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世話の焼けるシステム



毎日パソコンに向かうシステムエンジニアの仕事をしている立場で言うのも何ですが、私は幽霊などの存在をまあまあ信じています。

というのも……職場で何度か不思議な経験をしたことがあり、恐らくそれは現在進行形で続いているからです。

怖い話ではありませんので「そういうこともあるのかも」くらいの気持ちで聞いていただければ幸いです。

 

私は本社の一部ユーザーが使用する小規模システムの保守を担当していて、かれこれ五年ほどが経ちます。

これが元々の作りがあまり良くなく頻繁にエラーを出して、その都度保守担当にアラートのメールが飛ぶようになっているんです。

厄介なことにリモートでメンテナンスができず、トラブルが起きると出社して調査と復旧に当たる必要がありました。

 

基盤も老朽化していて早く廃止にならないかと思っているのですが、親会社の方で予算が付かずなかなかリプレースされません。

長らく保守して中の構造はほぼ把握しているので、再構築するとなれば私が主導することになると思います。

ここをこうしたい、あのロジックを書き換えればエラーが減る……など改善点は多数ありますので、早く更改したいのが本音です。

 

ただ……妙なことを言うようですが、このシステムがトラブルを起こしたおかげで良い方向に転がったことが少なからずあるんです。

 

四年ほど前、保守してから一年ほど経った頃の冬でした。早朝の四時にエラーメールが飛んできて叩き起こされました。

基幹システムから受信するファイルに不備があり、この時間に走る取り込み処理がエラーで異常終了してしまったのです。

実は過去にも同件エラーが発生しており、その時と同じように対象レコードをスキップして取り込ませることで対応しました。

 

朝早くに叩き起こされて何とも渋い気持ちになりましたが、その日は特に業務もなかったためシフト出社扱いにして早々に帰宅しました。

ところがその日の夕方、ちょうど定時頃から前触れのない猛吹雪で交通機関が完全に麻痺し、家に帰れない同僚が多数出る事態になりました。

私も定時に出社していたら帰れなくなっていたところなので、早く帰れて助かったのかも知れない、と思いました。

 

システムはというと、雪で交通機関が動かなくなっている間は一切のエラーを出さず、元通りになった途端しょうもないエラーを出してきました。

実はこれに限らず、電車が止まるほどの大雨や大雪が来るという時に限って、それに巻き込まれる前に帰れるようなメールを送ってくることがよくありました。

そもそも呼ばれたくないのは間違いないですが、「システムのお守りをしていたせいで帰れなくなった」ことはなかったりします。

 

二年ほど前にも、深夜の二時にアラートが飛んできて会社に駆け付けました。気持ちよく寝ていたところを起こされて頭痛がしたのを覚えています。

で、これもまた大したことのないデータ不整合エラーでした。アップロードファイルのチェックが甘く、しばしば整合性の取れないデータを通してしまうのです。

利用者宛に翌営業日でのデータ修正依頼のメールを出して、その日も午前中には業務を終えたのですが……

 

実はその日、普段出社時に乗っているバスが自動車三台の絡んだ大きな事故に巻き込まれ、乗客に死傷者が出たのです。

深夜のエラーが発生せず定時通りに出社していれば確実にそのバスに乗っていたので、私も無事では済まなかった可能性がありました。

結果的にではありますが、システムが私を呼び出したことで命拾いしたことになります。

不可解なことに、ユーザーは「確かに正しいデータを入力した」と言っていて、入力元ファイルの値も正常でした。なぜエラーが起きたのかは分かりません。

 

さらに一年前。基幹システムの更改に絡んでリリースの体制を取ることになり、複数のメンバーが近隣のホテルで宿泊することになりました。

私もそのメンツに加わっていたのですが、案の定というかその日の深夜にも更改とは無関係のつまらないエラーが発生し、一人先に会社へ向かいました。

エラーはジョブの再実行であっさり解消し、もうホテルに帰るのも面倒なのでそのまま会社で待機していました。

 

ところが。私がセキュアルームで眠い目を擦りつつジョブを再実行している間、宿泊していたホテルで火災が発生したというのです。

 

止まっていた数人の同僚は命に別状こそなかったものの、煙を吸ってしまい病院へかつぎ込まれる事態に。

しかも……火の手は私の部屋のすぐ近くで上がっており、もし眠ったままだったら煙に巻かれていた虞もありました。

単なる偶然だと理解はしていますが、さすがにこの時はエラーメッセージが出たことに少し感謝したのをよく覚えています。

 

こんな具合で不思議なタイミングでエラーを起こすシステムですが、一週間ほど一切の連絡をよこさなかったことがあります。

それは父が事故に遭って大怪我を負い、急遽休暇を取って母と共に容態を見守っていたときでした。本当にまったくメールを送ってこなかったのです。

幸い父は一命を取り留めて意識も取り戻し、一段落したところで家へ戻ったのですが、その翌日にまたいつものようにショボいエラーメッセージを出してきました。

 

こんな具合でもう五年ほどの付き合いになるのですが、何とも世話の焼けるシステムだという気持ちがあります。

ただ……向こうは向こうで、私のことを「世話の焼けるやつだ」と思っているのかも知れない。最近はそんな風に考えています。