「あーっ! 藤林さぁん! こんにちはぁ!」
「あ、佳乃もいたんだ。こんにちはー」
リヤカーに乗っている女の子……藤林さんは佳乃ちゃんを見るなりにこっと笑って、ひらひらと手を振った。
「とりあえず、一言だけ言わせてくれないか?」
「ここであたしがダメって言っても、どーせそのまま言うんでしょ?」
「ああ。言うぞ」
岡崎君は目を閉じて、腕組みをすると、うんうんと二回ほど頷いてからおもむろに口を開いた。
「とりあえず、コレはタクシーじゃない」
思いっきり正論だった。
「やっぱりねー。今時車屋はないわよねー」
「杏……お前、分かっててやってるだろ……」
「ん? 分かってないと思ってた?」
「……いや、もういい」
呆れたような疲れたような顔つきをして、岡崎君が首を力なく二回ほど振った。藤林さんは口元に「にやり」と不敵な笑みを浮かべながら、岡崎君の様子を見ている。岡崎君の反応を楽しんでいるみたいだ。
「んで、実際は何やってんの?」
藤林さんはリヤカーから立ち上がって、佳乃ちゃんと岡崎君の前に立った。藤林さんは身長がかなり高いみたいで、岡崎君よりほんの少しだけ低いぐらいで、佳乃ちゃんと比べると歴然とした差がある。佳乃ちゃんは見上げるようにして、藤林さんの顔を見つめている。
「ああ。リサイクルショップの人に頼まれて、廃品回収をしてるんだ」
「ふーん。ゴミ集め?」
「廃品回収だっての」
藤林さんの返答に納得がいかないのか、岡崎君が少し強い調子で切り返した。しかし、藤林さんはちっともたじろがずに、
「ゴミ集めね♪」
この調子だ。当然、岡崎君も黙ってはいない。
「廃品回収っ」
「はいはい。ゴミ回収ゴミ回収」
「ゴミって言うなっ」
「二人ともぉ、ケンカはよくないよぉ」
「そうよ朋也。佳乃を困らせちゃダメじゃない」
「原因を作ってるのは主にお前だぞ」
岡崎君はでっかいため息を一つついて、「やれやれ」と言わんばかりの調子で頭を抱えた。もっともそんな岡崎君も、本心からはちっとも怒っていないみたいで、どちらかと言うと、これが当たり前のことなんだとでも言うような表情をしている。岡崎君と藤林さんは、こんな感じの関係なんだろう。
「で、廃品回収をして、小遣い稼ぎってとこ?」
「そんなとこだ。少しくらい、自分で自由に使える金が欲しいからな」
「ふーん……」
藤林さんは目線を下に落すと、組んでいた腕を顎に当てて何かを考えるようなポーズを取った。けれど、それもほんのしばらくの間だった。
「それじゃあ、佳乃が一緒にいるのはどうして?」
「ついさっきばったり出会ってねぇ、ぼくもお手伝いすることにしたんだよぉ」
「手伝い? それじゃあ、お金もらえないんじゃないの?」
「ぼくは別にいらないよぉ。お姉ちゃんから毎月もらってるからねぇ」
「……見なさいよ朋也。佳乃なんか毎月の小遣いでちゃんとやりくりしてんのよ? あんたも見習いなさい」
「見習うって言ったってなぁ……」
どうやら佳乃ちゃんは藤林さんと相性がいいみたいだ。佳乃ちゃんは気付いていないだろうけれど、気が付くと岡崎君が一人で追い込まれる構図になっている。岡崎君は苦笑いを浮かべながら、それでも、やっぱりどこか楽しそうだった。
「ま、それは置いといて。最近何か面白いこととかない?」
「面白いこと……俺は特に無いな」
「ぼく? 面白いかどうかは分からないけどねぇ、一つ気になることだったらあるよぉ」
「気になること?」
「そうだよぉ」
佳乃ちゃんはにっこり笑って頷いてから、こう続けた。
「藤林さん、この街に人形遣いさんが来たってこと、知ってるかなぁ?」
佳乃ちゃんの言う「人形遣いさん」とは、言うまでも無く往人さんの事だ。
「人形遣い……あっ、そう言えば、この間茂美が見かけたとか言ってたっけ。確か、黒い服着た人でしょ?」
「そうそうっ! その人だよぉっ!」
「待てよ……なあ霧島、その人、野球帽被ってただろ。昨日堤防にいるのを見かけたぞ」
「その人だよぉ! 岡崎君も見かけてたんだねぇ」
「見慣れない格好だったからな」
どうやら往人さんは、結構多くの人によって目撃され始めているらしい。確かに、あんなにすごい人形劇を道端で繰り広げていたら、目立つのも納得の行くところだ。
「つい最近来たらしいわね。なんか、結構すごい物見せてくれるって聞いたけど」
「そうっ! 本当にすごいんだよっ!」
「もしかして、実際に見たとか?」
「見たよぉ! ホントにすごいんだからねぇ!」
「……………………」
「なんかねぇ、ばばばばーってなって、ひゅるるるるる~って感じでねぇ、どどどどどーん!」
前に聖さんに話した時よりも、空襲の規模は幾分大きいものとなっていた。この分だと、周囲一帯は確実に焼け野原だろう。阿鼻叫喚の地獄絵図だ。
「何だそれ? 爆撃か何かか?」
「違うよぉ。人形劇の一部始終だよぉ」
「……とりあえず、凄さだけは確実に伝わってきたわ。凄さだけは、ね」
さすがの藤林さんも佳乃ちゃんの空襲はさすがにフォローしきれないのか、やや渋い表情で頷くに止めた。
「あ、そー言えば」
「何々? 何かあったのかなぁ?」
藤林さんがふと何かを思い出したように、目線をふっと上へと上げた。
