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また同じ人

今でも時々夢に見るくらい奇妙な光景だったのですが、さすがにかなり時間が経ったので話そうと思います。

あの場所へもう一度行くことはないと思いますが、もう老朽化して取り壊されているでしょうし、残っていると思いたくないです。

場所柄、他にも似たような場所がないとも言い切れないのですが……。

 

90年代の終わり頃、大学生だった私はバイトでお金を貯めて海外旅行へ行く、ということを何度か繰り返していました。

できるだけお金を使うことなく現地の安宿を渡り歩く、俗に言うバックパッカーをしていたわけです。

正直言って危ない橋も何度か渡りました。今から同じ事をしろと言われてもとてもできそうにない、無茶なことをしていたと思います。

 

その時にいわゆる共産圏、ロシアやその周辺諸国を列車で回っていくというプランで移動したことがあります。

例によって若気の至りでいろいろあったのですが、旅行自体は何事もなく無事に終わりました。これを書いているので当然ですが……。

ただ、その時に非常に不気味な光景を目にして、今もそれを忘れることができずにいます。

 

もうどの辺りだったか忘れてしまったのですが、ロシアを移動中に住宅街に差し掛かったことがありました。

無数の団地が立ち並ぶ光景は日本のそれよりさらに規模が大きく、どことなく目を惹くものがあったのを憶えています。

最終日に帰るということ以外特に目的もなくぶらぶらしていた私は様子をもっと見てみたくなり、意識しないまま奥まで入り込んでいきました。

 

日本の団地もそうなんですが、同じ形状の建物がずらっと並ぶ中に立っていると、自分がどこにいるのか一瞬分からなくなる気がします。

ロシアは日本より段違いに広く人口も多いこともあってか、私が踏み込んだ団地も相当大きなものだったことは確かです。

ただ、今になって振り返ってみて思うのですが、あれは本当に「ただ広いだけ」だったのかは疑わしいです。

 

同じ形をした無機質な建物に、同じ形のドアがいくつも取り付けられている。その中には同じ間取りの家がドアの数、建物の数だけ存在している。

まるで工業製品のようだ、そう感じたことをつい昨日のことのように思い出せます。

そして、あの時立っていたのがロシアのような共産圏の国だからそう感じたのではないか、とも。

 

ふらふらと団地の敷地内を歩いていると、ひとりの男性とすれ違いました。これと言って特徴は無かったように思います。

特徴が無い、これはおかしなことだと思います。顔に特徴が無いと口で言っても、どこかしか目に付くようなところは必ずあるからです。

けれどあの男性は本当にこれと言う特徴が見当たらず、何もかもが「どこにでもある」感じだったのです。

 

その時は「ここに住んでる人かな」と思いながら通り過ぎていきました。向こうは特にこちらを気にする様子もありませんでした。

男性が横をすれ違ってそのまま遠ざかっていくのを、私はなんとなく横目で追っていました。

歩いて行った男性が見えなくなって、私が目線を前へ戻した時のことでした。

 

まったく同じ顔をした男性が、前から歩いてくるのが見えました。

 

思わず目を見開きました。薄いブロンドの髪、高めの鼻、小さな口。何もかもが完全に一致していたのです。

テレビゲームで同じ顔のキャラクターが何人もいる、というのは珍しくないと思いますが、あれとまったく同じことが目の前で起きていました。

何より、顔だけではなく着ている服まで同じだったのが衝撃的でした。

 

あれはさっきの人だろうか? でもどうやって前から? 怪しまれないように目を逸らすふりをしつつ横目で様子を伺います。

しかし、向こうはこちらを気に掛けるでもなく、先に出会った人が向かった先へ歩いていきます。

さっきと同じように目で追って、また同じように見えなくなるまで視界に捉えてから、私は恐る恐る前を向きました。

 

……また、まったく同じ顔をした男性が、前から歩いてくるのを見てしまいました。

 

この時点で私は「ここにいてはいけない」と感じました。次に歩いてくる人には目もくれずに振り返ると、一目散に元来た道を戻りました。

入ってきた時と比べてずいぶん早く出たような気がしますが、正直怖さが勝って記憶が正確じゃないだけだと思います。

しばらくして元々乗るつもりだった列車が来たので、私は早くこの場所を離れたくてすぐに乗り込みました。

 

今こうして何事もなく暮らしているのですが、時折あの団地の風景が脳裏をかすめることがあります。

無数に立ち並ぶ同じ形の建物、規則的に取り付けられた同じ色のドア、ドアの向こうに広がる同じ間取りの部屋、そして……同じ顔をした人たち。

建物の方は取り壊されてもう跡形もなくなっていたとしても、彼らはどうしているのでしょうか。

 

もう二度と顔を合わせることがありませんように。ただそう願うばかりです。