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第二十九話「Dust Strikers」

「それでねぇ、ぼくと祐一君と水瀬さんの三人で問題に挑戦したんだよぉ」

「ほほう。三人寄れば何とやら、とも言うしな」

お昼ごはんの素麺をつつきながら、佳乃ちゃんが水瀬さんの家に行ったことを聖さんに話している。聖さんは佳乃ちゃんの話を楽しそうに聞きながら、時折、素麺を啜っている。僕は佳乃ちゃんの隣でお水を飲んでいる。

「そうっ! 三人寄れば烏合の衆っ!」

「佳乃、それを言うなら、『文殊の知恵』だぞ」

「そんなに変わらないよぉ」

ものすごい違いだ。

「それで、三人寄り集まって問題に取り掛かった結果はどうだったんだ?」

「ばっちりだったよぉ。ちょっと考え方を変えたら、あっという間に問題解決っ!」

「そうか。やはり佳乃は頭が切れるな」

「お姉ちゃんのおかげだよぉ」

佳乃ちゃんは日頃から、お医者さんの聖さんに勉強を教えてもらっているみたいだ。確かにお医者さんは頭が良くないとできない仕事だし、聖さんなら佳乃ちゃんに言われなくても勉強を教えそうだ。

「でも、まさか美坂さんが風邪を引いちゃうなんてねぇ」

「ああ。私も最初姉妹揃ってやってきたときは、てっきり妹さんの方かと思ったが……」

「そうだよねぇ。この前来たときも、栞ちゃんのほうだったよねぇ」

「そうだったな。あの時妹さんの方はただすりむいただけだったが、お姉さんの方が今にも死にそうな表情をしてたな」

「うんうん。むしろ美坂さんのほうがよっぽど心配だったよねぇ。怪我をしたのは栞ちゃんだったけど、栞ちゃんのほうが心配そうな顔してたよぉ」

僕の予想通り、香里さんと栞ちゃんの姉妹はやはりとても仲のいい姉妹だったみたいだ。そしてどちらかというと、香里さんがやや過保護気味だってことも分かった。聖さんと佳乃ちゃんの関係にそっくりだなあ。

「……………………」

でも、もし僕に佳乃ちゃんや栞ちゃんのようなかわいい弟や妹がいたら、やっぱりあんな風になっちゃうと思う。僕はずっと一人っ子で、それを嫌だと思ったことは無いけれど、兄弟や姉妹がいたら、もうちょっと違う感じになってたかも知れない。

「あっ! それでねお姉ちゃんっ、ぼくねぇ、水瀬さんのお母さんからおみやげをもらったんだよぉ」

「お土産……? 水瀬さんのお母さんから……?」

佳乃ちゃんの言葉を聞いた途端、聖さんが怪訝な顔つきになった。特に「水瀬さんのお母さん」のくだりで、一気に顔つきが変わったように見えた。

「これだよぉ」

そう言って佳乃ちゃんが鞄から取り出したのは、瓶詰めの……なんだろう? マーマレードかな? とにかく、瓶詰めのオレンジ色の何かだった。見た感じだと、自家製のマーマレードか何かに見える。

「そ、それは……!」

「水瀬さんのお母さんのお手製なんだよぉ」

「……………………」

聖さんは顔をこわばらせて、佳乃ちゃんが手に持って高々と掲げているビン詰めの「何か」に釘付けになっていた。僕には何の変哲も無いただのマーマレードに見えたんだけど、どうしてだろう?

「……そ、そうか。暑さで悪くなるといけないから、冷蔵庫に入れておきなさい」

「了承だよぉ!」

佳乃ちゃんはぴょんと椅子を降りて、ビンを冷蔵庫の中へしまった。

「……ふぅ」

聖さんは小さくため息を吐いて、コップに入った麦茶を飲み干した。

 

「また散歩に出かけるのか?」

「うん。暗くならないうちに帰ってくるよぉ」

お昼ご飯を食べてしばらくすると、佳乃ちゃんは今日も散歩へ出かけることにしたみたいだ。玄関先でサンダルを履きながら、聖さんとやり取りをしている。僕も佳乃ちゃんの後ろについて、ドアが開くのを待つことにした。

