しばらく会っていないうちに、知っていたはずの人の様子がすっかり変わってしまう。それ自体はそう珍しいことでもないと思います。
私の知り合いにも、高校生の時に筋金入りの不良で通っていた子がお堅い仕事を着実にこなしていたり、あるいはその逆とでも言うべきことが起きたりしています。
ただ……自分の身内、それも特に関わりの深い両親に同じことが起きるとは、正直想像もしていませんでした。
私の実家は片田舎にあるかなり古い一軒家で、私と両親の三人暮らしでした。兄弟姉妹はおらず、いわゆる一人っ子です。なので、私がいない間の両親の様子を知る人はいません。
高校を出て東京の大学へ通うまでは実家で暮らしていたのですが、正直あまり居心地のいい場所とは言えなかったです。早く出たいのが本音でした。
負けん気の強い母と、ちょっとしたことで激昂する父。二人はいつも喧嘩をしていたように思います。言い争う声を聞きながら育った嫌な記憶があります。
二人の神経を逆撫でしないよう、少なくとも小学生頃からかなり気を遣って過ごしてきました。おかげというか、私に矛先が向くことはほとんどありませんでした。
しかし居づらい、居ると息苦しいという感情はいかんともし難く、私は高校を卒業したら家を出て遠くの大学へ通おうと心に決めていました。
ここに行きたい学科があるから、と半ば嘘をついて東京にある大学を受験、合格してからは一人でアパートを借りると宣言し、逃げるように実家を後にしました。
在学中も帰省したのは数えるほどしかなく、そのまま東京で就職。幸い会社も仕事も私とよく合い、社会人として順調に暮らせていると思います。
そうして二年ほどは仕事が多忙だ、なかなか休みが取れないなどと言って実家から遠ざかっていたのですが、ある時母から電話がありました。
時期的に特別仕事があるわけでもなく、いわゆる閑散期だったこともあり、仕事を言い訳にするのは難しいなと思いながら電話に出ました。
母からは「少しこっちに帰ってこない?」そう提案されました。横からは父も「たまには顔を見せてほしい」と言います。
正直、この時点で妙だと思いました。いつも怒っていた気がする母の声色はすっかり落ち着いていて、隣の父もまるで別人のように穏やか。
それでいて声色は明確に両親のもので、その違和感のなさがかえって違和感を増幅させていました。声色と声の掛け方が噛み合わない、と言うべきでしょうか。
「機嫌がいいのだろう、少しならいいか……」そう思った私は、ちょうどまとまった休みが取れたこともあり、二泊三日で帰省すると伝えました。
帰ったらまた不機嫌だったりするのだろう、私も大人になったし少しは口を出した方がいいかも知れない。そんなことを考えながら地元へ帰ったのを覚えています。
しかし、私を待っていたのは、なんというか予想だにしない光景でした。
私を車で迎えに来てくれた母はその足で買い物へ向かい、慣れた手つきで食べ物を買っていきます。父に頼まれたそうですが、この時点で私の知っている両親と著しいギャップがありました。
そして家では、父が洗濯を干し終えて掃除機をかけているところでした。おお、お帰り。父は聞き覚えのある声で、しかし絶対父が言わなさそうな調子で出迎えてくれました。
私が来るから無理をしているのでは? そんな風に考えていましたが、両親は肩肘張るどころかリラックスした調子で、終始穏やかな空気が流れていました。
機械を嫌がっていた母がパソコンを使って町内会の資料らしきものを作り、家事は絶対しないとまで言っていた父が台所に立って手際よく料理をしている。
結局私がいた三日間、両親は喧嘩どころか口論すらする気配もなく、さりとて何か無理しているわけでもなく、むしろこれが自然だとばかりに過ごしていました。
今の両親は二人でしょっちゅう旅行や催しに出かけ、何をするにも一緒だと言っていました。私は目を白黒させますが、大量に撮られた写真はそれを裏付けていました。
思い切って子供の頃よく喧嘩していなかったかと訊ねたのですが、両親ともにどうも記憶が曖昧で「今とあまり変わらなかった気がする」と言われました。
ただ、私としても以前のギクシャクした関係を望んでいるとかそういうわけではまったく無かったので、それならそれで……と引き下がりました。
それからは帰省の頻度を上げて年に二度は顔を出していますが、両親の仲は良好なまま十年が経過しました。
何か和解したり考えを改めるきっかけがあったのだろうと思うのですが、だとしてもここまで何もかもが劇的に変わるものなのでしょうか?
良い方向に変わったからそれでいいじゃないか、それで済ませてしまっても構わないのですが、やはりどうしても気になります。
子供の頃の両親と今の両親。本当に……二人とも、同一の人物なのでしょうか?