個人的にもあまり思い出したいことではありませんが、心のどこかで記録しておく必要性を感じたので書かせてください。
私が上京してくる前、最近両親も転居してしまって、今はもう誰も住んでいないかつての田舎で見た話です。
動物の亡骸にまつわる話で生理的に嫌悪感を覚える人もいるかも知れませんので、一応閲覧注意でお願いいたします。
かつて住んでいた地域には、周囲一帯をフェンスで囲われて立入禁止にされた溜め池がありました。
過去にそこで水難事故が発生した、山から有毒な物質が流れ込んでいるなどの噂がありましたが、立入禁止になった決定的な理由は分かりません。
ただ、見てくれからして足を踏み入れたくないと思わせる強い理由が、あの溜め池にはありました。
その溜め池には、いつも動物の亡骸が浮かんでいました。
イヌ、ネコは当然といった具合で、ハトやスズメのような小鳥、元から泳いでいたとは思えないコイやフナ、タヌキやモグラまで。
通りがかりに見るたびに何らかの亡骸が浮いていて、何も無いということがなかった池だったように思います。
いつも動物の亡骸があるわけですから、辺りには嫌な臭いが立ち込めていて、敢えて池に近寄ろうとする人はいませんでした。
いたずら好きで鳴らした腕白な同級生さえ、あの池だけは心底不気味がって決して近付かなかったほどです。
物心ついた頃には高いフェンスで囲われていましたから、そもそも池の近くまで行くということそのものが難しかったのです。
……にも拘わらず、あの池に亡骸が浮いていない日はありませんでした。
学校へ行く途中に溜め池を見下ろせる場所があるのですが、そこから見ると毎日のように違う亡骸が池に佇んでいました。
そしてその亡骸は、翌日になると完全に姿を消してしまうのです。猪のような大きな動物でさえ例外ではありません。
フェンスで妨害されているのは野生動物にとっても同じですから、誰かが溜め池に殺した動物を投げ込んでいるのではという噂が立ちました。
町内会でも問題になり、何度か夜通しで張り込みをしたものの、動物の亡骸を持ってうろつくような不審者が見つかることはありませんでした。
そして夜が明けると、前日とは違う動物の物言わぬ屍が、まるで日常風景の一つだとでも言わんばかりに浮かんでいたそうです。
私にはあの池に関わりたくない、近寄りたくない大きな理由がありました。
放課後まで学校で遊んでいた私は、すっかり暗くなった道を一人で歩いていました。その通りすがり、あの溜め池が目に飛び込んできます。
あまり見たいものでもないので足早に通り過ぎようとした私は、そこで目にしたものに思わず足を止めてしまいました。
浮いていた猿の亡骸が岸に上がって、ふらふらと辺りを歩き始めたのです。
猿は背骨が露わになっていて、中は空洞のようになっていました。どう見ても生きている状態ではありません。
纏わり付いたゴミを引きずりながら暫く辺りを彷徨っていた猿でしたが、ふと向き直るとまっすぐに歩いていき、その身を池に沈めました。
以後、猿の亡骸が再び浮かんでくることはありませんでした。
近隣に野生の猿がいるなんて話は聞いたことがないとか、死んだはずの猿が歩き回っていたのは何故だとか、気になることは山ほどあります。
しかしそれらの背景がすべて明らかになったとしても、私はもう一度あの池に行ってどうこうしようとはまったく思えません。
あの池に動物の亡骸を投げ込んでいる誰かがいるのだとしても、野生動物を呼び寄せる何かがあの池にあるのだとしても。
……或いはあの池そのものから、動物の亡骸がひとりでに浮き上がっているのだとしても。
私はもう、あの溜め池には関わりたくないのです。