正直に言って怖いというわけではないのですが、今も続いている少し奇妙な出来事について話させてください。
最初は中学二年生の頃だったと思います。当時野球部に所属していた私は遅くまで学校に残り、他の部員と練習をしていました。
下校するのはほとんどの場合最終下校時刻を過ぎてからで、その日も六時過ぎくらいに校門を出た記憶があります。
私は家がやや辺鄙なところにあり、一緒に帰る友達はいませんでした。荷物を前かごに押し込み、自転車に乗って一人で家路に着いていました。
普段はまっすぐ家に帰るのですが、その日はたまたまいつも通る道が道路工事をしていたので回り道をすることになりました。
回り道といっても普段使う道と所要時間はあまり変わらなかった記憶がありますが、何分通ること自体が数年ぶりでした。
しばらく通っていないのでどうなっているかと思いつつ、私は自転車を走らせました。
自転車を走らせていくと、多くの店が軒を連ねる商店街が見えてきました。しっかりとしたアーケードの付いた大きな商店街です。
通りがかる人は見かけませんでしたが、どの店も開いていて多くの商品を並べています。肉屋に八百屋、喫茶店に美容室もあったはずです。
自宅近くにあった商店街はかなり寂れていてシャッター街になりかかっていたので、ずいぶん様子が違うなと感じたのを覚えています。
当時本をよく読んでいて、商店街には書店もいくつか見えたので、ちょっと中を覗いてみたいなと思いました。近所と少し品揃えが違う感じがしたのもあります。
しかしその日は日も暮れていたので、ゆっくり本を見て回る時間はありません。また今度来ようと考え、私は自転車のペダルを踏み込みました。
商店街はかなり長く、短く見積もっても一キロ程度は続いていたのではないかと思います。もちろん近隣では一番長いものでした。
帰宅後。あれだけ大きな商店街なら他に行ったことのある人もいるはず、そう思って親に話をしてみたのですが、どうも話が噛み合いません。
母親に訊ねてみても「そんな商店街は知らない」と言われ、昔からここに住んでいる父も「聞いたこともない」と言うのです。
私は確かに商店街を目にしたので釈然としない気持ちになりましたが、単に両親が知らないだけだろうと思い、今度一人で行ってみることにしました。
次の休日、自転車に乗って商店街を目指しました。道のりは覚えていましたし、せいぜい30分もかからない距離にあったので、すぐ辿りつけるはずでした。
しかし不可解なことに、どうやっても商店街を見つけられなかったのです。何度も道を確認し、前と同じように走ったのですが、やはり見つかりません。
商店街があったはずの場所はただの山道であり、商店どころか人影すらまるで見当たらない寂れた場所だったのです。
それからも何度か商店街を探しに出かけてみましたが、やはり見つけることはできませんでした。
見間違いか記憶違いだったのだろう、完全には納得できないながらもそう結論付けて、やがて私は商店街のことを忘れてしまいました。
ところが商店街を訪れてから三年ほど経ったある日、私は思いもよらぬタイミングで再びそこを目にすることになったのです。
夏休みに家族旅行で仙台を訪れた折、両親がホテルで休憩している間に私は一人で散策しに出かけました。
見知らぬ場所を歩くのはそれだけで楽しかったのですが、ふと路地の裏が気になり、何の気なしに横道へ入っていきます。
そこで私は目を疑いました。あの商店街がそこにあったのです。長らく忘れていたのですが、光景を一目見てアッとすぐに思い出しました。
食料品店や書店、喫茶店など、中学生の頃に見た店の並びと一切変わっていません。何度も目をこすってみましたが、どうやら夢ではなさそうでした。
どうしてあの商店街が仙台に? 疑問を抱きつつも、私は商店街を一通り見て回りました。
商店の並びは以前目にした時と変わっていませんでした。美容室の隣にある書店、昭和レトロといった言葉が似合う喫茶店、すべて記憶通りです。
確かに商店街の風景は似たようなものになりがちだと思いますが、あれは中学の時地元で見た商店街と完全に一致していました。間違いありません。
ただ、それがなぜ仙台で見つかったのか。私には自分を納得させられる理由を見つけられませんでした。
私は言い知れぬ恐怖を覚えて、一通り見て回った後は店を覗くようなこともせず、入ってきた道をそのままの順で戻りました。
ホテルへ帰れない……といったことはなく、無事に元の場所へ帰ることができたのですが、心のざわつきは収まりませんでした。
いったいなぜ、あの商店街がここに? その後の旅行の間中、ずっとそのことばかり考えていました。
それ以来、私の身に不思議なことが起こるようになりました。
飲み会終わりや仕事の帰り道で、ふと気付くとあの商店街に入り込んでいて、商店街から出てしばらくすると元の道へ戻っているのです。
忘れた頃に、という言葉がぴったり当てはまるような頻度で、決まって私一人で歩いているときに迷い込むんです。
最近は商店街へ入り込むこと自体はもうあまり気にしないようにしました。帰れなくなることはないようですし、特に怖い思いもしていないからです。
ただ一点、どうしても気に掛かることがあります。
私が迷い込むたびに、シャッターの下りた店や人気のなくなった建物が、だんだんとその数を増やしていっているのは……なぜでしょうか?