「そうか。知り合いに会ったら、きちんと挨拶をするんだぞ」

「大丈夫だよぉ! 挨拶はぼくの得意技だからねぇ」

「ふふっ。それもそうだったな。くれぐれも気をつけてな」

「うん。それじゃあ、行ってきまぁす!」

佳乃ちゃんが診療所を出て行こうとしたとき、

「ああ! 佳乃、少し待ってくれ」

聖さんが佳乃ちゃんを呼び止めた。佳乃ちゃんはくるりと振り向いて、聖さんを見やった。

「ふぇ? お姉ちゃん、どうしたのぉ?」

「実は、一つ頼みごとがあるんだ。頼まれてくれるか?」

「いいよぉ! 何かなぁ?」

聖さんは佳乃ちゃんが頼みごとを聞いてくれる状態になったのを確認して、こう続けた。

「実は食材を切らしていてな。夕飯に食べたいものを何か買って来てほしい。お金は私の財布を持っていけ」

「了承ぉ! じゃあ、帰りに何か買ってくるねぇ」

「ああ。頼んだぞ」

佳乃ちゃんは聖さんから要件を聞くと、そのまま診療所を飛び出した。続けて、僕も出て行くことにする。

「……さて。仕事に戻るとするか」

 

「うわぁ、外はやっぱり暑いよぉ」

「ぴこー」

「でも、暑いから夏なんだよねぇ。ぼく、夏は大好きだよぉ」

「ぴっこり」

相変わらず強い日差しが照りつける中を、佳乃ちゃんは悠々と歩いていく。

「ポテトも夏は好きだよねぇ?」

「ぴっこぴこ」

「うんうん。春も秋も冬もいいけど、やっぱり、夏が一番だよねぇ」

「ぴこっ」

佳乃ちゃんの言うとおり、僕は夏が大好きだ。何が好きかと言われるとちゃんと答えるのは難しいけど、それでも、好きなものは好きだ。僕の好きな青空が一番映えるのも夏だし、海が一番綺麗なのも夏だ。夏の日差しの中をただ歩いているだけで、僕は何だか心躍るような、そんな気がしてくる。

それに。

 

夏は何だか、特別な感じがする。

普段は起こらないようなことも、こんな夏の日なら、平気で起きちゃうような気がする。

毎日が夢のようで、夜に寝てしまうのが惜しいくらいだ。

夏という夢を、みんな揃って見ているような……

そんな気がする。

 

「夏はいいよねぇ」

「ぴこ?」

「毎日いろんなことがあってねぇ、ぼくすっごく楽しいよぉ」

「ぴっこり」

「それにねぇ」

佳乃ちゃんは歩きながら僕に顔を向けて、こんなことを言った。

「今年の夏は……きっと、いつもよりももっとすごい夏になりそうよぉ」

僕はその言葉を聞いて、ついさっき出会った、黒服の人形遣いさんを思い出した。また、どこかで会う機会があるだろうか。

「……………………」

多分、あるだろう。あの様子だと、しばらくはこの街に留まって、次の街へと向かうためのお金を稼ぐ必要がありそうだったからだ。佳乃ちゃんがこうやって街中を歩いていれば、また人形劇をしているあの人に出会える日もあるに違いない。

いや……そんな細かい理由以上に、僕は確信にも似た気持ちで、あの人とはまたどこかできっと会うに違いないという考えを持っていた。たったあれだけでおしまいになることなんて、考えられなかった。因縁を感じる、とでも言えばいいのだろうか。

僕の考えをよそに、佳乃ちゃんはいつものちょっと速めのペースで歩き続けながら、

「……ひょっとしたら、ぼくも魔法が使えるようになっちゃうかもねぇ」

やや小さめの声で、そうつぶやいた。

 

「むむむ!」

「ぴこ?」

商店街をてくてく歩いていると、佳乃ちゃんが何か見つけたのか、急にその場で立ち止まった。

「あんなところにリヤカー発見だよぉ」

「ぴこー」

佳乃ちゃんの指さす先には、古びた一台のリヤカーが止まっていた。近くに人はいなくて、リヤカーにも特に何も載っていない。商店街にいきなりリヤカーが止まってるなんてことは、今まで一度も無かった。

