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第三十話「Like a Wind」

「あーっ! 藤林さぁん! こんにちはぁ!」

「あ、佳乃もいたんだ。こんにちはー」

リヤカーに乗っている女の子……藤林さんは佳乃ちゃんを見るなりにこっと笑って、ひらひらと手を振った。

「とりあえず、一言だけ言わせてくれないか?」

「ここであたしがダメって言っても、どーせそのまま言うんでしょ?」

「ああ。言うぞ」

岡崎君は目を閉じて、腕組みをすると、うんうんと二回ほど頷いてからおもむろに口を開いた。

「とりあえず、コレはタクシーじゃない」

思いっきり正論だった。

「やっぱりねー。今時車屋はないわよねー」

「杏……お前、分かっててやってるだろ……」

「ん? 分かってないと思ってた?」

「……いや、もういい」

呆れたような疲れたような顔つきをして、岡崎君が首を力なく二回ほど振った。藤林さんは口元に「にやり」と不敵な笑みを浮かべながら、岡崎君の様子を見ている。岡崎君の反応を楽しんでいるみたいだ。

「んで、実際は何やってんの?」

藤林さんはリヤカーから立ち上がって、佳乃ちゃんと岡崎君の前に立った。藤林さんは身長がかなり高いみたいで、岡崎君よりほんの少しだけ低いぐらいで、佳乃ちゃんと比べると歴然とした差がある。佳乃ちゃんは見上げるようにして、藤林さんの顔を見つめている。

「ああ。リサイクルショップの人に頼まれて、廃品回収をしてるんだ」

「ふーん。ゴミ集め?」

「廃品回収だっての」

藤林さんの返答に納得がいかないのか、岡崎君が少し強い調子で切り返した。しかし、藤林さんはちっともたじろがずに、

「ゴミ集めね♪」

この調子だ。当然、岡崎君も黙ってはいない。

「廃品回収っ」

「はいはい。ゴミ回収ゴミ回収」

「ゴミって言うなっ」

「二人ともぉ、ケンカはよくないよぉ」

「そうよ朋也。佳乃を困らせちゃダメじゃない」

「原因を作ってるのは主にお前だぞ」

岡崎君はでっかいため息を一つついて、「やれやれ」と言わんばかりの調子で頭を抱えた。もっともそんな岡崎君も、本心からはちっとも怒っていないみたいで、どちらかと言うと、これが当たり前のことなんだとでも言うような表情をしている。岡崎君と藤林さんは、こんな感じの関係なんだろう。

「で、廃品回収をして、小遣い稼ぎってとこ?」

「そんなとこだ。少しくらい、自分で自由に使える金が欲しいからな」

「ふーん……」

藤林さんは目線を下に落すと、組んでいた腕を顎に当てて何かを考えるようなポーズを取った。けれど、それもほんのしばらくの間だった。

「それじゃあ、佳乃が一緒にいるのはどうして?」

「ついさっきばったり出会ってねぇ、ぼくもお手伝いすることにしたんだよぉ」

「手伝い? それじゃあ、お金もらえないんじゃないの?」

「ぼくは別にいらないよぉ。お姉ちゃんから毎月もらってるからねぇ」

「……見なさいよ朋也。佳乃なんか毎月の小遣いでちゃんとやりくりしてんのよ? あんたも見習いなさい」

「見習うって言ったってなぁ……」

どうやら佳乃ちゃんは藤林さんと相性がいいみたいだ。佳乃ちゃんは気付いていないだろうけれど、気が付くと岡崎君が一人で追い込まれる構図になっている。岡崎君は苦笑いを浮かべながら、それでも、やっぱりどこか楽しそうだった。

「ま、それは置いといて。最近何か面白いこととかない?」

「面白いこと……俺は特に無いな」

「ぼく? 面白いかどうかは分からないけどねぇ、一つ気になることだったらあるよぉ」

「気になること?」

「そうだよぉ」

佳乃ちゃんはにっこり笑って頷いてから、こう続けた。

「藤林さん、この街に人形遣いさんが来たってこと、知ってるかなぁ?」

佳乃ちゃんの言う「人形遣いさん」とは、言うまでも無く往人さんの事だ。

「人形遣い……あっ、そう言えば、この間茂美が見かけたとか言ってたっけ。確か、黒い服着た人でしょ?」

「そうそうっ! その人だよぉっ!」

「待てよ……なあ霧島、その人、野球帽被ってただろ。昨日堤防にいるのを見かけたぞ」

「その人だよぉ! 岡崎君も見かけてたんだねぇ」

「見慣れない格好だったからな」

どうやら往人さんは、結構多くの人によって目撃され始めているらしい。確かに、あんなにすごい人形劇を道端で繰り広げていたら、目立つのも納得の行くところだ。

「つい最近来たらしいわね。なんか、結構すごい物見せてくれるって聞いたけど」

「そうっ! 本当にすごいんだよっ!」

「もしかして、実際に見たとか?」

「見たよぉ! ホントにすごいんだからねぇ!」

「……………………」

「なんかねぇ、ばばばばーってなって、ひゅるるるるる~って感じでねぇ、どどどどどーん!」

前に聖さんに話した時よりも、空襲の規模は幾分大きいものとなっていた。この分だと、周囲一帯は確実に焼け野原だろう。阿鼻叫喚の地獄絵図だ。

「何だそれ? 爆撃か何かか?」

「違うよぉ。人形劇の一部始終だよぉ」

「……とりあえず、凄さだけは確実に伝わってきたわ。凄さだけは、ね」

さすがの藤林さんも佳乃ちゃんの空襲はさすがにフォローしきれないのか、やや渋い表情で頷くに止めた。

 

