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この物語はフィクションです

今から私がするこの話はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは、一切の関係はありません。

すべては私が創作したもので、本当に起きた出来事ではありません。実在の人物・団体・事件とは、一切の関係はありません。

繰り返します。今から私がするこの話はすべてがフィクションであり、想像の産物です。実在の人物・団体・事件とは、一切の関係はありません。

 

それは大学に通っていた頃のことでした。当時所属していたゼミに、結城さんという先輩が在籍していました。

結城先輩はいわゆるオカルトや心霊に関する知識がとても豊富で、飲み会の席で私が話を振るたびにいろいろな話を聞かせてくれました。

ネットで見た話、友人から聞いた話、そして結城先輩が実際に体験したという話。一つとして同じ物はなかったように思います。

 

結城先輩は私たちに怖い話をしたあと、決まって「これはフィクションで、本当に起きたことじゃないよ」と付け加えていました。

いかにもな作り話の時も、生々しく現実味のある話も、最後は必ず「すべて創作だ」と言って締めくくるのです。

ゼミ生の中には「風情が無い」とか「本当に起きた話が聞きたい」と零す人も少なくなく、私もそう思うことがたびたびありました。

 

私たちが不満の声を上げることを見越してか、結城先輩は「気持ちは分かるけど、そういうものなんだ」と宥めていました。

怖い話やオカルトを楽しむのはいいことだ、けれど娯楽として楽しむからにはすべてがフィクションでなければならない、と。

いつもフィクションだと言っていましたから、先輩の話が事実だったのかどうかは分かりません。先輩を信じるなら、すべて創作でしょう。

 

ある時、私は一人で先輩の家へ行く機会がありました。先輩と特に親しく、他のゼミ生がいない時に二人きりで話をする機会も多かったからです。

そこでいつものようにお酒を飲みながらオカルト話を聞かせてもらっていたのですが、不意に先輩が黙り込みました。

普通に話をしていたところが急に静かになってしまったので、具合でも悪くなったのかと心配になり「大丈夫ですか」と声を掛けました。

 

先輩は少し間を空けてから「気のせいかも知れないけれど、最近誰かに見られているような気がする」と口にしました。

いわく、この部屋で自分一人になった時に、窓の外から刺されるような視線を感じる――とのことでした。

具体的に誰に見られているのかは分からないし、窓の外から自分を見ている誰かがいるのかも分からない。ただ見られている感覚があるのだと。

 

見られている感覚というのが何かは私にも掴めませんでした。少なくとも先輩の部屋でそのような感覚を覚えたことはありません。

けれどその話をしてくれた時に見た先輩の様子は本気というか、嘘を言っている感じは少しもありませんでした。

語尾がうわずって、少し言葉も震えていたように思います。今思い出してみても「怖がっている」印象がとても強かったです。

 

それからしばらくして、先輩と連絡が付かなくなりました。ゼミの講義に出席しなくなり、電話も繋がらなくなりました。

住んでいたアパートに行ってみても人の気配がまったく無く、ポストには郵便物が詰め込まれたまま放置されています。

かつて先輩がしていた怖い話の結末としてよく使われた「行方知れずになった」という状況が、先輩の身に起きたようでした。

 

以後、先輩の姿を見かけたことはなく、またどこかで見つかったという話も聞きません。全くの音信不通です。

先輩の姿が脳裏に浮かぶたび、「誰かが自分を見ている気がする」と言っていた時の様子を合わせて思い出します。

あの時はいつもと違っていました。普段必ず口にしている言葉を、あの時に限っては付け加えませんでした。

 

「これはフィクションで、本当に起きたことじゃないよ」

 

あの時私に話したのは、部屋の中で誰かに見られている気がするという、怖い話としてはごくありふれた特徴のないものでした。

けれどそれは先輩にとって創作でもフィクションではなく事実だった。それを事実だと認識してしまった。

先輩の中であの視線は空想の産物でも誰かの作り話でもなく、紛れもない現実になってしまったのだと感じます。

 

心霊現象や怪奇現象がフィクションではない、本当に起きた話になってしまった時、人間は驚くほど無力なのかも知れません。

人からどれほど恐ろしい話を聞いたとしても、どこかで身も凍るような体験談を見たとしても、自分自身が考え出したとしても。

あるいは――己の身に本当に起きたことだとしても。

 

それは創作で、フィクションでなければならない。本当に起きたことだと認識してはならない。

 

だから、この話は最初から最後まで創作されたフィクションです。先輩が失踪したのも、先輩が怖い話をしていたのも、先輩の存在自体も。

すべては私が考え出した創作で、フィクションで、実在の人物・団体・事件とは一切の関係がない。

だから、この話はフィクションです。あなたが目にした、耳にした怖い話は、すべてフィクションです。

たとえ本当の話だったとしても、フィクションでなければならないんです。

 

この話はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは、一切の関係はありません。