「気になるねぇ」

「ぴっこり」

「うんうん。行ってみよっかぁ」

僕らは簡単に話をつけて、商店街の隅で鎮座しているリヤカーに向かって歩き出した。

すると、ちょうどその時。

「あーっ! 岡崎君だぁ! こんにちはぁ!」

「よっす霧島。こんなところで何やってんだ?」

リヤカーが止まっていた店舗の中から、岡崎君が姿を現した。佳乃ちゃんはそれを見つけると、すばやく声をかけた。岡崎君もそれに気付いて、佳乃ちゃんに軽ーく挨拶を返した。

「散歩の真っ最中だよぉ。岡崎君は何してるのかなぁ?」

「俺か? 見ての通りだぞ」

そう言うと、岡崎君はリヤカーのハンドルを握って見せた。それを見た、佳乃ちゃんの反応はと言うと……

「むむむ~……あーっ! 分かったよぉ! 仮免試験だねぇ!」

何かを思いっきり外した答えだった。岡崎君は膝を思いっきり「がくん」と折ると、よろよろとよろめきながら立ち上がって、佳乃ちゃんに向かってこう突っ込み返した。

「……って、お前の中でリヤカーは自動車なのかっ」

「違うのぉ?」

「違うって……ほら、お前の家の近くにリサイクルショップがあるだろ?」

「うんうん。あるよぉ」

「そこで廃品回収を頼まれたんだ。この辺りを回って、使えそうなものがないかを聞いて回ってるんだ」

岡崎君が言うには、佳乃ちゃんの家の近くにあるリサイクルショップの店員さんに頼まれて、使えなくなった電化製品や小さな家具なんかを集めている真っ最中らしい。集めた電化製品や家具は店員さんが修理して、リサイクルショップの店頭に並ぶことになる。店員さんは修理が忙しくて、集めている暇が無いそうだ。

「へぇー。岡崎君、お仕事中だったんだぁ」

「まぁな。早苗さんに紹介されたんだ。ちょっとした小遣い稼ぎにもなると思ってな」

「すごいよぉ! 岡崎君、自分でお金を稼ぐなんて、えらいねぇ。ぼくも見習わなきゃねぇ」

「そんな大したことでもないと思うんだがな……」

首に巻きつけたタオルで汗をぬぐいながら、岡崎君がちょっと複雑な顔をして答えた。ひょっとしたら、佳乃ちゃんの言葉に照れているのかもしれない。

「ねぇ岡崎君、もし良かったら、ぼくも付いていっていいかなぁ? お手伝いしちゃうよぉ」

「俺は別に構わないが……お前、重いものとか持てるか? 店の人の話だと、時々かなり重たいものを引き渡してくる客もいるらしいんだが」

「重いものぉ? それなら大丈夫だよぉ。重いものを持ち上げるのはぼくの得意技だからねぇ」

佳乃ちゃんは胸をどんと叩くと、「任せとけ」と言わんばかりの得意気な表情になった。

「昨日はねぇ、お米を担いで持って帰ってきたんだよぉ」

「米を? そうか……それぐらいなら、大丈夫そうだな」

「よぉーし! 決定だねぇ。それじゃあ今から、岡崎君を廃棄物処理班二号さんに任命するよぉ。ちなみに一号さんはぼくで、隊長さんはポテトだよぉ」

「よりにもよって全然使えそうに無いヤツが隊長になったな……」

岡崎君の感想は、もっともなことだと思った。

「よし。それじゃ行くか。とりあえずは俺が引っ張るから、また交代してくれ」

「了承だよぉ。それじゃ、でっぱつしんこう~」

「進行ー……って、あれ?」

岡崎君がリヤカーを引っ張って歩き出そうとした途端、すぐに立ち止まってしまった。

「どうしたのぉ?」

「いや、リヤカーが妙に重いんだ。まだ何も載ってないはずなんだが……」

「むむむ~?」

佳乃ちゃんと岡崎君が、ほとんど同時に後ろを振り返った。

すると……

 

「ん? どーかしたの? ほら、お客さん待たしちゃだめよ?」

……紫色の髪をした、ずいぶんと気の強そうな……というか強い「お客さん」が一人、リヤカーの上にででんと腰掛けていた。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。