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「2019年5月21日録画」

今から五年ほど前のこと。次の日は休みというタイミングで、仕事から帰ってきてだらだらとYouTubeを垂れ流していた時に見かけた映像の話です。

その日は疲れていたこともあって帰りにお酒を買ってくるのも忘れて、疲れすぎているとき特有の眠れなさもあってずっと動画を見ていました。

何か目的をもって動画を見ていたというよりは、時間が経って眠気が出てくるのを待っていたというような感じがしています。

 

妙に意識がはっきりした状態でひとり動画を見ていると、おすすめ欄に「2019年5月21日録画」という、何の動画分からない題名のものが上がっていました。

チャンネルアイコンはオレンジ色に「K」とだけ書かれたシンプルなもの、言い換えればYouTubeの初期設定のものです。

おすすめ欄にはたまによく分からない動画が上がってくることは知っていたので、その時も深く考えずに上がってきた動画をクリックしました。

 

動画はテレビ番組の録画のようでした。前後の情報が欠落していたので、具体的にどのチャンネルのどの番組かまでは分かりません。

画質はかなり良かったです。キャプチャがしっかりしていたのもそうですし、映像そのものもごく最近撮られたように見えます。

付けられたタイトルが「2019年5月21日録画」であることを踏まえると、この日に放送された何かのテレビ番組なのだろうと思いました。

 

記憶に無い、けれど特に違和感を覚えることも無い女性のレポーターが山間の田舎町を歩いて行き、辺りの風景をカメラに写しています。

訪れているのは秋田県の比内町柄井沢という場所で、いかにもといった感じの田舎町です。

山村をある程度歩いたところでカメラがレポーターに寄り、ここを訪れた背景を説明していきます。単に町を紹介するだけというわけではなさそうです。

 

レポーターによると、この町では複数の企業を誘致して実験の場として提供しており、車の自動運転や高速ネットワークの試験運用をしているといいます。

ここで得られたデータを元にして新製品の開発や改良が行われ、全国に向けて展開されるそうです。

他の田舎と同様に過疎化が進んでいたのですが町長がそれをよしとせず、再び賑わいを取り戻すために現在は町を上げて実験に協力しているそうです。

 

カメラにタブレットを持ったおばあちゃんらしき人が映し出されました。インタビューしてみると、高速ネットワークの実験に参加しているとのこと。

これを使えば遠方に住んでいる子供や孫ともいつでも会話できる、と声を弾ませており、本人も嬉しそうにしていました。

実験に無理やり協力させられている、という雰囲気ではまったくなかったです。町を挙げて協力している、というのは事実のようでした。

 

録画された番組では他にも町の様子が報じられていましたが、これといって不審な点は見当たりませんでした。

映像のトーンは終始明るく、それも後ろめたい明るさというか無理やりさが微塵も感じられない、本当に普通の紹介映像といった風情でした。

十五分ほどの録画はそのまま終わって、ちょうど眠気を覚えた私はパソコンの電源を落として眠りに就きました。

 

問題はその後です。映像を見てから一週間ほどたってからでしょうか、ふとあの時のことを思い出した私は、もう少し詳しく調べたいと考えました。

柄井沢という町名を覚えていたので検索してみるものの、それらしい情報はまったく出てきません。

そして程なくして、思いも寄らぬ情報が私の目に飛び込んできました。

 

柄井沢は、ずっと前に廃村になっていました。

 

トップに出てきたサイトの情報によると、最盛期ですら20戸に満たない世帯しか無く、1970年代の後半には近隣に移転したそうです。

今から軽く40年以上は前に消えた村であり、時間が経ってから再び人が住み始めたなどという話もありません。

わざわざ言うまでもなく、車の自動運転や高速ネットワークの実証実験などができる場所ではないのです。

 

もう一度動画を見てみようと履歴から探してみましたが、動画を掲載していたチャンネルが停止されたようで見られなくなっていました。

キャッシュやインターネットアーカイブにも情報が一切残っておらず、跡形も無く消え去っていました。

どこかに転載されていないか一時間ほど検索してみましたが、転載動画や別の録画なども見つからず、再視聴は叶いませんでした。

 

私が寝ぼけていて夢でも見たのか、実在するどこかの村と名前を取り違えたのか、はたまた実在の番組を模した創作だったのか。

一本の動画のためだけに街全体を巻き込むのは現実的ではありませんし、もしそうならもっと簡単に見つかるはずです。

YouTubeにはテレビ番組やCM風の創作動画がアップロードされていることは知っていますが、それにしては手が込みすぎています。

 

なんというか、そうした動画に必ずある「怖がらせてやろう」という意志がまったく伝わってこなかったんです。

昼間に流れているようなワイドショー番組の録画を適当に切り取って、なんとなくアップロードしただけにしか見えなかったんですよね。

 

……私たちがいるのとは別の世界では、本当にただの番組として放送されていたのかも知れません。