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独り暮らしの習慣

十年ほど前の上京したての頃のこと。私は都心から幾分離れたところにある、家賃の安いアパートで独り暮らしをしていました。

少し前に別の用件で近くを通りがかった際、そのアパートが変わらずそこにあったのを見て、ふと住んでいた頃の奇妙な記憶が蘇りました。

どういう風に奇妙だったのかが伝わるか不安ですが、その時のことについて書こうと思います。

 

入居してから一か月くらいの間は、特に何も起こらなかった記憶があります。あるいは新しい環境に慣れることに頭がいっぱいだったのかも知れません。

そのアパートは不動産屋で見つけたもので、家賃が安く駅から徒歩十分程度のところにあるという私にとっては好都合なものでした。

築年数はその時点で三十年を超えていた古い建物でしたが、ひとまず寝泊まりできればいいや、ということで即決したのを覚えています。

 

最初の異変……というか、当時を思い出していく過程で「おかしい」と思ったのは、朝起床するのが異常なほど早くなったことです。

それまで七時ごろまで寝て慌てて支度をして家を飛び出す、ということの繰り返しだったのが、一転して朝の四時ごろになると目が覚めるようになったのです。

音がうるさいとかそういうわけではなく、あくまで自然に四時ごろになると起床するようになったのです。

 

このやけに早い起床に限らず、あのアパートに住んでいる間に「いつの間にか習慣になっていた」ことが複数あります。

当時はそれを一切おかしいと思っておらず、何かに強制されていたわけでもないです。自分の意思だと思ってやっていました。

しかし今になって振り返ってみればおかしいことばかりで、なぜあんなことをしていたのか自分でも説明がつかないことばかりでした。

 

アパートに住んでいた頃にだけしていた奇妙な習慣はたくさんありました。歯磨きもその一つです。

元々はごく普通に歯を磨いていたのですが、あの頃は何故か「歯を磨く→口をゆすぐ」を必ず三回繰り返していました。

歯を磨きたくて仕方なかったというわけでもなく、本当に意味もなく三回に分けて歯を磨いていたのです、今はもちろん一度で済ませています。

 

四時ごろに目が覚めるという話をしましたが、起きた後はなぜか電気も付けずに座布団の上で正座をして、一時間ほど何もせず座っていました。

精神統一とかそういう目的があったわけではありません。ただ座っていただけで、当時は何の疑問も持たずにじっとしていたのです。

当然足がしびれるのですが、それすらも含めて一日のルーチンワークのように感じていました。なぜ疑問を持たなかったのかは分かりません。

 

日が昇る頃に朝食を作っていました。これも今になって思うと相当おかしなことをしていたように思います。

朝食をなぜか必ず二食分作っていたんです。一方は朝普通に食べますが、もう一方はラップをかけて冷蔵庫へ入れます。そして帰ってきてから夕飯として食べていました。

会社にいる間は何か別のものを食べようと考えたりするのですが、帰ってくるとさっぱり忘れて朝作ったものを食べていたのです。

 

寝る前にも理解に苦しむ習慣がありました。窓ガラスをじっと見つめてから眠る、というものです。

辺りは街灯も少なく夜になると真っ暗になるのですが、その状態の外を少なくとも三十分ほど見つめてから布団に入っていました。

その間近くにある本や携帯電話を触ったりするようなこともなく、ただじっと外だけを見ていました。当然、今はこんなことはしていません。

 

まだあります。休みの日になると、必ず窓ガラスの拭き掃除をしていました。どんなに暑くても寒くても、あるいは雨が降っていてもです。

洗剤を振りまいて雑巾で拭うというのを毎週のようにやっていた記憶があります。他の場所の掃除はやったりやらなかったりなのに、窓だけは必ず綺麗にしていました。

酷く汚れていたわけでもなく、普通は年一回大掃除の時に綺麗にするような箇所をそこまで頻繁に綺麗にしていた理由は……やはり分かりません。

 

これら奇妙な習慣はすべて何かに強制されたわけではなく、少なくとも当時は自分の意思でやっていたように思います。強迫観念を覚えたこともないです。

しかし五年ほどしてそこから引っ越した途端、すべての習慣がぱったりと途絶えてしまいました。今はどれ一つとして続けていません。

時間が経ってみると非合理で意味不明なものばかりで、さらに相互に関連性がほとんど見られないことをひどく不気味に感じています。

 

あのアパートが事故物件だ、という話は聞きませんが、何かが私にあの習慣をさせていた……という可能性を考えることがあります。

あれ以来、私はときどき自分が習慣にしていることを振り返って、なぜそれをしているのかを考える癖がついてしまいました。

皆さんには、よく考えてみるとなぜ続けているのかを説明できない、そんな奇妙な習慣はないでしょうか……?