私が小学生だった頃に起きた出来事なので、もう軽く三十年以上は経つでしょうか。
母親と二人で近所にあったニチイに出かけた時のことです。買い物が長くなりそうだったので、私は母に言われて隅にある休憩所にいました。
ひとりで木製のベンチで座って、前を行き交う買い物客の姿をぼーっと眺めていたことを思い出します。
なかなか母が帰ってこないので暇だなと思い辺りを見回すと、壁際にガチャガチャの機械がたくさん並んでいるのが見えました。
百円ショップで何か欲しいものがあったときのために財布を持ってきていたのを思い出し、ポケットから取り出してガチャガチャコーナーへ向かいます。
子供だった当時も何が出てくるのかワクワクしながら回したものですが、今でも変わらず残っているのは何か人の心に訴えかけるものがあるのだなと実感します。
どのガチャガチャを回そうかと目移りしていると、ひとつ他とはまったく違う変わった台があるのを見つけました。
普通なら表にキャラクターの絵や商品の写真が載っていると思うのですが、そのガチャガチャのラベルは完全な白紙だったんです。
「無地のガチャガチャ」と言えば伝わるでしょうか。さながらミルクパズルのように真っ白で、何が入っているのかまったく分かりませんでした。
もしかしたら、これには何か凄いものが入っているのかも知れない。当時の私はそんな風に考えていたように記憶しています。
今思えば隣にあったドラゴンボールのカードダスでも回しておいた方が良かったと思うのですが、子供だったので仕方ありません。
意気揚々と財布から百円玉を二枚取り出して投入し、カプセルが出てくるまでレバーを回しました。
出てきたカプセルも全面真っ白で、中身が見えないようになっています。表面がいやにツヤツヤしていたのがなぜか印象に残っています。
何が入っているのだろうと期待しながら開けてみると、今度は白いビニールの袋が出てきました。不透明で中身は相変わらず分かりません。
触ってみると中に何か固く薄いものが入っているようでした。ビニールには切れ目が入っていたのでそこから開けてみました。
「鍵?」
中から出てきたのは鍵でした。家の開け閉めに使うような、何の変哲もないごく普通の鍵です。
見てみても何も変わったところは見当たりません。ガチャガチャのカプセルから鍵が出てくること自体変わっていますが……
よく分からないながらも二百円出して手に入れたものなので、ポケットへ突っ込んで持ち帰りました。
翌日。その日は前日から母が外出すると言われていて、家の鍵を持って学校へ行くように言いつけられていました。
ところが朝寝坊して慌てて家を出たためか、カギを持って行くのを忘れてしまいました。
忘れたことに気づいたのが帰宅する直前だったため、しまった、と背筋がヒヤッとしたのを今でも覚えています。
鍵がなくて家に入れず、仕方ないので友達の家にでも上がろうかと思ったのですが、悪あがきでポケットを探ってみます。
すると、前の日に入れっぱなしにしていた例のガチャガチャから出てきた鍵の存在を思い出しました。
合うはずがないのですが、開かないなら開かないで「間違ってこれを持ってきた」と言い訳できると思い、鍵穴に挿して回してみます。
ガチャリ、と音がして、鍵が回る感触が伝わってきました。
思わず目を疑いました。家の鍵ではない、カプセルの中から出てきた見知らぬ鍵で家のドアが開いてしまったのです。
中に入って本来の鍵がある場所を見てみると、そこには確かに自分の家の鍵が置きっぱなしになっていました。
旅行先で買ったキーホルダーが付いた見覚えのある鍵でした。私が手に持っているガチャガチャから出てきた鍵ではありません。
よく分からなくなり、もしかすると母が鍵を付け替えたのではなどと考えますが、そんなことはまずあり得ません。
それでも何かに縋る思いで家の中で見つかった鍵で家の扉を開閉できるか確かめてみましたが、こちらも問題なく使えました。
使えてしまった、と言った方が良いのかも知れませんが。
訳もなく怖くなってしまい、私はその鍵を机の引き出しにしまって存在を忘れようと努めました。
それから二度と件の鍵を使うことはなく、恐らく今も机の奥でひっそりと眠っていると思いますが、確かめる気にはなれません。
いずれ処分する必要があるのですが、捨ててしまって大丈夫なのかという不安が拭えません。
それから間を置かずガチャガチャのあったニチイへ再度行く機会がありましたが、あの無地のガチャガチャは置かれていませんでした。
すぐに撤去されてしまったのだと思いますが、周りのガチャガチャはほとんど入れ替わっていませんでした。
隣に置いてあったドラゴンボールのカードダスもそのままで、無地のガチャガチャだけがただ撤去されていました。
なぜ私の家の鍵が入っていたのでしょうか? どうして私が回したときにそのカプセルが出てきたのでしょうか?
今となっては、もはや知る由もありません。