『Steam』ってあるじゃないですか、インターネットでいつでもゲームが買えるお店って言えばいいのかな、あれをよく使うんです。
普通に欲しいゲームを買うときもそうですし、夏とかになるといろんなゲームのセールをするんですよ。
中にはとんでもない割引率のものもあったりして、ついつい買いすぎちゃうんですよね。それで遊ばないままそのままだったり。
一昨年の十二月でした。ひとりで夜中にお酒を飲んで、安売りされているゲームを深く考えずにカートへ入れていた記憶があります。
ボーナスが出たのとアルコールが入っていたのとで、気が大きくなっていたのは間違いありません。今なら何を買っても大丈夫、みたいな。
価格は見て買っていたので大した出費にはならなかったのですが、その内変な買い物をしそうな気がして、自制心が必要な気がしました。
その時に買ったゲームの中に、明らかにおかしなものが一つ混じっていました。購入履歴を確認したので時期は間違いありません。
履歴が残っているので確かに買ったはずなのですが、なぜ買おうと思ったのかは思い出せません。というより、買った覚えがないんです。
何かのバンドルでまとめられたのか、あるいは寝ぼけて買ってしまったのかは分からないですが、いずれにせよ知らない間に買っていました。
タイトルはキリル文字になっていて、コピペして調べてみるとロシア語で「電車」(тренироваться)のような意味のものでした。
ストアページにはほとんど何も書かれておらずレビューもほとんどなし、評価だけは「やや好評」でしたが、知っての通りアテにはなりません。
スクリーンショットは電車内の様子が映されていましたが、なんというか見たことがないのに見覚えがある、俗に言う「アセット感」がありました。
ゲームの存在に気付いた時もお酒を飲んでいました。山と積まれたゲームをどれか遊ぼうと思ったときにたまたま見つけたのがきっかけです。
キリル文字のタイトルが目に付いて「これ何のゲームだっけ?」と思い、ストアページを見てみるも結果は先に述べた通りほとんど情報なし。
どうせなら一度起動してみようと思い、インストールを済ませて起動しました。容量は1ギガバイト未満でやけに小さかったはずです。
起動するとタイトル画面もなく、いきなり電車に乗っているシーンから始まりました。電車は寝台車のようで結構広々しています。
視点は一人称で、WASDで移動、シフトでダッシュ、コントロールでしゃがみ、スペースキーでジャンプと標準的な操作体系です。
fpsは安定していて、特に負荷の高いゲームではないようでした。さほど高度な描画をしているようにも見えませんので、これは違和感無かったです。
とりあえず車内を歩いてみます。自分以外の乗客はおらず、どの部屋もドアを開けて中に入れますが誰の姿も見えません。
中には荷物らしきものが置かれている客室もいくつかありますが、本来そこにいるべき持ち主の姿はどこにも見当たりません。
ひとまず三車両に渡ってすべての部屋を確かめてみましたが、少なくともこのエリア内には誰もいないようでした。
スタート地点である恐らく自分の客室へ戻り窓を見てみると、かなり暗くなってはいますが外の様子を見ることができました。
どうせ10秒くらいでループする森林や山とかだろうと思っていたのですが、見てみるとまったく違い、規則性のない市街地の光景が続いています。
それもかなり精巧に作りこまれており、まるでどこかの車窓から見られる風景をそのままトレースしたかのようでした。
どこかの車窓から見られる風景、と言いましたが、私はその風景に見覚えがありました。
見覚えがあるも何も、普段乗る通勤電車から見える風景そのままでした。
大きな川を渡る橋、際立って高いタワーマンション、昔からあるデパート、ずっと放置されている廃墟らしき家……
普段何気なく見ている窓の外の光景が、そっくりそのまま今自分のPCで動いているゲームで再現されていたのです。
しかも電車の走っている方向は方向は下り……つまり、自分が帰宅するときに乗る方面へと動いています。
これ、自分の方へ近付いてきているのでは? そんな考えが脳裏をよぎってすぐ、電車がゆっくりとスピードを落としていきます。
それまでの駅をすべて通過していたにもかかわらず、急行が止まるようには到底見えない小さな駅で、プレイヤーの乗っている電車は停車しました。
そこは紛れもなく、私が普段乗り降りしている最寄りの駅でした。
置いてある自販機や年季の入ったベンチなど、何気なく目にしているすべてのものに異様なほど見覚えがありました。
ほんの一目見て分かるレベルで最寄り駅そのもので、完全再現と言っても過言ではありません。直近で貼られていたポスターまでそのままでした。
言うまでもありませんが、最寄り駅は海外産のゲームで取り上げられるような著名な場所では断じてありません。
この時点で私は怖くなり、すぐにゲームを終了してアンインストールしました。
買ったのがかなり前だったのでもう返金はできませんでしたが、ライブラリに残しておくのも怖かったので、返金不能を承知でライブラリから削除しました。
それからしばらくの間、この不気味なゲームのことを意識して考えないよう心がけてきました。
半年くらい経ってからふと思い出し、恐る恐るストアページを探してみたのですが、いくら検索してみても引っかかりません。
購入時のメールからストアページに飛んでみたのですが、規約違反だったのか完全に削除されていました。
先ほど述べた通りゲーム自体もライブラリから抹消してしまったため、あのゲームが実在したのか私自身あやふやに感じています。
今となっては、酔った時に見た悪い夢だと考えるようにした方がいいのではないか、と思っています。