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第八話「Kill DOG As A Sacrifice to DOG」

「今日は何を作るのかな?」

「せやなー。昼は素麺やったし、夜はから揚げでもしよか」

「うん。いいね」

一階のお茶の間に降りて、座布団の上に腰を落ち着けていると、台所の方から話声が聞こえてきた。今日は鶏のから揚げを作るみたいだ。

……鶏のからあげ……

「……………………」

僕はその言葉を聞いてふと、僕の横にいるであろう「彼」の姿を見てみた。僕はゆっくりと顔を動かしながら、目の前にどんな光景が広がっているかを想像してみた。

「か、か、かー……」

「……………………」

大方の想像通り、部屋の隅っこに移動して、できるだけ体を小さく折りたたんでいた。なんだかその姿を見ていて、僕はとっても可哀想だと思った。やっぱり、鳥だもんね。「鶏のから揚げ」なんて単語を口に出されて、恐くないわけなんかないよね。

「ぴこぉー……」

僕はそらを少しでも慰めてあげようと思って、そらのすぐ隣に腰掛けた。

「かー……」

「ぴこぴこ」

「……………………」

「ぴこぴこぴこ」

「……かー……」

「ぴこー」

そらは僕の体に頭を擦り付けて、気持ち良さそうにしている。どうやら僕のふわふわでもこもこの毛に触っていると、気持ちが落ち着くらしい。僕はくすぐったいんだけどなあ。

 

「そっちはいけたか?」

「うん。ばっちり。お母さんは?」

「もうすぐ終わりや。あの子ら連れて来たりや」

「あ、はーい」

僕とそらがもにもにし合っていると、晴子さんに言われた観鈴ちゃんがお茶の間にやってきた。

「わ、そらとぴこ、すっごく仲良くなってる」

「ぴこっ」

「かー」

「よかったよかった。二人は仲良しさん」

僕は観鈴ちゃんの腕に抱かれ、そらは肩の上に乗って、台所へと向かった。

 

「そら、さっきからすごく震えてる……」

「どないしたんや? 風邪でも引いたんかいな」

「……………………」

四人がけのテーブルに、観鈴ちゃんと晴子さん、それに何故か僕とそらも席を割り当てられて、二人と二匹の夕食が始まった。ちなみに、僕の隣が観鈴ちゃんで、観鈴ちゃんと向かい合うように晴子さんが座っている。

「このから揚げ、ごっつうええ感じやん。観鈴、また上手になったなぁ」

「にははっ。観鈴ちん、料理上手」

「せや。観鈴ちんは料理上手や。ええお嫁さんになれるで」

観鈴ちゃんと晴子さんはにこにこ笑顔で会話しているけれど、

「く、く、く、くけけ……」

「そら、どうしたのかなぁ……」

「なんや、縁起悪い鳴き声やなぁ。ナタは納屋にあるけど取っ手しかないで」

「くけけけけけ……」

そらは息も絶え絶えで、真っ黒な体が心なしか青みを帯びているような気がした。体の震えはもはや絶頂に達している。このままだと、死んじゃうかも知れない。

「やっぱり鶏肉はええなぁ」

「うん。観鈴ちんも大好き」

「それで、やっぱり新鮮なやつに限るで」

「そうだよね。その方がいいよ」

僕は観鈴ちゃんからもらったから揚げをちまちまと食べながら、そらの様子を観察する。

「……………………」

もう、声も出ないみたいだ。多分今そらの頭の中では、黒い羽がむしられて、体を三枚に下ろされて、衣をつけて油でこんがりとあげられる自分の姿が無限ループしていることだろう……うわあ……ちょっと考えただけで、僕にはとても耐えられない。

「く、くけけけけけ……」

そらの搾り出すような声が、僕にはとても痛かった。

………………

…………

……

「せや。観鈴。せっかくやし、なんか飲めへんか?」

夕食の最中、晴子さんがこんなことを言い出した。

「わ、いいね。お母さんはお酒飲むの?」

「当たり前やがなー。観鈴はあれか? またあのヘンなジュースか?」

「うんっ。確か、まだ冷蔵庫の中にあるから」

「そかそか。それじゃ、飲みながら食べよか」

晴子さんが席を立って、台所の奥にあった一升瓶と、冷蔵庫の中にあった紙パック入りのジュースを二つほど取り出した。戻り際にガラスのコップを手にとって、テーブルの上に置く。

ジュースには……良くは分からないけど、何か文字が書いてある。色は桃色だ。

「今日は早うに帰ってこれたから、じっくり飲めるでぇ」

「あんまり飲みすぎちゃダメだよ」

「分かってる分かってる。悪酔いせぇへん程度にしとくから。それじゃ、乾杯や」

「うん。かんぱーい」

お酒を注いだコップと紙パックが空中でぶつかり合って、音のない乾杯が交わされた。

 

