「ふぅ……なんだか、不思議な感じでしたっ」
「でしょうねー。こっちから見てても、かなり派手な光景だったもの」
リアンの前には、妖精のような服を身につけたともえが立っていた。ともえの身につけている服は「緑」色を基調としたもので、落ち着いた印象を与えるものだった。
「にしても、さっきの決めポーズ、可愛かったわよ」
「えへへ……なんだか、自然に体が動いちゃいました」
リアンの言葉に、照れたように笑うともえ。初めての変身は、大成功だったようだ。
「わぁ……これが、魔女見習いの姿……!」
ともえは体を捻ったり折り曲げたりして、しきりに自分の姿を眺めていた。帽子に触れてみたり、手を握ってみたり、服の裾をはたいてみたり。普段落ち着いたともえが、珍しく興奮しているようだった。
「すごいですっ! わたし、これすっごく気に入りましたっ!」
「うんうん。それ、ホントともえちゃんにピッタリだわ」
見事に変身したともえの様子に、リアンは頬をほころばせながら満足げに呟いた。
「リアンさん、ありがとうございますっ!」
「ともえちゃんが気に入ってくれたみたいで、何よりだわ。あたしもともえちゃんに手紙を出した甲斐があるってものよ」
ともえの頬に優しく手を当てて、リアンが笑みを浮かべた。
「よしっ、準備は整ったわ。いよいよ本番、魔法を使うわよ」
「はい!」
ぐっと小さく握りこぶしを作って、ともえが凛とした声で応えた。ともえの意気込みに、リアンも一段と気を引き締める。
「魔法を使うためには、ともえちゃんの中にある『魔力』を形にするための道具が必要になるの」
「ヘンな話かもしれませんけど、わたしっていう『材料』を調理するための道具、みたいな感じですね」
「おー、ともえちゃんナイス例え。そんな感じね。とりあえず、ほいっと」
リアンが指をパチンと弾くと、
「わっ……と……」
ともえの手の少し上から、少し小さめのバトンのようなものが姿を現した。ともえはそれをキャッチし、しげしげと眺める。カラフルな宝石がはめ込まれ、両端は丸く仕上げられている。持ってみると、思いのほか軽く感じた。
「なんですか? これは……」
「これは『リリカルバトン』っていって、魔女見習いが魔法の練習に使うための道具よ」
「へぇ~……魔法のステッキ、みたいな感じですね!」
「そうそう。ともえちゃん、よく分かってるわね~」
「こういうの、大好きですから!」
リアンはともえがしっかりとリリカルバトンを持っていることを確認し、大きく頷く。
「ここまで来ればあと一歩! ともえちゃんの力を形にするだけ! さあともえちゃん、バトンを持って構えてちょうだい!」
「はいっ!」
「そう、その形っ! ともえちゃん! 今からあたしが呪文を授けるわ! よく覚えて!」
「……はいっ!」
呪文という言葉に、ともえが更に気を引き締める。リアンは一呼吸おいてから、こう続けた。
「――『アクティベート・マイ・ドリーム』<私の夢をカタチにする>――それが、ともえちゃんの呪文よ!」
「アクティベート・マイ・ドリーム……!」
リアンに続けて呪文を復唱した瞬間。ともえは、自分の躰の中でまた、新しい力が目覚め、湧き起こってくるのを感じた。あふれ出ようとする力に、ともえはかつてない可能性を見出す。
「唱えよ呪文! 叶えよ願い! ともえちゃん! 呪文に続けて、出してみたいものを言ってみるのよ!!」
「はいっ!!」
ともえは高まっていく力を感じながら、無意識のうちに口を開く。
「……!」
――そして。
「アクティベート・マイ・ドリーム! お塩よ出てきてっ!」
「……って、お塩?!」
――ともえがそう叫んだ瞬間、丸テーブルの上に、小瓶に詰められた「お塩」が現れた。
「やった……やったぁっ! リアンさんっ! わたしっ、やりましたっ!!」
「え、ええ……やったわね、ともえちゃん。でも……なんでお塩?」
目を点にするリアンをよそに、ともえは「初めての魔法」で出した塩の小瓶を抱いて、リアンの隣ではしゃぎまくっていた。これほどまでにうれしそうなともえの様子は、リアンは見たことが無かった。
「見てくださいっ! 結晶の一つ一つまで、ばっちりお塩ですっ!」
「ふぅーむ……とりあえずお塩を出した事は置いといて、確かにこれは間違いなく塩ね」
リアンが小瓶を軽く振って、塩を軽く指で取ってみる。そのままそっと嘗めてみて、小さく舌なめずりをした。
「おぉ……これ、かなりいい線行ってるわね……」
塩はあくまで塩だったが、ともえが出したものはよく精製された、相当に品質の高いものだった。リアンは口元に指先を当て、ともえの「初めての魔法」の出来栄えに唸った。
「ともえちゃん。このお塩、めっちゃ高品質だわ」
「ほ、ホントですか?!」
「嘗めてから即席で成分分析までやってみたけど、非の打ち所が無いわね。すごいわよ、ともえちゃん」
ともえは改めて塩の小瓶を手に取り、しげしげと眺める。
「わたしの魔法、初めての魔法……!」
「ふむ……出してから結構経ったけど、消える気配はナシ。定着性・安定性も高いみたいね」
瞳を輝かせるともえの隣で、リアンが呟く。塩の小瓶を見る目が、今までとは明らかに違っていた。興味の色で一杯に染まった、探求者としての目だ。
「にしても、初めてでここまでやるとはね……ともえちゃん、かなりセンスがあるみたい」
「えっ?」
「普通、最初の魔法ってのは、失敗するものなのよ。いろいろな理由でね」
「そういうものなんですか?」
「ええ。出せそうに無いものを出そうとして何も出なかったり、本来意図しないカタチのものが出てきたり、願いどおりのものが出せてもすぐに消えちゃったり……本当は、そんなものなのよ」
「そうなんですか……」
「でも、ともえちゃんは違うみたいね。願いどおり、本来の形で、しっかりと『お塩』を出したわけだもの。こんなの、滅多にできることじゃないわ」
しきりにともえを誉めそやすリアンに、ともえは顔を紅くしながらも、うれしそうな様子を隠さなかった。初めての魔法が成功し、しかも師匠に褒められたとあっては、うれしさもひとしおだろう。
「とまあ、ハッキリ言って大成功なんだけど、ここであえて突っ込むわ」
「どうしたんですか?」
「いや、こう、なんで『お塩』なのかなー、って」
リアンは一瞬忘れかけていたが、ともえが何ゆえに「お塩」を出したのかが気になっていた。リアンに問われた、当のともえはと言うと。
「……えっと……」
ここで少しばかり、言葉を詰まらせた。リアンはしきりに首をかしげながら、ともえの答えを待ち続ける。
「……あ……」
ともえは一瞬口ごもったあと、こう答えた。
「……じ、実は……」
「実は……?」
「……テンションがすごく上がっちゃって、呪文を言い終えた後に思い浮かんだのが『お塩』だったんです」
「……マジで? で、そのまま勢いで?」
「は、はい……あはは……」
「まぁ……なんというか……」
困ったように笑うともえに、リアンは再び目を点にする。
「あー……うん。あれだ、あたしってすぐテンション上がっちゃうから、気をつけなきゃいけないかもねぇ……」
……その原因が自分にあることは、少なからず自覚しているようだった。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。