テスト前は部活が無い。運動部も文化部も、この時ばかりは平等だ。
「ケイちゃんさー、この時間に帰るん久しぶりと違う? 放課後いっつもグラウンド走っとるし」
「言われてみるとそうだなー。中間テストの前ぶりだっけか」
「ホント、ケイは毎日よく走るよ。朝も夕方も」
「ま、好きじゃなきゃやってられねーな。こんなこと」
元々部活に入ってないあたしには、せいぜいケイと帰れる機会が増えることくらいしか関係なかったけど。
ケイとあたしと、それから橙花。三人並んで校門をくぐる。この面子で下校することはそうそうなくて、それこそテスト前やテスト中のような限られたタイミングしかない。今日はケイとあたしが二人で帰ろうとしてたところに、ケイと家が近い橙花が加わったって寸法だ。ちなみに、ネネは用事があるって言ってさっさと帰ってった。
「なあさっちゃんさー、さっちゃんって好きな男の子とかおらへんの?」
「えっ、いや、特にいないかなー……」
「そうなん? なんでなんなんでなん、別に隠したりせんでもええねんで。うち誰にも言えへんし。こう見えても結構口固いからなー、ホンマやでホンマ」
「いや、なんか、ピンと来るのがいないっていうか」
「あーそれわっかるわー。うちも同いやわそれ、ほんま。なーんか華が無いんよな、華が」
「うん……まあ、そんな感じ」
「せやけどあれやで、今のうちにやることきっちりやっとかんと、来年受験やからな、うちら」
「受験かー……」
橙花はとにかくよく喋る。あたしが曖昧な回答をするとどんどん突っ込んできて、こちらとしては一歩退いて意見を出さざるを得なくなる。橙花が絶え間なくガンガン攻めてきて、あたしは防衛線を下げる一方だ。防衛線を下げたところで、会話が盛り上がるようなネタを持ってるわけでもないから、どうしようもない。
(こういうの、あれだ。図々しい、って言うんだよね……ホントに付いてけない)
こんな感じで会話が進んで、橙花が話したいことを話すばかりだから、あたしは橙花のことが苦手だった。もともと騒がしいタイプは好きじゃなかったし、馴れ馴れしいとなると輪をかけてつらい。ネネはマイペースでのんびり屋だし、ゆみはおとなしいタイプだったし、ケイは活動的だけどそこまでお喋りでもない。橙花は、根本的にあたしと合わないタイプだった。
残念ながら、橙花はそんなことお構いなしだったわけだけど。
「ケイちゃんは……あ、そんなキャラちゃうかったか」
「お前さー、半笑いで言うのやめろよ。ウチだって立派な女子だっての」
「腕っ節とかケンカの強さが立派なん?」
「そーいう意味じゃねーよ」
ケイは橙花とも結構うまくやっている。あたしやネネにも合わせられるから、いわゆるコミュ力が高いってことだろう。その点、あたしやゆみはコミュ力が低い部類に入るに違いない。橙花みたいにずけずけ物を言うってことはできないし、ケイみたいに相手に合わせて話をするってのも苦手だ。コミュ障には生き辛い世の中だって思う。
「せやせや、うち聞いたで。知代ちゃん、こないだキスまで行ってんて。しれっとした顔してようやるわー」
「お前ホントにそういう話ばっかするよな、誰それがキスしたとか家上がったとかさ」
それでいてもっと辛いのが、橙花が恋愛とかそういう話を頻繁に振ってくることだ。ものすごく率直に言うと、あたしはそういうのにあんまり縁がない。小学校通ってた頃に好きな、というか片思いしてた男子はいたけど、六年に上がる前にトレーナーになって紫苑から出て行ってしまった。今はどこにいるのかも分からない。自分から積極的に声を掛けるようなこともしないし、男子からお声が掛かるような顔もしていない。
こんな感じで色気のかけらもないあたしがクラスメートの恋愛事情を延々聞かされるのは、まあ苦痛以外の何者でもない。なんかあたしだけ遅れてる、進んでないみたいで、ホントにつらい。
「うち思ってんけど、ケイちゃん好きなセンパイとかおらんの? ほらようあるやん、練習に付き合うてくれるかっこいいセンパイおって、それに憧れてますー、とか」
「ねーよ。部長はウチより速く走れるし見習いたいとは思ってるけど、その人女子だからな」
「えー。なーんや、おもろないなあ」
ケイはある意味「自分にはまったく関係の無い話」だと思ってるっぽくて、軽口を叩きながら結構楽しそうに聞いている。橙花の話したいように話させてるって感じだ。こういうとき、自分の事と他人の事をきっちり分けられるのは強いと思う。あたしはすぐ「自分はどうか」って考えに行っちゃうから、聞いてる間も気が気じゃない。
