地方都市で独り暮らしをしていた頃のことです。今から三十年以上前の話なので、多少記憶が薄れている部分もあるかと思います。
誰に話しても「そんなもの見たことない」と言われるばかりなのですが、私としては夢や妄想ではない……と思いたい気持ちがあります。
シンプルに不気味で意味不明な出来事だったので、ひとまず聞いていただければ幸いです。
私は仕事の都合で始発電車にて出勤し、昼過ぎ頃に帰宅する生活をしていました。会社が組んでいた勤務シフトの都合です。
変則的な勤務時間でしたが、私は朝早く起きるのが得意だったため特に苦にならず、早朝勤務で手当ても付くのでむしろラッキーくらいに考えてました。
早上がりできるのでちょっと映画を観に行ったりまだ人の少ない居酒屋で悠々と飲んだりと、割と楽しんでいた記憶があります。
というわけで仕事自体にはさして不満はなかったのですが、その時使っていた電車で奇妙な出来事が立て続けに起こりました。
このシフトが始まって二週間くらいが経過した頃だったと思います。その日も私はあくびをしながら始発電車に乗って、いつも座る席へ腰掛けました。
さすがに始発となるとガラガラで、隣のいない端の席を余裕を持って取れるのですが、そこでこんな広告を目にしました。
「?」
それは真っ黒な背景に、白いクエスチョンマークだけが書かれていました。
目を凝らしてみても他に何か書いてあるわけでもなく、本当にただ大きなクエスチョンマークが真ん中にドンと大きく描かれているだけです。
何を宣伝したいのかすらまったく分からない広告でした。そもそも宣伝する気があるのか、というレベルだと思います。
あまりのことに気になってしまい、立ち上がって広告を見に行きました。しかし近付いてみても、クエスチョンマーク以外に何か書かれている様子はありません。
隅に小さな文字で注意書きでも入っていないかと思ったのですが、そういったものも見当たりませんでした。
何が何だか……という気持ちになりつつも元の席へ戻り、電車に揺られながら正面に見える広告をただ見つめていました、
妙なことにその広告を気にしていたのは私だけで、周囲の乗客たちは居眠りをしていたり本を読んでいたりと誰一人として気に掛けていないようでした。
中吊りされている普通の広告と比べてもかなり目を引く異様さだというのに、一瞥すらする気配が感じられなかったのは不気味ですらありました。
会社の最寄り駅に着くとそそくさと下りて、あの広告のことは忘れよう……と深く考えないようにしました。
それからも電車にはほぼ毎日乗ったのですが、例のクエスチョンマークの広告は不定期に見かけることになりました。
これといって表記が追加されるわけでもなく、まったく変わらずに電車へ掲示されています。私以外気に掛けないのも同じです。
もし何か商品やイベントのプロモーションだったとしても、対象が分からなさすぎて効果がないと思いました。
こんな意味不明な広告を見始めてからおよそ一か月後。私はその日も始発電車に乗って会社へ向かおうとしました。
もうここまで来ると逆に気になり始めて、何か少しでも変化があれば見逃さないようにしたい、と考えるようになっていました。多分疲れていたんだと思います。
いつも通り端の席に座って正面を見たとき、その広告が目に飛び込んできました。
「!」
それは真っ赤な背景に、白いエクスクラメーションマークだけが書かれていました。
思わずのけぞりました。黒地の「?」に慣れつつあったところへいきなり変化球を投げられて、頭が軽くパニックになったのを覚えています。
立ち上がって見に行きましたが、もちろん他に何か書かれているようなことはなく、意味不明な広告のままで終わりました。
結局そのシフトを最後に早朝出勤はしなくなり、乗る電車も変わったためかあの広告は見かけなくなりました。
なぜあんな広告があったのか、何を宣伝したかったのか、私以外に気に掛けなかったのはどうしてなのか。
結局何も分からないまま三十年が経ち、このまま忘れられていくばかりなのかな、と思っています。