「わたしも、魔法が使えるようになって……いろんなことをしてみたいんです」
「それが、わたしの周りの人たちの幸せに繋がれば……わたしは、それが一番です」
「魔法を使って、もっと、たくさんの人を幸せにしたい……そう、思いました」
ともえは、リアンの問いに答えた。「魔法を使ってみたい」「魔法を使って、皆を幸せにしたい」――それが、ともえの答えだった。
「……………………」
「……だめ、でしょうか……? わがまま、ですよね……」
微かにうつむくともえに、リアンは。
「……ふふっ。やっぱりともえちゃん、あたしと気が合いそうね」
「えっ?」
「なんとなくだけどね、そう答えてくれるような気がしてたのよ。ともえちゃんも、自分で魔法が使ってみたいって言ってくれるんじゃないか、ってね」
リアンはソファからすっくと立ち上がり、ともえの方に向き直った。
「いいわ。ともえちゃんの願い、叶えてあげる」
「本当ですか?!」
「名前はごまかしちゃったけど、これはホントよ。元々、嘘は好きじゃないから、ね」
ともえが目を輝かせて、ぱっと明るい表情を浮かべる。
「なんていうかね……あたしもね、ともえちゃんに魔法を教えてあげられたらいいなーって、考えてたりしたのよ」
「リアンさん……!」
「ともえちゃんがそう言ってくれて、願ったり叶ったりだわ。ありがとね、ともえちゃん」
リアンから差し出された手をともえは両手で取って、強く握った。
「うれしい……! わたしが、魔法を使えるようになるなんて……!」
「約束するわ。ともえちゃんが、立派な魔女になれるようにって」
「リアンさん、ありがとうございますっ!」
二人は手を取り合って、喜びを分かち合うのだった。
――それから、少しして。
「……とは言っても、やっぱり、いきなり何でもできるわけじゃありませんよね」
「そうなのよねー。何事も段階が必要というか、なんというか……」
二人はソファから丸テーブルへ移動して、いろいろと話をしていた。
「ってか、ともえちゃんってやっぱりしっかりした子よねー。普通なら、舞い上がって『何でもできる』って思っちゃいそうなものだけど……」
「うーん……今まで、勉強も運動も、それからお料理も、ちょっとずつできるようになってきたから、魔法も、きっとそうに違いないって思うんです」
「そうそう、千里の道も一歩から。何は無くとも、基礎の積み重ねは重要よ」
リアンの話に、ともえはこくこくと頷いていた。
「とは言え、ともえちゃんみたいにやる気のある子なら、意外とスムーズにマスターできるものよ」
「本当ですか?」
「ええ。大事なのは、自分の力を信じること。自分に自信を持つこと、とも言えるかしらね」
「自分の力を……信じること……」
二本目のアップルティー入りペットボトルを持ちながら、ともえがリアンの言葉を復唱した。
「自分の力を信じること……それが、大切なんですね」
「そうそう。ともえちゃんだって、自信のあることは簡単にできるでしょ? それと同じことよ」
自分の力を信じること、自分に自信を持つこと。リアンはその二つを、ともえに強調して伝えた。
「さて……そろそろ、詳しい話をするわね」
「あっ、はいっ!」
ともえは姿勢を正して、リアンの話を聞く体勢に入った。
「ともえちゃんが魔法を使うためには、まず『魔女になる』必要があるの」
「わたしが、魔女になるんですか?」
「そうそう。とは言っても、別に改造手術とかをするわけじゃないから、そこは安心してちょーだい。魔法を使うときだけ変身して、終わったらまた元に戻る感じね」
「へぇ~。魔女というか、魔法少女みたいな感じなんですね!」
「おー、ノリとしてはまさにそれね。ああいうのを思い浮かべてくれればいいわ。で、ともえちゃんは変身するわけだけども……実は魔女になるには結構いろいろ面倒なことがあって、最初からいきなりなれるわけじゃないのよ」
「そうなると、初めはどんな形になるんですか?」
ともえから問いかけられて、リアンはこう答えた。
「そうね。一言で言うと、あたしに弟子入りして、『見習い』をする、って形を取るの。こっちだと『見習い魔女』もしくは『魔女見習い』って言われてるわ。ともえちゃんが弟子入りしたら『見習い魔女ともえ』みたいな感じね」
「『見習い魔女ともえ』ですか……」
「『見習い魔女ともえ』ね」
「……………………」
「……………………」
「……ちょっと、感慨深いですね」
「……うん。なんかこう、これを言えただけでも元は取れた気分だわね」
訳の判らないところでしみじみとした表情を見せる二人だが、ここは特に気にしないでいただきたい。
「とまあそれは置いといて、ともえちゃんがあたしに弟子入りすれば、ともえちゃんは魔女見習いになって、晴れて魔法が使えるようになる、というわけなのよ」
「分かりましたっ。それじゃあ……」
ともえがきりっとした表情を浮かべて、おもむろにこう言った。
「……えっと、師匠っ!」
