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第十四話「Take the Pain」

「みちるちゃんっ、それ、どんな人ぉっ?!」

「えっとっ、ちょっと良くわかんないけどっ、みちると同じぐらいの身長でっ、多分女の子っ!」

「ぴっこぴこぴこっ!」

僕と佳乃ちゃんとみちるちゃんと一緒に、神社へとつながる長い長い坂道を駆け上った。時折聞こえる蝉時雨が、非日常的な状況に置かれている僕たちとはあまりに対照的な、ごくごくありふれた夏の風景を彩っていた。

「それでっ、どれぐらいの高さからぁっ?!」

「んにーっ、とりあえずっ、みちるとっ、美凪とっ、かのりんのっ、全部の身長を足してもまだ届かないっ」

「ぐぬぬー……それは一大事だよぉっ! 事態は一刻を争うよぉ!」

佳乃ちゃんは口調はいつものままだったけれど、その表情はどこか険しくて、口にした「一大事」という言葉が、決して面白半分で出た言葉ではないことを示していた。

「それでみちるちゃんっ、遠野さんはぁっ?!」

「えっとっ、その落ちた子の近くでねっ、看病してるっ」

僕は佳乃ちゃんを追いかけながら、早く神社に着けばいいのにと、この長くて険しい坂道を呪った。

それでももう、神社は目の前に見えている。後はこの坂道を一気に駆け抜けるだけだ。

「ぴこぴこぴこ……!」

僕は体中の力を足に集めて、自分でも驚くぐらいの速さで坂道を登りきった。

「とうつきーっ!」

「みちるもーっ!」

僕が立ち止まる前に、二人も長い長い坂道を登りきって、神社の境内に入っていた。あれだけ長い坂道を登ってきたのに、二人は息一つ乱していない。

「こっちかなぁ?!」

「んに! そっちだぞーっ!」

二人は神社に入ってきた勢いのまま、今度は右へと駆け出した。

 

「遠野さぁん!」

「……霧島さん……」

神社の右にある林に入ると、そこに遠野さんの姿があった。佳乃ちゃんは走りながら、地面にしゃがみこんでいる遠野さんに声をかけた。

……そして、遠野さんの前には。

「……………………」

仰向けになって倒れている、幼い女の子の姿があった。

「みちるちゃんから聞いたよぉ! 人が木から落ちたんだってぇ?」

「……はい。体を傷つけてはいけないと思い、そのままの状態にしています」

遠野さんは口調こそ穏やかだったけど、きりりとした表情で言った。真剣な眼差しだ。

佳乃ちゃんはこくりと頷いて、真顔のまま一歩前に出た。そして、

「ありがとぉ。遠野さん、少しだけ下がっててくれるかなぁ?」

「はい」

遠野さんと入れ違いになる形で、そこへしゃがみこんだ。僕もその隣に寄り添って、女の子の姿を近くで確認した。

「……………………」

「……………………」

女の子は眠るように目を閉じていて、体に目立った傷はなかった。真っ赤なカチューシャが目を引く、整った顔立ちをした女の子だった。多分、小学生ぐらいだろう。

「もしもーし! 聞こえますかー?!」

「……………………」

「もしもーし! 分かりますかー?!」

佳乃ちゃんが大きな声で、女の子に呼びかけをしている。体に素早く目を凝らし、外傷がないことを改めて確認する。

「……………………」

呼びかけをする一方で、女の子の腕を取り、手首に指を当てて脈を取っている。

「……どう?」

みちるちゃんが不安げな様子で聞いた。佳乃ちゃんは振り返らず、そのままの状態で答えた。

「……鼓動はしっかりしてるよぉ」

「……ということは、最悪の事態は……」

「……………………」

佳乃ちゃんは黙ったまま、今度は女の子の鼻先に耳を近づけた。佳乃ちゃんはしばらく難しい表情をしていたけど、やがてそれを少し緩めて、

「呼吸も安定してるよぉ」

「……脈あり、呼吸あり、傷はなし……」

「見た感じだと、骨折や打撲もないねぇ」

女の子の手を慎重に持ち上げて、外傷も内傷もまったくないことを確認した。

と、その時。

 

「……うぐぅ……」

 

女の子の口から、うめき声のような声が漏れた。意識を取り戻したみたいだ。佳乃ちゃんが顔を覗き込んで、意識を取り戻したことを確認する。女の子はしばらく視線を泳がせていたけれど、やがてゆっくりと体を上げた。

……しかし、続けざまに。

「羽……羽は……? 羽はどこに行っちゃったの……?」

「……羽?」

「ぴこ?」

「羽……羽……どこに行っちゃったんだろう……?」

女の子はうわごとのように「羽」「羽」と繰り返し口にし始めた。僕と佳乃ちゃんは思わず顔を見合わせて、女の子の様子をただ呆然とした面持ちで見ていることしかできなかった。