とは言え――とは言え、だ。
(いいなあ、知代とか。彼氏いるのって)
自分にはさっぱり縁は無いと分かっていても、別に惚れたはれたの話が嫌いとかそういうのじゃなくて、彼氏がいるって子の話を聞くとやっぱり羨ましいって思う。結局あたしは自分の持ってないものを持ってる子を羨ましがって妬んで僻んでるだけで、それ自体に興味がないってわけなんかじゃないってことだ。
彼氏がいて、話を聞いてもらったり、抱きしめてもらったりできたら、鬱な気持ちも晴れるのかな。いっしょに買い物行ったり、どっか遊びに行ったりしたら、楽しい気持ちになれるのかな。キスしたりエッチしたりしてひとつになれば、あたしの心の隙間も埋まるのかな。他の子の話を聞いてると、なんかそういう風に、みんなうまくいくような気がしてくる。
(けど、クラスで気になる子もいないし)
誰か、あたしに声を掛けてきてほしいって思う。あたしから声を掛けるのは、なんかちょっと嫌だ。断られたら、って思うと前へ踏み出せない。断る権利がこっちにある方がいろいろ気楽で、やりやすいって思うから。というか、みんなそうじゃないだろうか。自分が主導権を握ってる方が何かと有利、そんなもんじゃないだろうか。
「あ、思い出した。前に男子が何人か固まって、ネネちゃんの話しとったねんけど、さっちゃんなんか知らん?」
「えっ、ネネの話? いや全然、あたし以上にそういうのと縁無いし」
「そうなんかー。いやな、なんかネネちゃんの方ちらちら見て、ときどき指差しとったりしとったから」
「ホントに? そういう浮いた話聞いたことないけどなぁ……」
「んー。誰かネネちゃん好きな男子おるんかなあ?」
「いやいやいや、ネネが好きな男子とか、あんまり考えられないっしょ。なんとなくだけどさ」
「せやろか? 分からんでー、分からん分からん。言うたら悪いけど、意外にああいうちょっと足りてへん系の子好きな男子とかおるし」
「あー……うん、まあ、分からないでもないかも」
橙花の言いたいことも理解できる。想像するに、ネネなら「付き合って」っていったらまず「いいよ」って言って、それから「つきあうってなに?」って訊いてきそうだから。というか、あたしと話しててもこういうことはちょくちょくある。常識が通じない部分があって、おまけにマイペースで自分のしたいようにするところが強いから、実際ネネと付き合い始めたら結構面倒くさそうだと思うけど。
「なあ橙花、こないだ言ってた話って本当なのか?」
「もしかしてアレ? うちの友達に人間とマリルリのコンビネーションの子おるいうやつ」
「どっちかっつーとコラボレーションだろ、それ」
「いや……ケイ。コラボレーションもなんかこう、ちょっとずれてる気がするけど」
「まあそれは置いといてや。ホンマの話やって、ホンマホンマ。女の子で、うち日和田おった時に友達やってんけどな、お父さんがマリルリで、中学上がる時に男の子に性転換しよったらしいねん。むっちゃすごいやろ」
「あれ、橙花って、小金から引っ越してきたんじゃなかったっけ?」
「せやせや。うち最初日和田でおってんけど、小四ん時に小金に引っ越したんよ。で、今は紫苑やわ。おとんが銀行員やっとるから、しょっちゅう転勤あるねんよ」
なんて具合に雑談しながら歩きつつ、車の往来が激しい交差点まで来たところで、橙花が一歩前に出た。
「ほな、うちこれから塾行くから。ここでお別れやわ」
「ほーい。いってらっしゃーい」
「好きな数学ばっかやってねーで、英語もちゃんと勉強しろよなー。次40点とかだったら目も当てられねーぞ」
「言われんでもするっちゅーねん! ほななー」
これから塾へ行くらしい。あたしとケイは横断歩道を渡って歩いていく橙花を見送って、さてこれからどうしよう、という感じになった。
「なーサチコ、ちょっとどっかで休んでかね?」
「いいよ。向こう行こっか」
指差した先には、一息入れるのにうってつけのハンバーガーショップがあった。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。
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