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二枚の千円札

小学生の頃の話なので、ひょっとするとただの与太話という可能性はあります。記憶もあやふやなので、細部は間違っているかもしれません。

ただ、大筋ではこれで合っているという確信もありますし、話を聞かされた時は「本当だ」と感じたのを覚えています。

化け物が出たり怪現象が起きるわけでもなく特に怖い部分はないはずなのですが、思い出すと妙な寒気を覚えるので書かせていただきます。

 

五年生だった頃、同級生の友人に相川さんという女子がいました。四年生の頃から仲が良く、普段からしばしば話をしていました。

この年くらいの女子だとそう珍しくもないですが、相川さんは至って真面目な性格で、方便であってもウソを言うのは好きではないタイプでした。

習い事として学習塾とスイミングスクールに通っていて、このうち塾は同じだったのでそちらでも顔を合わせていました。

 

9月24日、その日も学習塾で相川さんと鉢合わせます。講義が始まるまでお喋りをして過ごし、普段通り講師の方が来るのを待ちます。

ただ、いつもと違う点がひとつありました。相川さんは机の上にテキストとノートを開いていたのですが、テキストの至るところに書き込みがあったのです。

普段特に予習せずに講義に来ていることを知っていた私は、いつもと違う様子に少し驚きましたが、気にせず相川さんと喋っていました。

 

いざ講義が始まると、相川さんは講義をしきりに頷きながら聞いていました。これも普段とどこか違っていました。

じっとテキストを見ていた相川さんでしたが、前触れなしにふっと顔を上げると、その直後に講師の方から指名がありました。

まるでそれを予期していたかのように、相川さんはノータイムで回答を口にすると、講師の方は「その通りです」と応じました。

 

相川さんは自分が呼ばれる前に顔を上げて、当てられるとすかさず正解を口にする。こんなことが確か三回ほどあったはずです。

普段の彼女なら、ちゃんと答えられるときもあれば言葉に詰まることもあり、慌てて答えたはいいものの間違い、ということもありました。

ところがこの日に限っては、すべての指名で一切よどみなく完璧な答えを返して見せたのでした。

 

さすがに不思議に思い、講義が終わって一緒のバスに乗って帰る際、相川さんに「今日は予習してきたの?」と訊ねました。

相川さんは「予習と言えば予習かも」と言い、膝の上に乗せていたカバンからおもむろに財布を取り出しました。

財布をしっかりと手に持ったまま、相川さんは不意に声を小さくして、私に囁くように言います。

 

「二回目なんだ、今日」

 

話を聞いてみると、相川さんは今日とまったく同じ日を経験した、とのこと。朝起きてから今に至るまで、何から何まで同じだったというのです。

朝食に出たもの、お姉ちゃんが忘れ物をしたこと、学校での授業内容、給食で食べたもの、そして学習塾での講義。

何から何まで同じ日を一度経験していたので、今日塾で習うことは既に知っていることだった、というのです。

 

相川さんはなんとなく居心地が悪そうに「前の日の今は、何を話しかけても反応がなくて怖かった」と言いました。

私が「今日は予習してきたの?」と訊ねてから始まった話の部分は、相川さんの言う「前の日」には何も起こらなかったそうです。

さらに学習塾の講義も、相川さんが答えられたか答えられなかったかによらず「正解だった時」とまったく同じ反応で進んだ、と言っていました。

 

これだけなら相川さんが冗談を言っている可能性もありました。ただしっかり予習をして、同じ日を繰り返したという演出をしているだけだと。

私も急に「同じ日を繰り返した」と言われて半信半疑でしたし、どこかで相川さんにしては珍しい冗談だと思っていました。

たぶん、私の考えていたことが伝わったのだと思います。これを見てほしいんだけど、相川さんがそう言って、財布から千円札を二枚取り出しました。

 

「こっちが『昨日』で、こっちが『今日』もらったお小遣い」

 

相川さんの手には、全桁がまったく同じ通し番号の振られた千円札が二枚、確かにありました。

9月24日は毎月一回あるお小遣いをもらう日で、それが二回繰り返されたので二枚手元にあるという事らしいのです。

まったく同じことが二回起きたということもあってか、本来被るはずのない通し番号の重複した千円札が相川さんの手の中にありました。

 

これを見せられて、私はさすがに相川さんの言い分を信じざるを得ないと思いました。

今日話したことことは、とりあえずしばらく誰にも言わないで。相川さんにそう言われて、私は何も言えずにただ頷きました。

あまり「前の日」から逸脱したことをすると、何が起きるか分からない。私にもそれくらいの察しは付きました。

 

次の日に相川さんと学校で会うと「今日はちゃんと25日だった」と安心した様子で言われました。

以後、中学校までは相川さんと会う機会があり、その都度同じ日を繰り返していないか確かめましたが、あれっきり起きていないそうです。

あの時もらった二枚の通し番号が同じ千円札は使う気になれず、クリアファイルに入れて隠していると聞かされました。

 

実際に起こらなかったことを気にしたところで、ただの想像に過ぎないことは分かり切っているのですが。

……もし、「二回目」の9月24日に相川さんが「一回目」と大きく違う行動をとっていたら、彼女はどうなっていたのでしょうか?