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覚えの無い記憶

これは大人になってからの話です。普通に生活するうえで何か不都合があることでもないのですが、どうにも釈然としないことではあります。

何か深い意味があるのかも知れませんし、私が気付かない間に何か精神を患うようなことがあったとも考えられますが、思い当たることはありません。

ひょっとすると他に似た経験をされた方がいるかも知れませんので、話させてもらえればと思います。

 

私は物心付いた頃からずっと同じマンションに住んでいました。両親がローンを組んで購入した、築三十年ほどの至って普通のマンションです。

今はそこを出て小さなアパートに住んでいるのですが、それまで一時的にでも別の場所に住んでいたということはまったくありません。

もちろん、旅行で数日間別の場所で寝泊まりしたり、友人宅へ上がらせてもらったことなどはありますが、独り暮らしをするまで引っ越しをした経験はありません。

 

……ということを頭では理解しているのですが、半年ほど前から奇妙な感覚に見舞われるようになりました。

恐らく小学生だった頃に短くとも三年ほど、今も両親が住んでいるマンションではなく、年季の入った大規模な団地で暮らしていた記憶が浮かんでくるのです。

社会人になって五年目、仕事を覚えてだんだん忙しくなってきた頃から始まったような気がします。

 

記憶の中にある団地はとても広く、敷地内に小学校や商業施設が組み込まれていたように思います。確か奥まったところに図書館もありました。

実在する場所としては東京の板橋区にある高島平団地がかなり近いのですが、実際に行って確かめてみたところそこではないと判断しました。

それまで一度も東京へ出たことがなく、またその記憶も「東京に住んでいた」というものではないのです。あくまで地元の団地、という形です。

 

記憶の中にある団地には同じ学校に通う親しい友人もいたはずですが、誰も彼も顔は浮かんでくるのに名前がまったく出てきません。

実際に住んでいたはずのマンションにも長年の友人が何人かいますが、彼らの方は顔も名前もすぐに出てきますし、最近会って話もしました。

それとなく団地の記憶について話を振ってみましたが、友人たちにはそんな不可思議なことは起きていなさそうでした。

 

帰省した折、両親にこのことを話してみました。少々心配性なところがあるので「ずっとここに住んでたよね?」という流れで持っていきました。

母親は「間違いなくこのマンションに住んでる」と断言したのですが、父親は「言われてみれば」というような顔をしています。

記録の上では一貫してここに住んでいることで間違いないのですが、父親の方もおぼろげながら団地の記憶があることが分かりました。

 

そこからちょっと話が盛り上がり、両親と共に家の書類や家族写真の入ったアルバムを探し出して見てみることになりました。

ただ、これらはすべて自分たち家族がマンションで暮らしていたことを示していて、団地にまつわるようなものは一切出てきませんでした。

しかしその途中で母も「団地の食品スーパーで買い物をしてた気がする」と言い始め、とうとう家族全員に謎の団地にまつわる記憶が浮かんでくるようになりました。

 

団地の記憶を突き合わせてみると、両親と私の間では記憶がかなり一致していることが分かりました。

学校は敷地の隅にあること、食品スーパーでよく鶏の唐揚げを買っていたこと、噴水の設置された公園があったこと、駅近くの床屋で散髪していたこと。

年に一度夏祭りが開かれそこで焼きそばを買って食べたことなど、妙に細かいところまで思い出せるのですが、相変わらず具体的な場所は分からないままです。

 

該当するような団地がないかも探してみましたが、内部に学校や食品スーパーを抱えるほどの団地がそうそうあるはずもありません。

近隣には皆無、かろうじて見つけた要件を満たしそうな団地は車を飛ばして三十分以上かかる場所にあり、記憶違いを起こすような場所ではないです。

この辺りでお互いなんだか気味の悪さを感じ始め「この話はやめようか」と打ち切ることにしました。

 

そのまま今に至るのですが、どなたかこのような経験がある方はいらっしゃらないでしょうか?

私と両親の記憶の中にあるあの団地は、本当に実在していない架空の場所なのでしょうか?