昔の人の間では「写真に映ると魂を抜かれる」という迷信が広まっていた時期があると聞いたことがあります。
もちろんそれを信じているわけではないのですが、原理が分からず合理的な説明の付かない心霊写真の類が存在していることも知っています。
私も写真にまつわる奇妙な経験をしましたので、少し聞いていただければと思います。
あれは今から三年ほど前の話です。その日は金曜日で、同僚とかなり遅くまで外で飲んでから帰宅しました。
イエに帰ってきた時点で既に相当酔っ払っていたのですが、当時の私はそれでも飲み足りなかったのだと思います。
冷蔵庫にあった缶ビールを出してきてすぐ空けてしまい、さらに酔いをエスカレートさせたのを覚えています。我ながらバカだと思います。
人間酔っ払うと何を始めるか分からないもので、私の場合はなぜかスマホで自撮りを始めました。
酔っ払いを自撮りして何が面白いのかさっぱり分からないのですが、酔っていた私が写真を撮り始めたのですからどうしようもないです。
最初は椅子に座ったままふざけたポーズを取ったりしていて、今見返してみても自分で自分に呆れるほどです。
そのうち気分が盛り上がってきたのか、自宅の部屋を順番に回ってそこで写真を撮り始めました。
部屋と行ってもリビングとキッチン、トイレと洗面所と浴室くらいで見るべきところなどないのですが、律儀にすべての部屋で撮影しました。
そこまでやると満足したのか急に眠気が襲ってきて、スマホをテーブルの上へ置いてソファで寝ました。服も着替えずに。
次の日。しこたま飲んだおかげで当然悪酔いし、ソファからまったく起き上がれなくなりました。絵に描いたような自業自得です。
休日だったのでそのまま横になり、しばらくすると気分の悪さがピークに達してトイレで吐きました。
吐いたおかげで少し楽になって、あまり横になっているのも何なので座って過ごすことにしました。
テーブルの上へ置きっぱなしにしていたスマホを充電しながら見ていると、昨日酔った勢いで撮影した写真が出てきました。
しょうもないことしたな、と苦笑いしながら写真を見ていきます。画角がずれていたりピントが外れていたりとどれもひどい有様です。
あとで全部消しておくか……そんなことを思いながら、五枚目の写真を見たときでした。
ふざけた顔をしている私の隣に、真っ黒な人影が映り込んでいました。
その人影は黒いもやのような形状をしていて、人間で言うところの目の辺りに青白い光が宿っていました。
私のすぐ隣、少し動けば体が当たりそうな位置に立っていました。表情らしきものはなく、何を考えているのかはまったく分かりません。
驚いて周囲を見回しますが、もちろんそんな存在が部屋にいるようなことはありません。ただ殺風景な独り暮らしの部屋があるだけです。
ほかの写真を見てみますがこのような黒い影が映っているようなものはなく、リビングで撮影した一枚だけがこのような状態になっていました。
姿からして人間ではないことは明らかでしたが、かと言って自分で自分を納得させられる説明もできず。
自分の影が映り込んで、青白い光は照明の光が反射したのだろうと無理矢理言い聞かせて、その場で写真を消しました。
以後、自分の身に何か良くないことが起きたとか、写真にあの影が映るようになった、ということはありません。
本当に何かの拍子でたまたま幽霊のように見えてしまう映り方をしたのかも知れませんが、どうにもそれだけではないような気がします。
とりあえず、あれ以来自撮りをすることは避けています。またあの影がカメラに入ってきては、正直たまったものではないので……。