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夢の中で誰かを殺した

悪い夢を見たからといってすぐに怖い話と結びつけるのはどうかと自分でも思うのですが、以前あまりにも奇妙な経験をしたことがあります。

それは間違いなく夢なのですが、もしかすると現実に何か影響を与えてしまったのかもしれないんです。

皆さんがこれをただの妄想や偶然だと言い切ってくださると信じて、起きたことをそのまま記載しようと思います。

 

今から三年半前の出来事です。当時は不規則な時間の勤務が続いていて、その日も朝の四時から昼の三時までという中途半端な時間に仕事がありました。

連日の勤務で疲労していた私は、帰宅後にシャワーを浴びるとそのまま布団へもぐりこんで寝てしまいました。

次の日も同じ時間帯での勤務が既に予定されており、睡眠時間を確保する必要があったからです。

 

布団に入ってから間を置かずすぐに寝付いたのですが、その時に不気味な夢を見ました。見知らぬ道にひとり立っていたのです。

辺りは日が落ちて真っ暗になっており、街灯の明かりだけが光源になっていました。それが点々と、結構な間を置いて立っています。

まったく見覚えのない道でしたが、どこかに実在する道だと直感しました。具体的な地名までは分かりませんでしたが……。

 

夢はとにかく奇妙でした。ほんの少し前まで布団にもぐっていた記憶があるにもかかわらず、確かな現実感があったのです。

夢特有の浮揚感も現実離れした感覚もなく、本当にその場にいる感覚が私を支配していました。間違いなく夢のはずなのですが。

そしてもうひとつ、どうしても書いておかねばならないことが一つあります。

 

包丁を握っていました。普段料理をするときに使っている、見覚えのある包丁を手に持っていました。

 

握った感触も持った重さもまさに使い慣れている包丁そのもので、一切の違和感を覚えませんでした。

見知らぬ場所で包丁を持って立っている、そのこと自体の異様さを忘れてしまうほどです。

今の自分はこうあるべきなんだという、一切根拠がないのに絶対的に正しいという不思議な感覚が私の中にありました。

 

前方から人が歩いてきます。スーツを着た中年男性で、もちろん見覚えはありません。顔もまったく知らない人です。

夢の中の私は「彼を殺す必要がある」という強迫観念に囚われていました。殺さないとどうなるのか、殺すとどうなるのか。それは分かりません。

皆さんも一度は経験があると思います。夢の中で情緒が不安定になり、意味の分からないことで泣いたり感激したりすることが。

 

私は街灯の下を歩く見知らぬ男性の元へ向かいます。包丁はもちろん構えたままです。相手がこちらに気付いた様子はありませんでした。

彼が暗がりに入った直後、私は大きく踏み込んで男性の前に身を躍らせ、躊躇うことなく胸を一突きしました。心臓を的確に狙いました。

男性はうめき声を上げてその場に倒れ込み、辺りに血だまりが広がりました。そこで私は「あっ」と我に返ったのです。

 

……そこで目が覚めました。額に汗をびっしょりかいていて、心臓がいつもの倍くらいのスピードで鼓動を打っていました。

三分ほど放心状態でいて、ようやく悪い夢を見ていたのだと確信し、私は大きく息をついて安堵しました。時計を見ると朝の二時、もう起きなければなりません。

仕事を終えて帰宅し、まともに食事もとれなかったので何か作ろうと準備していると、ある違和感に気付きました。

 

間違いなくシンク下に片付けてあったはずの包丁が、なぜか調理台の上へ置かれていました。

 

その光景を見た途端、昨日見た生々しい夢のことを思い出してしまい、背筋に冷たい感覚が走りました。

包丁は綺麗に洗われていて、特に汚れてはいませんでした。血まみれになっている……なんてこともありません。最後に使った時のままに見えます。

何か意味があるように思えてならなかったのですが、あれは所詮ただの夢だ。そう言い聞かせて、私はそのまま包丁を使いました。

 

それから何事もなく過ごせているのですが、あれは本当にただの夢だったのか自信が持てずにいます。

ネットでニュースを見ていると、自分が住んでいる神奈川から遠く離れた和歌山で、中年男性が刃物で刺殺されたという事件が報じられていたのです。

心臓を一突きされており、凶器は見つかっておらず、犯人の行方は分からない……とも。

 

私が何かしたわけではない、そう信じていますし、物理的に何かできるような距離ではないとも感じています。

それでも、あの日見た夢と妙にシンクロしていると感じて、胸騒ぎが収まりません。

あれはただの夢だった。そう言い切ってしまっていいのでしょうか?