「あはははっ。ともえちゃん、そこは別に変えなくてもいいわよ」
弟子入り、という言葉に何かを感じ取ったのか、いきなり畏まって「師匠」と言い出すともえに、リアンは可笑しさのあまりに吹き出した。真面目なともえの性格を分かっていたのか、穏やかな表情を浮かべて、リアンがともえの頭に手を置く。
「大丈夫なんですか?」
「まあ、気持ちは分かるけどね。弟子入りするって言っても、あくまでもそういう形式だってことだし、今までどおり気楽に話せるほうが、あたしも気持ちいいから、ね」
「じゃあ……リアンさん、のままでいいですか?」
「もちろん。あたしも、今までどおり『ともえちゃん』って呼ぶから、そこは意識しなくても大丈夫よ」
「よかったです。弟子入りして『師匠と見習い』みたいな関係になったら、やっぱり厳しくなるのかな、って思っちゃって……」
「いやいや。そもそも、あたしがそーいうの苦手だから、大丈夫大丈夫。むしろ呼び捨て&タメ口でも十分なくらいよ」
安堵した表情を浮かべて、ともえが息をついた。リアンはともえが可愛くて仕方ないのか、優しく頭を撫でた。
「さて、前置きはここまで。いよいよ実践よ」
リアンは事務机の上に置いてあった道具箱を取り寄せると、おもむろに中へ手を突っ込んだ。
「えーっと、確か……おっ、あったあった。何は無くとも、これが無きゃ始まらないわね」
しばらく道具箱の中をがさごそと探してから、リアンは何かを見つけたようだ。道具箱の中から目当てのものを取り出し、テーブルの上に丁寧に置く。
「なんですか? これ……」
ともえが指差した先には、大き目の腕時計のようなものがあった。赤色のベルトに、宝石の埋め込まれた懐中時計のようなものが取り付けられている。ぱっと見ただけでは、一体何に使うのか見当も付かなかった。
「これはね、『マジックリアクター』っていって、ともえちゃんみたいな子が魔法を使うためのものなのよ」
「『マジックリアクター』?」
「そう。大雑把に訳すと『魔法動力装置』みたいな意味になるわね。今、ともえちゃんの中で眠ってる魔法の力を呼び覚ましてくれる、重要な道具よ」
「へぇ~。必殺技みたいな名前どおり、大切なものみたいですね!」
「……あー、やっぱりともえちゃんも思う? 必殺技っぽいって」
まあ、「マジックリアクター」という字面を見れば、必殺技のように見えてもおかしくはあるまい。必殺技というか呪文の名前というか、そんなニュアンスがする。
「ま、必殺技の話は置いといて。ともえちゃんはまずそれを使って、魔女見習いに変身するの。モノは試しっ! 男は度胸、女は愛嬌っ! さあともえちゃん、それをはめてみてちょうだい!」
「はっ、はいっ!」
ともえはテンションが上がり気味のリアンに指示されるまま、左腕にマジックリアクターを装着する。腕時計のようなそれは、ともえの腕にぴたりとはまった。
「できたみたいね! いよいよ変身よ、ともえちゃん! リアクターを軽く叩いてみてっ!」
「はいっ!」
リアンの声を聞き、ともえがリアクターを軽くタッチする。
「……!」
「さあ、この時がやってきたわよ……!」
リアクターにタッチした瞬間、ともえの体から強い光が解き放たれた。瞬く間にアトリエの中を光で満たし、ともえのシルエットだけが浮かび上がる。
「……?!」
「……………………」
あまりに強い光に、ともえは思わず目を閉じた。隣にいるリアンは瞬きもせず、ともえが変身する様子を見つめている。
(まぶしい……けど、あたたかい……)
光の海の中で、ともえは自分が変わっていくのを感じていた。内側から未知なる新たな力が溢れてくる感触。リアンの言っていた「自分の中で眠っていた魔力」が、目覚めている――ともえは、そう理解した。
(変わっていく……わたしの中も、外も……)
感じたことも無い、しかし心地よい感触。ともえは静かに目を閉じ、内側と外側の両面から感じる変化に、静かに身を任せた。身につけていた服は形を失い、粒子となって飲み込まれる。あふれ出た光が、ともえの体を包み込んだ。
(すごい……これが、これが……!)
腕を交差させると、ともえの手に手袋がはめられる。片足を軽く上げると、長靴が履かされる。軽く俯くと、山のように尖った帽子が被せられる。両腕を広げ胸を張ると、御伽噺の妖精の如き装束が身に纏わされる。その胸には、七つの宝石がはめ込まれたアクセサリが見えた。
(新しい力が、満ちてくる……!)
溢れていた光が徐々に収まり、ともえの姿がはっきりと浮かび上がってくる。
「おお、ともえちゃんが……!」
そして、ともえは口元に笑みを浮かべ――
「プリティ……」
纏わり付く光を振り払うように――
「ウィッチィ……」
その身をくるりと翻し――
「ともえっち♪」
「ぃよっしゃぁっ! ともえちゃんっ、大成功よっ!!」
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。