予め断っておくと、この話は友人からのまた聞きで、どの程度本当でどこからが噓なのかはハッキリしません。
すべてが作り話ということも大いに考えられるのですが、個人的に結構怖い話だと思ったのでこの場を借りて紹介します。
心霊的な怖さというか、そうした恐怖感とはまた別のものなのですが……。
友人の雨宮には古川という知り合いがいました。直接の面識はありませんが、友人によると「ノリはいいが口から出まかせを言う悪癖がある」とのこと。
たまにいる「嘘を言うことに罪悪感を覚えない」タイプのようで、あまり付き合いたいとは思わないのが正直なところです。
ともあれ、そうした嘘を言いまくる人の口から出た話がきっかけというのは間違いありません。
古川はあるアパートの空き家を見つけて、そこになかなか人が入る様子が見られなかったことに目を付けました。
古川は雨宮を含む周りの友人に「あの部屋は入居者が自殺したり失踪したりする曰く付きの部屋」だと吹聴していました。
そのようなことが実際にあったとは聞いていませんし、古川自身「あれは嘘だ」と後に雨宮に言ったりしていたため、嘘と判断して差し支えないでしょう。
この話は古川がいつも吹いているホラ話のひとつとして周りの人は気にも留めていなかったようで、雨宮も後になるまですっかり忘れていたと言います。
風向きが変わったのは、雨宮が古川とは関わりのない別の友人と話していた折、例のアパートについての話を振られたのが切っ掛けだそうです。
その友人は「あのアパートの角部屋、住んでた人が首を吊ったんだって聞いたぞ」と真顔で言い出したのです。
雨宮がその友人に話を聞くと、彼は別の知り合いからあのアパートに悪い曰くがあるという話を聞かされたそうです。
その人物についても古川や彼の知人と関わりがあるようには思えず、直接話が伝播したようには思えません。
古川以外にあのアパートに大して勝手に気味の悪い話を付け加えるような人がいればあり得ますが、そう都合のいい話もない気がします。
私は不動産業界について詳しくないのですが、あの部屋で本当に誰かが死を遂げているなら「事故物件」となり、事前に告知する必要があるはずです。
こうした情報は入居の判断に直結するため、真っ当に考えればすぐに真偽が明らかになるはずです。
ところがあのアパートについては、いずれも古川と関係ない複数の人物から「人が死んだ部屋」と言われたそうです。
なぜ古川のほら話が広がっていったのかは分からないまま曰く付きの物件だという印象だけが固まっていき、誰も入居しない状態が長く続きました。
ついには「あの部屋で女の幽霊が立っているのを見た人がいる」という話まで聞こえてくるようになり、完全に事故物件というイメージが付いています。
例の事故物件を紹介するとても有名なサイトにも載っており、そこには古川の口から出た話が事実として掲載されています。
もう一度繰り返しますが、件のアパートで死者や行方不明者が出たというはっきりした証拠はありません。
元々入居者の入れ替わりが激しいらしく、住んでいた人がいなくなっただけで事件性があるとはとても言えません。
にも拘らず「あそこは事故物件だ」という話が瞬く間に広まり、古川と関係のない人までがそれを信じるようになってしまったのです。
噓から出た実ということわざがありますが、もしかすると件の事故物件はそれを体現してしまったのかも知れません。
古川の嘘が広まって多くの人に事実だと信じられるようになったことで、本当に「事故物件」となってしまったのではないかと思います。
もしかすると、世に出回っている幽霊話というのは、このような根も葉もない噂話から生まれたのかも知れない、そんな風にも考えています。
ただ、元からよく嘘を言うと皆に思われている古川の他愛もない嘘が、なぜこんなにも早く、まったく関係のない人にまで広まってしまったのか?
……最近は物件そのものより、その異様なくらい不自然な伝播の早さに不気味さを感じつつあります。