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手編みのマフラー

私としては結構不気味だと感じた出来事なんですが、内容が内容だけに夫や子供に話すこともできず、ずっと独りで抱えてきた話になります。

これと似た経験をされたという方もほとんどいないと思いますし、偶然で片付けるにはあまりに確率が低すぎて、何かの意図が働いているようにしか見えなかったです。

とりあえず何が起きたのかを話してみないことに始まりませんので、聞いていただければと思います。

 

高校生だった頃のことでした。当時、私には好意を寄せている男の子がいました。ここでは仮にAさんとしておきます。

振り返ってみればあまりにも前のめりすぎだったと気恥ずかしくなるのですが、私はAさんに告白と同時にプレゼントするためのマフラーを編んでいました。

マフラーならある程度身長や体形を問わず使えますし、セーターなんかに比べて編むのが簡単だったので、不器用な私でもできるというメリットがありました。

 

ところが、Aさんは年末になって急に引っ越してしまいました。これがかなり急だったみたいで、朝の会で先生から「Aさんは転校しました」とだけ言われたんです。

お別れのあいさつなどもまったくなく本当に突然だったので、悲しいとかショックとかを通り越して、ただ頭が真っ白になったことだけ覚えています。

言うまでもなく、せっかく編み上げたマフラーも渡す相手がいなくなってしまい、しばらく学習机の上に放置していました。

 

それから半年くらいそのままにしていたのですが、いつまでも手元に残しておくのも変だと思い、母に相談してみました。

母はしばしばフリーマーケットで不用品を売っていたため、そこに出してみてはどうかと言います。特にこだわりもなかったので、二つ返事で了承しました。

ひと月もしない内に町内でフリーマーケットが催されて母が例によって参加し、そこでマフラーは見知らぬ人に買われていったとのことでした。

 

手編みのマフラーが無くなった後は少し寂しさもありましたが、これで吹っ切れたという気持ちの方が強かったです。

大学へ通い始めるとマフラーのことなどすっかり忘れてしまって、講義にサークルにバイトにと大学生らしく忙しい日々を過ごしました。

何かいい出会いは無いかと合コンなんかにもちょくちょく顔を出しましたが、結局大学生の間はシングルのまま過ごしたのでした。

 

ゼミの先輩が入社していたことで繋がりのあった会社に就職し、それと同時に地元を離れて上京する運びとなりました。

それまで一度たりとも引っ越しもせずずっと地元に住んでいたので何かと大変でしたが、慣れてしまえば都会の便利さにすっかり慣れてしまいました。

仕事も順調で、これといって躓くこともなく五年ほど勤めた後、人事ローテーションで別の部署へ移動しました。

 

現在の夫とは、異動先の部署で仕事を教えてもらったことで知り合いました。同じく地方出身で趣味も似たり寄ったり、何かと馬が合ったんです。

付き合い始めてからとんとん拍子で結婚しようということになり、一年も経たないうちに籍を入れました。いわゆる職場結婚です。

お互いの両親との対面も至ってスムーズで、こんなにうまく行くものなの? とちょっと不思議に感じたほどでした。今もしばしば互いの実家へ帰省しています。

 

ただ、ここで最初に言った不気味な出来事が起こったんです。

夫の実家へ行くようになってからしばらくした後、夫が実家で暮らしていた時に使っていた部屋へ入る機会がありました。

荷物を整理しきれていないと言っていて、確かに高校で使っていたらしい教科書や古い服などがそのまま残っています。そうして何気なく部屋を見ていた時でした。

 

「あれ? このマフラーって……」

 

明らかに見覚えのある、しかし明らかに不自然なマフラーがありました。そう、かつて私が手編みしたマフラーだったんです。

やや不格好な模様、毛糸の色選び、ちょっと中途半端な長さ……すべてに見覚えがありすぎました。それがどういうわけか夫の部屋にあったんです。

私の実家は関西、夫の実家は東北……とお互い大幅に離れていて、夫の部屋にこれがあるとは到底考えられません。

 

夫にこのマフラーをどこで買ったのか聞いてみたところ、大学在学中に古着屋で売っているのを見つけたとのこと。

それまでに誰が持っていてどういう経緯で夫の元までやって来たのかなどはまったく分からず、夫もマフラーの出自を気にしたことはなかったとのこと。

確かなことは、当時好きだったAさんに向けて編んだマフラーが、巡り巡って今の夫のところまで行き着いたということだけです。

 

確かにマフラーを編んでいるときは、Aさんのことを思いながら作業していた記憶はあります。念がこもっていたと言えばこもっていたでしょう。

しかし、フリーマーケットに出してすっぱり縁を切ったにも関わらず、どういう因果か今の伴侶である夫の元にまで行き着いてしまった。

私自身は綺麗さっぱり忘れてしまっていたつもりだったのですが、マフラーはそうではなかった、ということなのでしょうか?

 

あらゆる人間には執着があります。ものすごく強い執着が、岩を穿つように思いを遂げさせることもあると理解しています。

ですが、夫の部屋にあった手編みのマフラーを見て、ふと思いました。

執着というのは、人が一から十まで全部コントロールできるわけではない。忘れてしまったとしても、勝手に独り歩きしてしまうこともあるのではないか、と……。