「あ、そー言えば」

「何々? 何かあったのかなぁ?」

藤林さんがふと何かを思い出したように、目線をふっと上へと上げた。

「ねぇあんた達、最近、この街で暴れたりしてないわよね?」

「暴れる? どういうことだ?」

突然のこの問いに、岡崎君は疑問の色を浮かべて返した。藤林さんの問いは、確かに少し分かりにくいなあと僕も思う。

「今日夏祭りの委員会があって、その時に智代から聞いた話なんだけど……」

「坂上さんからぁ?」

「そう。なんか最近街灯とか電柱とかに、刃物で切ったみたいな傷が付くようになったらしいのよ」

「……刃物で切った傷、だって?」

その言葉を聞いた途端、岡崎君の表情が変わった。

「朋也、何か知ってるの?」

「ああ。昨日遠野に誘われて天体観測会に行く途中に、塀に今お前が言ったみたいな傷が付いてるのを見たぞ」

「本当? それ、どの辺り?」

「確か……俺の家のすぐ近くだ。渚と神尾の母親も一緒に見たから、間違いない」

「……分かったわ。後で見に行ってみる」

そう言う藤林さんの表情は、どこか真剣だった。

「ねぇ藤林さん、それとはちょっと違うかもしれないけど、ぼくも一つ見ちゃったよぉ」

「え? 佳乃も?」

「うん。今日学校から帰る途中に早苗さんと会ったんだけどねぇ、その時に、掲示板のポスターがハサミか何かでぼろぼろに切られちゃってたんだよぉ」

「ポスターが? もしかして、夏祭りのポスター?」

「そうだよぉ。早苗さんが見つけて、新しいのに張り替えてくれたけどねぇ」

「……くっだらない悪戯をする馬鹿がいるみたいね……」

そう言いながらも、藤林さんの表情は苛立たしげだった。姿の見えない犯人に、やるせない怒りを募らせているみたいだ。

「ま、そんなチャチな悪戯で中止になるほど、ここの夏祭りは甘くないわよ」

「お前が言うと妙に説得力があるな……」

「藤林さん、頼りになるよぉ」

佳乃ちゃんは藤林さんをキラキラとした瞳で見つめている。一応念のためにあえて補足しておくと、佳乃ちゃんはれっきとした男の子だ。男の子なんだけど、やっぱりちょっとどこか違う気がする。

……と、その時。

「あれれぇ? 藤林さぁん、向こうから誰か走ってくるよぉ?」

「……あれは……?」

佳乃ちゃんが、藤林さんのいる方から誰かが駆けてくるのを見つけた。僕も目を凝らして、それが誰か確認してみた。

「……………………」

それは、藤林さんと瓜二つな女の子だった。

(たったかたったか)

ほどなくして、女の子は僕たちのそばまでやってきた。

「椋! そっちはどうだった?」

「はぁ、はぁ……結構探してみたけど、やっぱり……」

「そう……」

女の子……椋さんは肩で息をしながら――妹さん? お姉さん? 僕には判断が付きかねたけど、なんとなくお姉さんのような気がする――藤林さんに声をかけた。

「あれ? 岡崎さんに……霧島さん?」

「こんにちはぁ。藤林さん、何か探しものかなぁ?」

「えっと……探し物というと……探し物に……なります」

椋さんは顔を赤く染めながら、佳乃ちゃんの質問に答えた。佳乃ちゃんはその様子を見てもまったくたじろぐことなく、そのまま会話を続行した。

「大変だねぇ。何を探してるのぉ? 見つけたら届けに行くよぉ」

「んー……いや、大丈夫。もうすぐ出てくると思うから、気にしないで」

藤林さんが前に出て、佳乃ちゃんの申し出をやんわりと断った。ひょっとすると、他の人に探されるといろいろとまずいものなのかもしれない。家宝とか。

「分かったよぉ。早く見つかるといいねぇ」

「はい。ありがとうございます」

「仕方ないわねー。それじゃ、神社の方まで範囲を拡大してみますか。椋、行きましょ」

「あ、うん……」

藤林さんは椋さんを連れて、神社のある商店街の外れへと向かって歩いていった。

「行っちゃったねぇ」

「ああ。おかげでずいぶん時間を食っちまった」

「むむむ~。それは一大事だねぇ。善は急げだよぉ」

「言われなくても分かってるって」

岡崎君はそう言うや否や、リヤカーを引いて歩き始めた。

「……このリヤカー、何も載ってなくても結構重いな……」

「古そうだもんねぇ」

 

がらがらと音を立てながら、佳乃ちゃんと岡崎君が商店街を歩いていく。

「なかなか見つからないねぇ」

「そうだな……そう毎回毎回都合よく廃品が出る訳ないしな……」

二人の成果は芳しくないみたいだ。さっきからいくつかの家を回ってるみたいだけど、どこももう間に合ってるみたいで、リヤカーは一向に賑やかにならない。閑古鳥が鳴きっぱなしだ。

「きっとみんな、物を大切に使ってるからだよぉ」

「それだと商売上がったりなんだがなあ……」

「ぐぬぬ~。困ったねぇ。物を大切にするのは、いいことだと思うんだけどねぇ」

「……ま、そんなもんだろ」

岡崎君はさっと会話を切り上げると、またがららがららとリヤカーを引きはじめた。

「ところで霧島。お前、もう通してやってみたか?」

「やってみたよぉ。でもねぇ、まだちょっとだめだめさんかなぁ」

「そうか……何せ、あんなに長いのは初めて……」

二人が話をしていると、突然。

 

「あっ!」

 

何かに気付いたような声が、耳へと飛び込んできた。

「?」

「?」

振り向く二人。そして続けざまに、こんな言葉が。

 

 

「おにいちゃんっ。こんなところで何してるんですかっ?」

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。