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迷子放送

今からもう四十年近く前、まだ大きなデパートが方々にあった頃の話です。

当時、私は東京の赤羽台団地に住んでいました。今はもう大半が建て替えられ、残った建物は老朽化が著しいですが、当時はまだ真新しさを残していました。

両親が早くに離婚したことで母子家庭だったのですが、母方の祖母がよく家に来てくれたのを覚えています。

 

私が幼稚園に通っていた頃に知り合った友達に、榊原さんという女の子がいました。榊原郁恵、確かにその名前です。

榊原さんは団地の同じ敷地にあるすぐ隣の棟に住んでいて、お互いによく家を行き来するくらい仲良くなりました。

向こうも私と同じ母子家庭で、父親がいなかったことで親近感を覚えたのがきっかけだったように思います。

 

榊原さんはあの頃の女の子としては珍しく、ゲームが好きでよく一緒に遊んでいました。何をやらせても上手かった記憶があります。

小学校に進学しても変わらず親しくしていたのですが、ある瞬間から榊原さんとは関係がぱったり途絶えてしまいました。

ケンカや仲違いをしたわけではなく、榊原さんが急にいなくなってしまったからです。

 

当時、私は母から「榊原さんは引っ越した」と言われていたのですが、ふとしたことで何が起きたかを知りました。

榊原さんは引っ越したわけではなく、誘拐されたか失踪したか、とにかく痕跡を残さずいなくなってしまったのです。

彼女の母親が辺りの人に聞き込みをして回ったり、榊原さんの写真が入った捜し人のポスターが貼られているのを見たのです。

 

仲良くしていただけあって、とてもショックを受けたことを覚えています。

もしかしたらひょっこり帰ってきているのではないか、そう思って彼女の家のある棟まで何度も行きましたが、呼び鈴を鳴らす勇気は出ませんでした。

そのうち彼女の母親も転居したようで、その部屋は空き部屋になってしまいました。

 

その年の冬だったと思います。年末年始の買出しのために私と母、そして祖母の三人でデパートを訪れました。

買い物に時間が掛かりそうだったので、私はひとりベンチに座って二人を待っていました。

この頃には他の友達もできていましたが、榊原さんのことはまだ忘れられず、時折どこかにいるのではと捜していたような気がします。

 

ぼうっとベンチに座っていると、デパートの案内放送が聞こえてきました。特にすることのなかった私は、アナウンスに耳を傾けていました。

 

「お客様の、お呼び出しをいたします。○○からお越しの」

「サカキバラさま。サカキバラさま。お子さんの、イクエさんを預かっております」

「恐れ入りますが、地下一階、サービスカウンターまで、お越しください」

 

名前を聞いた私は仰天して、思わず「郁恵ちゃん!?」と口に出して言った気がします。

榊原という苗字はかなり珍しく、下の名前である「イクエ」まで一致していたので、当時の私には榊原さんとしか思えませんでした。

思わず辺りを見回しますが、当然というかなんというか、榊原さんも母親の姿も見当たりません。

 

ほどなくして、両手に買い物袋を提げた母と祖母が戻ってきました。私はすぐ、先ほどの迷子放送の話をしたのですが……。

いわく、二人はそんな放送は聞いていないとのこと。榊原さんがいなくなったことは母も知っていますから、聞いていたら間違いなく反応した、とも。

私はもしかしたら榊原さんに会えるかも、という思いで地下に繋がる階段を見ていたのですが、母と祖母に連れられて帰るほかありませんでした。

 

今から考えると、あれはただの同姓同名の子供を預かっていただけ、というのが自然な気がします。

いくら珍しいとはいえ、榊原という苗字を持つ人は、範囲を日本全国に広げて探せばきっと多く見つかるでしょう。

ただ、それを踏まえても、ひとつだけ腑に落ちない点が残るのです。別の日にデパートを訪れたとき、私は強烈な違和感に見舞われました。

 

そもそもあのデパートに地下一階はなく、あの時「地下」に繋がる下り階段が見えた場所には、ただカゴを乗せるためのカートが並んでいただけだったのです。