そこで拝むのを止めた。
「サチコ、かえろう」
「ん、分かった」
これで墓作りは終わりだ。帰ることにしよう。
山道を降りてしばらく歩くと、公園に差し掛かる。と、そこでネネが立ち止まった。
「サチコ、ちょっと待ってて。おしっこしてくる」
「ほいほい、いってらいってら。んー。てか、外で『おしっこ』とか言うなって」
「よくない?」
「あんまりよくない。女の子だし」
なんというか、あれだ。この歳になって「おしっこ」はどうかと思う。さっきのスカートのこともそうだけど、ネネはこういうところがトロいというか、足りないというか、そういう風に思うことがかなりある。小学生の頃からずっとこんな調子で、一向に変わる気配とかそういうのが見えない。
公園の公衆トイレまで走っていくネネ。中に入った……かと思うと、思ってたよりも早く戻ってきた。もう済ませてきたんだろうか。
「サチコー、ティッシュわすれたから貸して」
「ああ、そういう……しょうがないなー、はい」
「ありがとう、サチコ」
「いいよいいよ。ほら、またちびりそうになる前に、さっさとトイレ行ってきなって」
「わかった」
もうだいぶ前のことだ。確か、こうやってお墓を作った後だったはず。そのまんま言うと、ネネがおしっこを漏らしそうになった。お墓を作っている間ずっと我慢してたらしい。それでいて顔にはちっとも出ないもんだから、あたしには分かりっこなかった。
いつもと同じあっけらかんとした表情で「サチコ、おしっこもれそう」なんて言われたときは、正直何言ってんのかさっぱり分かんなかった。とりあえずネネを茂みの裏まで連れてって、そこで文字通り用が済むまで周りを見張ってた。あの時はこっちの方がドキドキさせられた。通りがかった人にどう言い訳しようかとか、そんなことばっかり考えてたはず。幸い誰にも見られなかったわけだけど、あんなのはもう勘弁して欲しい。心臓に悪いし。
それでいて、ネネの方はハッキリ言ってちっとも気にしていないようだったから、分からないものだと思う。すっきりした顔をして出てきて、そのまま「サチコ、かえろう」なんて言うもんだから、なんかこう、どこから突っ込んだらいいのかって感じだった。いやもう、突っ込む気も失せるっていうか。
「ティッシュ、あまったら返すね」
「いいっていいって。それもう全部あげるから」
さて。しばらく外でぼーっと待ってると、ネネが走って戻ってきた。
「サチコ、ただいま」
「おかえりー」
「サチコはおしっこしないの?」
「あたしは大丈夫だって。って、だから外でしれっと『おしっこ』とか言うなって」
何回言ってもこれだし、たぶんこれからも、同じことを繰り返すんだと思う。
まあ――らしいと言えば、らしい。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。
Thanks for reading.
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