「羽……」

女の子の視線は宙を泳いでいて、心だけがどこか別の場所へ置いてけぼりにされてしまったような、現実味のない瞳だった。それはまるで、たくさんの糸でもって体を縛り上げられた、操り人形(マリオネット)のよう。

……しかし、それも束の間のことだった。

「……あれ? ボク、どうしてこんなところにいるの?」

女の子がぱっちりと目を開けて、きょろきょろと左右を見回した。目にはしっかりと光が宿って、心がちゃんと戻ってきたみたいだった。

「大丈夫~? 痛いとこ、ないかなぁ?」

「え? あ、あれ? あれれ? ボク、どうしてこんなことに?」

僕と佳乃ちゃんと遠野さん、それにみちるちゃんに囲まれているこの状況を上手く飲み込めないのか、女の子は困ったような表情を浮かべて言った。

「むむむー。この分だと、怪我は無さそうだねぇ。ほっと一安心だよぉ」

「にゃはは。よかったよかった」

「……万事解決、です」

「えっと……ボク、全然状況が飲み込めないよ~……」

「ごめんねぇ。えっと、お名前、教えてくれるかなぁ」

佳乃ちゃんは優しい笑顔で、女の子に言った。佳乃ちゃんみたいな子だと、小さい子でも話がしやすそうだよね。見た感じ女の子っぽいし、見た目よりも幼く見られるらしいし。

「うん」

女の子はこくりと頷いてから、ゆっくりと口を開いた。

「ボクはあゆ。月宮あゆっていうんだよ」

「……あゆちゃん?」

女の子の名前を聞いた途端、佳乃ちゃんの表情が変わった。

「……月宮……あゆちゃん……?」

佳乃ちゃんは怪訝な顔つきをして、「あゆ」ちゃんと名乗った女の子の顔を見つめた。僕は佳乃ちゃんの様子にただならぬものを感じながらも、佳乃ちゃんの次の行動を静かに見守ることにした。

「あゆちゃん……」

最初、ちょっと怪訝な顔つきだったのが……何か大切なことに気づいたのか、徐々に明るい表情へと変わっていって、それが最高潮に達した瞬間、

「あーっ!」

……っと叫んで、あゆちゃんのことを指差して言った。

「知ってるよぉ! あのあゆちゃんだよねぇ!」

「もしかして、ボクの事知ってるの?」

「知ってるよぉ」

佳乃ちゃんはにこにこ笑顔で頷いてから、こう言った。

「知ってるも何も……」

 

「確か、D組の月宮さんだよねぇ! 隣のクラスの霧島だよぉ! 知らないかなぁ?」

 

……………………

「……………………」

「……………………」

「……………………」

「う~ん……あっ! 知ってるよっ! 確か、診療所の人だよねっ!」

「あったりぃ~! 知っててくれたんだねぇ。ぼくうれしいよぉ」

……………………

……僕は佳乃ちゃんから少し離れて、みちるちゃんと遠野さんの近くへ寄り添った。

「……………………」

「……………………」

「……………………」

そのまま、みちるちゃんの横にぺたんと座り込んだ。

「月宮さんのことはいろいろ聞いてるよぉ。走るのがすごく速いんだよねぇ」

「そうだよっ。霧島さんのことも聞いたよっ! 噂どおりのかわいい顔だねっ!」

「え~っ? それ、どんな噂かなぁ~?」

「えっと……同級生に、霧島さんっていうすっごくかわいい顔をした、女の子みたいな男の子がいるって言う噂だよ」

「え~っ! ひどいよぉ! そんな噂流さないでよぉ! ぼくはちゃんとした男の子なんだよぉ?」

楽しそうにお話をしている、佳乃ちゃんとあゆちゃんの姿を眺めながら。

「……………………」

「……………………」

「……………………」

僕と遠野さん姉妹は、ただ哀愁にくれていた。

「……………………」

「……………………」

「……………………」

……そして、最初に口火を切ったのは。

「……みなぎー」

「……なぁに? みちる……」

「……あの子、みちると同い年ぐらいだと思ってた……」

「……………………」

「……………………」

……僕たちが思っていたであろうことを、みちるちゃんがすごく分かりやすい形で言葉にしてくれた。

どうやらあゆちゃんは、ああ見えて佳乃ちゃんと同い年らしい。

「……みちる……」

遠野さんが頬に手を当て、優しい声でゆっくりとつぶやいた。

「……今日のびっくりどっきり……」

遠野さんらしからぬ、そのまんまの、感想だった。もはや、台詞をひねるだけの余裕もないみたいだった。

「……………………」

「……………………」

「……………………」

 

こうしてこの神社での一件は、静かに、そして微妙に、ゆっくりと幕を下ろすのであった。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。