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鏡に自分が映らない日

鏡にまつわる怪談や怖い話はいくつかあると思います。私も「ムラサキカガミ」の話や「重ね合わせた鏡の向こうに悪魔がいる」という話を耳にしたことがあります。

私が今からする話も、もしかしたら私が知らないだけでポピュラーな怪談のひとつなのかもしれません。自分からは怖くてあまり調べられていないこともあります。

……正直なところ、ありふれた話、他でもよくあること、気にする必要はない。そうであってほしいです。

 

気付いたのは小学五年生の頃でした。その頃からおよそ半年に一度くらい「自分が鏡に映らない日」があるんです。手鏡にも姿見にも、すべての鏡に映りません。

映らないのは自分ひとりだけで、他の人は普段通り映っているのは分かります。他の人が見た私も鏡の中にいるようです。

まとめると、自分だけが自分を鏡で見ることができない、他の人はなんら変わらない日がある、一日経つと元通りになる……といったところです。

 

最初は驚いたのですが、人間とは不思議なもので、回を重ねるごとに「そういうものなのだろう」と考えるようになってきました。

あいにくそろって名前を忘れてしまったのですが、当時の同級生のうち何人かが「自分も同じことが起きた」と言っていたのも大きかったです。

小学校の卒業アルバムを見返してみても、これについて話していたのが誰と誰だったか思い出せないのはいささか奇妙なことではありますが……。

 

中学二年になる頃にはもうすっかり慣れっこで、鏡に映らない日は「髪をセットするのがめんどくさいな」くらいにしか思わなくなっていました。

幸いなことに母に頼むといつでも丁寧に整えてくれたので、それで何か困ったりしたことはありませんでした。ちなみに、母には私の姿が鏡にもちゃんと見えていたとのこと。

「中学生になるとそういうことを言いたくなるもの」と笑ってすらいたので、たぶん俗に言う中二病か何かだと思われていた可能性が高いです。

 

受験勉強をしていたので中学三年生、それももう終盤に差し掛かった頃だったはずです。私は夜遅くまで志望校の過去問に取り組んでいました。

で、確かその日も鏡に自分の姿が見えなかったはずでした。これくらいになるともう「またか」くらいにしか思わず、普段通り過ごしていた記憶があります。

もうすぐ日を跨ぐという時間になって、私はふと思い付きました。

 

「日付が変わる瞬間に鏡の前にいたらどうなるんだろう?」――と。

 

いいことなのかは分かりませんが善は急げということで、私は過去問の本を広げっぱなしにして洗面所に向かいました。

あと三分ほどで日付が一つ進みます。鏡に自分が映らないのは一日だけということで、恐らく日を跨ぐ瞬間にリセットのような仕組みになっているはず。

今までその瞬間を見たことがありません。割と早く寝てしまうのもあって、こうして夜更かしすること自体珍しかったりするのですが。

 

両親と妹は既に寝ているので大きな音を立てないよう静かに洗面所へ向かい、スライドドアを閉めてから明かりを点けました。

鏡にはまだ私の姿はありません。まもなく、あと一分もしないうちに明日になるはずです。どうなるんだろうかとちょっとワクワクしていました。

急に自分がパッと姿を現すのか、それとも瞬きするくらいまでは消えたままなのか。そのどちらかではないかと思いつつ、ついに時刻が0時になりました。

 

閉まっているはずの入口の方から私が現れて、鏡の前にやってきました。

 

絶句して鏡を見つめていると、向こうにいる私は辺りを見回してから、向こうから見て「鏡の向こう」にいる私と視線を合わせました。

向こうにいる「私」は私を見てぎろりと目を光らせ睨みつけたあと、何か言いたげに口を動かしますが、声は聞こえず何と言ったのかは分かりません。

しばらくするとその仕草をスッとやめて、まるで何事もなかったかのように――今の私と同じ、驚いて目を見開いた表情を見せました。

 

呆気にとられた私が手を振ってみたり顔を動かしたりしてみると、鏡の向こうの私もまったく同じ動きを鏡映しで行います。

元の鏡としての機能を取り戻して、鏡に映る像が自分と違う動きをするようなことはなくなりました。何から何まで普通の鏡です。

私はすっかり震えあがって、洗面所の電気を消すのも忘れて慌てて自分の部屋へと退散しました。

 

以来、鏡に自分の姿が映らなくなる、ということはなくなりました。ただあの時のことが不気味すぎて、今でも鏡を見るときに無意識のうちに体が強張るのを感じます。

もちろん、日を跨ぐようなタイミングで鏡を見ることは絶対にできなくなりました。試そうと思うことすらありません。

 

また、ひとりでに鏡の向こうの自分が動いたりしたら、たまったものではありませんから……。