これは自分がまだ小学生だった頃の話なので、今からもう三十年以上前になります。
奇妙な出来事が二つあって、それぞれに因果関係があるのかは定かではないのですが、私の中では一つの出来事として繋がっています。
昔のことなので記憶があやふやになっている部分もあるかと思いますが、聞いていただければと思います。
当時通っていた小学校の通学路から少し外れたところに、UCC缶コーヒーの自販機が置いてありました。
今ほど自販機があちこちに置かれていたわけではないので割と物珍しく、友達と遊ぶときに特に理由もなく見に行くことがありました。
ただ「自販機があるなー」って見に行くだけで、そこで飲み物を買ったりするわけではなかったのですが……。
そのUCCの自販機ですが、時折奇妙な商品が並んでいることがありました。概ね一か月に一回くらいのペースで見かけた記憶があります。
炭酸飲料の「スプライト」ってあるじゃないですか、あれのロゴやイラストをすべて取り去ったような緑一色の缶です。
本当に緑色しかなくて、一体何の飲み物なのかまったく伝わってこないデザインをしていました。先ほど言った通り、これがたまに並んでいるのです。
この「たまにある緑の缶」が一つ目の奇妙な話です。
夏休み明け、まだ残暑の厳しい頃だったと記憶しています。休日に私と友達数人で外に出て遊んでいたのですが、例の自販機の前を通りがかりました。
その時はこれといってすることもなく暇を持て余していたのですが、ふと私はあの緑の缶があるか確かめてみました。
なぜかまれにしか存在しないあの缶ですが、その時は他の商品に混ざって並んでいるのが見えました。
「あっ。今日あの緑のやつあるじゃん」
私が自販機を見ていた横で、一緒にいた山口が声を上げました。それにつられてか、他の友人も立ち止まって同じ方を見ます。
あの自販機にたまに出現する変な緑色の缶があることは結構知られていて、少なくともここにいる全員が一度は話題にしていました。
そのまま「またあるな」「なんだろうなこれ」と言い合っていたのですが、山口が「やってみっか」とポケットに手を突っ込んで小銭入れを取り出します。
山口が自販機に硬貨を入れると、緑の缶に対応するボタンを押しました。間もなく「ガコン」と音がして、取り出し口にディスプレイそのままの缶が出てきました。
これまでにあの緑の缶に入った飲み物を実際に買った人は私も含めて誰もおらず、周囲からは「おーっ」と軽いどよめきが上がります。
缶を取り出した山口が「これ何味か知りたかったんだよな」と言い、プルタブを開けて口を付けました。
山口はそのまま一気に中身を飲み干してしまうと、ふう、と一息ついて缶を眺め回します。私たちは口々に「どうだった?」と訊ねました。
訊かれた山口は「ただの水だった、でもちょっと青くさかったかも」と言います。表情は微妙で、あまり美味しいものではなかったようです。
私含めた周りは「なんだ、そんなものか」と少し落胆しつつ、山口がその場で缶をゴミ箱へ捨てたのを見てさっさとその場を去ってしまいました。
……二つ目の奇妙な出来事は、この翌日から山口の姿が見えなくなったことです。
登校してみると山口がおらず、朝の会の時間になっても登校しません。先生は「この後連絡する」と言っていて、欠席の連絡も無いようでした。
その日最後まで登校しなかったばかりか、次の日もさらに次の日も全く姿を見せず、最終的に先生から「山口はしばらく休むことになった」と言われました。
先生の言い方はどこか歯切れが悪く、何か言いづらい事情がありそうだというのは子供の私でも察することができました。
一週間ほどして山口がどうなっているのか気になり、学校帰りにひとりで山口の家まで行ってみることにしました。
家はしんと静まり返っており、人の気配がまったくありません。呼び鈴を押しても誰も出てこず、物音ひとつ聞こえてきません。
悪いと思いつつ窓から中を覗き込んでみると、家具などがそのまま残されていて誰かが住んでいた形跡があるのに、人の姿だけが消えていました。
結局それから一度も山口とは再会できておらず、行方は分からないままです。山口の家族も同じです。
なぜいきなり行方をくらましたのかは分かりません。家族に何か問題があったとは聞いていませんし、夜逃げをするような状況だったとも思えません。
あれから当時一緒にいた友人たちと再会するたびに山口の話をしますが、結局のところいつもこの結論に行き着いてしまいます。
……あの緑の缶に、何かがあったのではないか、と。