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公衆電話の音声

友人の鈴木から聞いた話です。時期的には今から一年半ほど前、年末年始を挟んだ冬休みが明けて、二週間ぶりくらいに大学へ出てきた頃だったと記憶しています。

そもそも鈴木は悪戯や悪だくみに頭の回るやつなので、話された内容がどれくらい事実なのかも怪しいところです。

あまり本気にしたり考察したりせず、肩の力を抜いて「そういう話を考えるやつもいるんだな」、くらいの温度感で聞いてもらえればと思います。

 

公衆電話ってありますよね。外に設置されていて、お金を入れると電話を掛けられるあれです。昔はもっと多かったと聞いています。

近隣ですと駅前にひとつ、大きめの公園にひとつ、そして図書館の隅にひとつあるのを知っていますが、もしかすると他にもあるかもしれません。

私は使ったことがないのですが、その友達は公衆電話を見つけるたびに「あれに掛けてみたいな」などと言っていたのを覚えています。

 

どういうことか訊ねてみました。鈴木曰く「公衆電話も電話だから、掛けるだけじゃなくて掛けられることもある」とのこと。

公にされているとは思えませんが、公衆電話にも実は電話番号が割り当てられていて、そこに掛けると公衆電話が鳴らせるというのです。

鈴木はしばしば別の友人と共に人のいない時間帯を見計らって公衆電話に電話をかけ、呼び出し音が鳴るのを見て遊んでいたそうです。

 

最初は公衆電話に電話番号があることにしっくり来なかったのですが、インターネットで例えてみると少し理解できる気がしました。

インターネットではすべての接続に接続元アドレスがあり、例外はありません。どこから接続しているのかを伝えなければ、サーバはデータを返しようが無いですから。

電話も「どこから掛かっているのか」を識別する必要があり、それが電話番号になっている。そう考えれば、公衆電話にも電話番号があって然るべきでしょう。

 

冬休みが明けて早々鈴木が話してくれたのは、例によって公衆電話に電話をかける悪戯をしていたときのことでした。

友人である別所と結託して、その人に公衆電話へ電話を掛けさせたそうです。それで電話が鳴る様子をしばらく見た後、受話器を取って会話を終わらせる流れでした。

鈴木は呼び出し音の鳴る公衆電話の動画を撮影して「幽霊が電話を掛けてる」など他愛のない説明と共に知り合いに見せていました。案の定と言いますか、その動画の素材を作る目的もあったそうです。

 

手筈通り別所は自宅にある固定電話を使って電話を掛けたのですが、別所は「お掛けになった電話番号は……って言ってる」と鈴木に携帯を通じて伝えてきました。

携帯からは確かに番号が存在しないというアナウンスが聞こえてきています。別所が嘘を言っているわけではないことは分かりました。

しばらく掛け直したりしていたのですが繋がらず、番号間違えたかも、と鈴木が別所に行って引き上げようとしたときでした。

 

不意に電話が鳴り始めました。その音は別所にも伝わったようで「誰か掛けてきたのか?」と言ったとのこと。

その時別所は既に電話を切っており、鈴木もそれを知っていました。公衆電話へ電話を掛ける人がどれほどいるのかは分かりませんが、誰かが同じことをしているようです。

鈴木は「同じようにイタズラしてるやつがいるのかも」と言い、別所に一言断ったうえで電話を取ることに決めました。

 

電話を取って「もしもし?」と応答してみると、電話口からは。

 

「あと三分です」

 

コールセンターなんかに掛けたとき、担当者へつながる前に聞こえてくる自動応答の機械音声があるじゃないですか。あれみたいな声が聞こえてきたそうです。

何がどうあと三分なのかはまったく分からず、ただ「あと三分です」とだけ言われたらしいのです。

さらに待ってみると「あと二分三十秒です」「あと二分です」と三分ごとに抑揚のないアナウンスが受話器から聞こえてきました。

 

背中の視線を感じ始めたのは「あと一分三十秒です」と言われた時だったと言います。明らかに誰かから見つめられている感覚を覚えたそうです。

誰かから声をかけられたわけではありません。足音が聞こえてくるわけでもありません。しかし、徐々に背中に突き刺さる視線が鋭くなっていくのです。

小さく震えながら受話器を持っていた鈴木ですが、向こうから「あと三十秒です」という声が聞こえた瞬間「このままではまずい」と思い受話器を置きました。

 

途端、背中に感じていた視線が消えました。反射的に振り向いてみると、そこには当然というか、誰の姿もありませんでした。

鈴木は別所に連絡すると、とりあえず別所の家へ戻ると告げてその場を後にしました。途中何度も振り返ったりしましたが、誰かが付いてくるといったことは無かったそうです。

それ以来、公衆電話に悪戯電話をかけるのは止めてしまったとのこと。事実かは分かりませんが、悪ふざけを止めるきっかけになったのならまあいいことでしょう。

 

ただ、受話器の向こうから「あと三十秒です」と言われた後、もしそのまま三十秒間、電話を切らずにいたらどうなっていたのでしょうか?

鈴木は敢えてその話を避けているようでしたが、私もあまり良いことは起こらないように思います。

 

鈴木が感じていたという謎の視線が、その答えなのかも知れません。