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真夜中に家族で学校へ行った

今から二十年以上前、小学三年生の頃でした。あまりに異様なことだったので、今でもはっきり覚えています。

 

夜に布団で寝ていたとき、不意に誰かに体をゆすられる感覚を覚えて目を覚ましました。

目を開けてみると、そこには母親の姿が。部屋には電気が点けられて明るくなっていますが、外は真っ暗でした。

今になって思い返してみるとこの時点で結構異様なのですが、当時はただ「お母さんだ」としか思いませんでした。

 

母は部屋の隅に掛けてあった制服の掛かったハンガーを手に取ると、私に差し出して「すぐに着替えて」と言いました。

窓の外は真っ暗でまだ夜なのは明らかでしたが、私は特に疑問に思うこともなく母から制服を受け取りました。

ふと時計を見ると一時半を指しています。普段は家族全員が確実に寝ている時間ですが、やはり不自然だとは思わなかったのです。

 

受け取った制服に着替えて部屋を出ると、父が妹を同じように着替えさせているのが見えました。

妹は寝つきがとても良くてちょっとやそっとじゃ起きないのですが、この時は目を覚ましてすぐに動き始めていた記憶があります。

夜中に起こされたことに一言の文句も言わず、とても素直に父から渡された制服へ袖を通していきます。

 

私と同じように制服へ着替えると、両親もそれぞれ洋服箪笥から服を取り出して着替え始めました。

着ていたのは、一か月ほど前に遠い親戚が亡くなったときに着ていった葬礼用の黒いドレスとスーツでした。

父と母は普段どちらも明るい色の服を好んで着るので、いつもとはまるでイメージの違う喪服姿は却って印象に残っていました。

 

全員がお葬式にでも出るようなフォーマルな服装へ着替えを終えると、父が戸締まりを、母がガスや電気を確認して家を出ます。

父が一歩先んじて駐車場に停めていた自家用車に乗り込むと、私と妹と母も続けていつもの定位置に着きました。

この間全員がずっと無言でした。父は元々口数が少ないのですが、他はいつもなら皆よく喋ります。これも当時は変だと思わなかったのです。

 

父の運転で車が動き出すと、真っ暗な中をそれなりにスピードを出して進んでいきます。

単純に深夜でとても暗かったのもあるのですが、それにしても周りがまったく見えなかったことを鮮明に記憶しています。

近くはそんなに複雑な道があるわけでもないのに車は何度も曲がり、どこへ向かっているのかはさっぱりでした。

 

何度も繰り返しになってしまうのですが、この時私は何も不自然だと思っていなかったのです。

まるで予めどこかへ行くのだと言われていたかのように、自分が置かれている状況を何一つとしておかしいとは感じませんでした。

後になって家族にも聞いてみましたが、みんな一様に同じように捉えていたようです。全員がどこかぼんやりしていた感じがありました。

 

どれだけ走ったでしょうか。私は妹と二人で後部座席に乗っていたので時計は見えませんでしたが、体感で二時間以上は車にいました。

真っ暗な道に微かに街灯の光が見え、まったく何も見えなかった外が僅かですが見えるようになりました。

そこで父が車を停めます。やはり誰も何も言いませんでしたが、目的地に辿り着いたのだと感じたのは間違いないです。

 

シートベルトを外して外へ出ると、そこは私と妹の通っている小学校でした。校舎には当たり前ですが誰もおらず、完全な真っ暗です。

ですが、どういうわけか校舎の扉が開け放たれていました。そこだけ不自然なくらい明瞭に見えたのです。

ぼんやりとですが、私たちはこれから校舎に向かうのだろう。そういう気持ちがありました。

 

父が最後に車を降りていつもしているようにロックを掛けた直後、ハッと目を見開くのが見えて。

 

「……なんでこんなところにいるんだ?」

 

その言葉で、私はぼんやりしていた頭がみるみるうちに冴えていって、自分がどこにいて何をしているのかを自覚しました。

当然戸惑います。こんな夜中に制服へ着替えて、家族全員で車で学校まで来ていたというのですから。

母と妹も同じく我に返ったみたいでした。母は戸惑い、妹は訳が分からず半泣きになっていました。

 

何が何だか分かりませんでしたが、ともかく学校にいてもどうにもなりません。母が妹をなだめて車に乗せ、父は困惑しつつもエンジンを始動します。

車はすぐさま動き始め、校門をくぐって自宅への道のりを走っていきました。

この時の道路には普通に街灯がいくつも灯っていて、周りが暗闇でまったく何も見えないということはありませんでした。

 

不思議なのは、行きはとても時間が掛かっていた気がするのに、帰りは10分もしない内に家へ戻ったことです。

家から学校の距離を考えると帰り道の所要時間の方が正しく、どうやっても二時間もかかるような距離ではありません。

いずれにせよ無事に家まで辿り着き、私たちは気味の悪さを覚えつつ再び床に就きました。

 

あれは夢だったのではないかとも思ったのですが、次の日に両親や妹と話してみると同じ経験をしており、どうやら現実に起きたことのようでした。

なぜあんな夜遅くに学校へ向かったのか。着替えたことには何か理由があったのか。大人になった今も時々話しますが、答えは出そうにありません。

そして。私を含めた家族全員が、折に触れてこう言うのです。

 

「あの時校舎に入っていたらどうなっていた?」、と。