「それでや観鈴。最近、なんかええことないか?」

「えっと……例えば、どんなことかな?」

「言わな分からんか~? ほらほら、あの子とかあの子とか!」

「わ、お母さんっ」

お酒が入った晴子さんが、観鈴ちゃんに微妙に絡んでいる。観鈴ちゃんは顔を真っ赤にして、晴子さんの言葉にいちいち驚いている。

「なんや、まだ進展ないんかいな……もうあれから大分経つんと違うんか?」

「うん……でもね、やっぱり、上手く気持ちを伝えられないんだよ」

「あかんでー。そんな弱気になっとったら。観鈴、あんたは誰の子や?」

「もちろん、お母さんの子だよ」

「せや。観鈴はうちの子や。うちみたいに強気で行ったらええんやで」

「……うん。もうちょっと、頑張ってみるね」

観鈴ちゃんはちょっとはにかんだ笑顔を浮かべて、紙パックのジュースを飲んだ。見ていると、なんだか美味しそうだ。

「……それにしてもや、観鈴」

「ん? どうしたのお母さん」

「それ、おいしいんか?」

「えっ? これ?」

晴子さんが指さしたのは、観鈴ちゃんの飲んでいるジュースだ。観鈴ちゃんはストローを加えたまま、こくりと頷いた。

「すっごくおいしいんだよ。お母さんも飲んでみる?」

「いらんいらん。それ、前飲んで死にそうになったわ」

「ちょっと残念……」

観鈴ちゃんは残念そうな顔をしながら、ちゅーちゅーとジュースを飲み続けている。

……と。

「あ、そうだ」

「ぴこ?」

僕のほうを向いて、観鈴ちゃんが言った。

「ねえぴこ。ぴこはこのジュース……どろり濃厚って言うんだけど、飲んでみたいかな?」

「ぴこー……」

「どうかな?」

観鈴ちゃんは僕に、今観鈴ちゃんが飲んでいるジュースを分けてくれるらしい。見ているとなんだかおいしそうだし、から揚げを食べてちょっと喉が渇いていたから、僕は、

「ぴこっ」

「わ、頷いた。それじゃぴこ、これ、ちょっとあげるね」

大きく頷いて、ジュースをおすそ分けしてもらうことにした。

「あーあー。後悔しても知らんでぇ」

「かーっ! かーっ!」

晴子さんがため息混じりに言い、そらが激しく鳴いている。僕はその二人の様子にちょっと不安を感じながら、観鈴ちゃんの差し出したストローをくわえた。

「ちゅーって吸うんだよ」

「ぴこ」

観鈴ちゃんに言われて、僕は息を吸い込むようにストローからジュースを

 

(!!!)

 

……吸い込んだ途端、僕は息ができなくなった。

喉が、僕が吸い込んだもので塞がれたのだ。

「わ、ぴこっ。顔が青くなってるっ」

「ぴ、ぴこぴこぴこ……」

僕は口の中で蠢く甘ったるいものを何とかして飲み込もうと、賢明に口の中で努力を重ねる。けれどそれは、一向に中へ入っていこうとしない。

「ぴ……こ……」

だんだん、僕の意識が遠くなっていくような気がした……

「あーあー。言わんこっちゃないわ。ほら、ぴこぴこ。こっちに来いや」

「ぴ……こ……」

僕は晴子さんに首根っこを引っつかまれて、膝の上に置かれた。だんだんと視界が暗くなってくる。

「ぴこぴこー。今から晴子さんが楽ぅにしたるから、頑張って口開け」

「ぴ、ぴこ……」

全身に残ったわずかな意識を瞬く間にかき集めて、震える口を半分ぐらい開けた。

「わ、お母さん、それは……!」

「大丈夫やて。ぴこぴこー。これで楽になれるでー。一気に行きやー」

そう言って、晴子さんは僕の口に何かを注ぎ込んだ。

 

(!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!)

 

僕の。

僕の、口の中で。

猛烈に甘ったるい、溶けてしまうような感覚と。

舌がしびれて、体がバラバラになりそうな感覚と。

……それから、さっき食べたから揚げの感触とが口の中で入り混じって、三位一体の大暴れを繰り広げている。

その感覚は、僕のふさがれた喉にもどんどん押し寄せてくる。

何が起きているのか、まったく分からない。

頭の中がぐるぐるになって、今まで見たこと聴いたこと感じたこと考えたことが、無造作に次々と湧き出てくる。

……あれ?

そう言えば……

 

――「ん? なんやこれ?」――

――「犬か? ヘンな犬やなあ」――

――「ほー。この辺りで寝とったみたいやな」――

――「うちの裏庭に勝手に入って寝るとは、ええ度胸しとるやん」――

――「よっしゃ。あんたにはうちが『マスターオブ裏庭』の称号をあげるわ。喜びやー」――

――「で、こんなところで何しとったんや? 寝とったんか?」――

――「ま、なんでもええわ。うちと一緒に酒飲も。一緒に飲んでくれる人誰もおらんのや」――

――「ほーれ。一気一気。ガンガン行きやー」――

 

……ああ。

……そういうことだったんだ……

……僕は……今からずっと昔、この家を寝床にしていて……

 

……その時に……

……女の人……

……晴子さんと出会って……

 

……ちょうど、今こうしてるみたいに……

……お酒を無理矢理いっぱい飲まされて……

……今僕が味わっているような、地獄の苦しみを体験したんだっけ……

 

「ぴこ……」

僕は、薄れゆく意識の中で。

昔僕の身に起きた出来事を思い出した。

 

……そのまま、僕は深い深ーい闇の中へ転落していった……

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。