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底なしの水たまり

私がかつて通っていた小学校では、いわゆる「学校の七不思議」と言われる怪談が生徒たちの間で噂されていました。

大半は「理科室の人体模型」や「音楽室のベートーヴェン」のようなありきたりな話で、ほとんどの生徒は面白がるだけで信じていなかったように思います。

しかしその中にひとつだけ、奇妙なことが起きる場所として本当に怖がられているものがありました。その話をさせていただきます。

 

通っていた学校は山あいの田舎にあり、私がいた当時から全校生徒をすべて合算してもかなり少ない人数しかいないようなところでした。

ほとんどの学年で一組か二組までしかなく、生徒の少ない年次は教室が丸々ひとつ空いてしまうようなことも珍しくなかったです。

そのため遠足や社会見学は、上や下の学年の子と合同で行うことがよくありました。他の学校でも似たようなことはあると思いますが……。

 

通っていた学校における七不思議のうち、私たち世代の間で「他と毛色が違う」と言われていたのは、校舎の裏にまつわる怪談でした。

もっと正確に言うと、校舎の裏に存在する窪みを指しています。ひと目見て分かるくらい凹んでいたので、私たちの間では「谷」と呼ばれていました。

晴れているときにはこれといって何もないのですが、雨が降ったときにおかしな性質を見せたのを覚えています。

 

その窪みに水が溜まると、まるで底なし沼のようになる性質がありました。

 

前日に大雨が降ったある日、私は友人と共に学校の裏へ様子を見に行ったことがあります。大きな水たまりができていました。

その様子は水たまりと言うより、むしろ池のようでした。水が濁っているのもありますが、まるで底が見えなかったんです。

好奇心が湧いてきて、私と友人はそれぞれ近くにあった少し大きな石を投げ込んでみました。

 

どぼん、と大きな水しぶきが上がり、石は沈んだきり見えなくなりました。手で探ってみても見つかりませんでした。

持っていた傘を水たまりに差し込んでみると、ずぶずぶとどこまでも入っていきます。半分ほど入れても底に付きません。

友人が「底なし沼だ」と言ったのを覚えています。私もまったく同じ気持ちでした。

 

水たまりはそこ入った物すべてを飲み込むだけではなく、時折何かが浮かんでくることもありました。

古びた財布、見たこともない清涼飲料の空き缶、在校生で当てはまる名前のない上靴など。学校が回収して処分していたと聞きます。

時には鳥や鼠の死骸が浮いてくることもあったそうです。この辺りで私も不気味さが好奇心を上回り、水たまりに近寄らなくなりました。

 

そんなとき、別の友人が「二組の安藤が『学校の裏にできる水たまりを調べる』って言ってる」と教えてくれました。

安藤は二組の中心人物でしたが、素行が悪く乱暴な性格をしていて、私はあまり関わりを持ちたくないタイプの同級生でした。

例の水たまりから距離を置いていたこともあり、大して興味も持たずに聞き流したような気がします。

 

先生から「二組の安藤が転校した」と言われたのは、それから一週間後くらいだったと思います。

 

その数日前に大雨が降っていて、窪みに水が溜まっているだろうことは容易に想像が付きました。

恐らく安藤は水たまりを調べに行ったのだと思います。向こう見ずな性格でしたから、何か無茶なことをした可能性もあります。

ただ……それと二学期半ばの中途半端な時期の引っ越しとが何か関係あるのか、私には判断できません。

 

噂によると、あの水たまりへ飛び込んでそのまま沈んでいったとも聞きましたが、その瞬間を見た人は誰もいませんでした。

 

当時の学校はその後廃校となり、現在は更地になっています。フェンスで囲われて立ち入ることもできなくなりました。

あの水たまりがどうなったのかは分かりませんが、学校の取り壊しに伴って埋もれたのだと私は考えています。

……どちらかというと、考えているというより「そうであってほしい」という願望のような気もしていますが……。