「ねぇあんた達、最近、この街で暴れたりしてないわよね?」
「暴れる? どういうことだ?」
突然のこの問いに、岡崎君は疑問の色を浮かべて返した。藤林さんの問いは、確かに少し分かりにくいなあと僕も思う。
「今日夏祭りの委員会があって、その時に智代から聞いた話なんだけど……」
「坂上さんからぁ?」
「そう。なんか最近街灯とか電柱とかに、刃物で切ったみたいな傷が付くようになったらしいのよ」
「……刃物で切った傷、だって?」
その言葉を聞いた途端、岡崎君の表情が変わった。
「朋也、何か知ってるの?」
「ああ。昨日遠野に誘われて天体観測会に行く途中に、塀に今お前が言ったみたいな傷が付いてるのを見たぞ」
「本当? それ、どの辺り?」
「確か……俺の家のすぐ近くだ。渚と神尾の母親も一緒に見たから、間違いない」
「……分かったわ。後で見に行ってみる」
そう言う藤林さんの表情は、どこか真剣だった。
「ねぇ藤林さん、それとはちょっと違うかもしれないけど、ぼくも一つ見ちゃったよぉ」
「え? 佳乃も?」
「うん。今日学校から帰る途中に早苗さんと会ったんだけどねぇ、その時に、掲示板のポスターがハサミか何かでぼろぼろに切られちゃってたんだよぉ」
「ポスターが? もしかして、夏祭りのポスター?」
「そうだよぉ。早苗さんが見つけて、新しいのに張り替えてくれたけどねぇ」
「……くっだらない悪戯をする馬鹿がいるみたいね……」
そう言いながらも、藤林さんの表情は苛立たしげだった。姿の見えない犯人に、やるせない怒りを募らせているみたいだ。
「ま、そんなチャチな悪戯で中止になるほど、ここの夏祭りは甘くないわよ」
「お前が言うと妙に説得力があるな……」
「藤林さん、頼りになるよぉ」
佳乃ちゃんは藤林さんをキラキラとした瞳で見つめている。一応念のためにあえて補足しておくと、佳乃ちゃんはれっきとした男の子だ。男の子なんだけど、やっぱりちょっとどこか違う気がする。
……と、その時。
「あれれぇ? 藤林さぁん、向こうから誰か走ってくるよぉ?」
「……あれは……?」
佳乃ちゃんが、藤林さんのいる方から誰かが駆けてくるのを見つけた。僕も目を凝らして、それが誰か確認してみた。
「……………………」
それは、藤林さんと瓜二つな女の子だった。
(たったかたったか)
ほどなくして、女の子は僕たちのそばまでやってきた。
「椋! そっちはどうだった?」
「はぁ、はぁ……結構探してみたけど、やっぱり……」
「そう……」
女の子……椋さんは肩で息をしながら――妹さん? お姉さん? 僕には判断が付きかねたけど、なんとなくお姉さんのような気がする――藤林さんに声をかけた。
「あれ? 岡崎さんに……霧島さん?」
「こんにちはぁ。藤林さん、何か探しものかなぁ?」
「えっと……探し物というと……探し物に……なります」
椋さんは顔を赤く染めながら、佳乃ちゃんの質問に答えた。佳乃ちゃんはその様子を見てもまったくたじろぐことなく、そのまま会話を続行した。
「大変だねぇ。何を探してるのぉ? 見つけたら届けに行くよぉ」
「んー……いや、大丈夫。もうすぐ出てくると思うから、気にしないで」
藤林さんが前に出て、佳乃ちゃんの申し出をやんわりと断った。ひょっとすると、他の人に探されるといろいろとまずいものなのかもしれない。家宝とか。
「分かったよぉ。早く見つかるといいねぇ」
「はい。ありがとうございます」
「仕方ないわねー。それじゃ、神社の方まで範囲を拡大してみますか。椋、行きましょ」
「あ、うん……」
藤林さんは椋さんを連れて、神社のある商店街の外れへと向かって歩いていった。
「行っちゃったねぇ」
「ああ。おかげでずいぶん時間を食っちまった」
「むむむ~。それは一大事だねぇ。善は急げだよぉ」
「言われなくても分かってるって」
岡崎君はそう言うや否や、リヤカーを引いて歩き始めた。
「……このリヤカー、何も載ってなくても結構重いな……」
「古そうだもんねぇ」
がらがらと音を立てながら、佳乃ちゃんと岡崎君が商店街を歩いていく。
「なかなか見つからないねぇ」
「そうだな……そう毎回毎回都合よく廃品が出る訳ないしな……」
二人の成果は芳しくないみたいだ。さっきからいくつかの家を回ってるみたいだけど、どこももう間に合ってるみたいで、リヤカーは一向に賑やかにならない。閑古鳥が鳴きっぱなしだ。
「きっとみんな、物を大切に使ってるからだよぉ」
「それだと商売上がったりなんだがなあ……」
「ぐぬぬ~。困ったねぇ。物を大切にするのは、いいことだと思うんだけどねぇ」
「……ま、そんなもんだろ」
岡崎君はさっと会話を切り上げると、またがららがららとリヤカーを引きはじめた。
「ところで霧島。お前、もう通してやってみたか?」
「やってみたよぉ。でもねぇ、まだちょっとだめだめさんかなぁ」
「そうか……何せ、あんなに長いのは初めて……」
二人が話をしていると、突然。
「あっ!」
何かに気付いたような声が、耳へと飛び込んできた。
「?」
「?」
振り向く二人。そして続けざまに、こんな言葉が。
「おにいちゃんっ。こんなところで何してるんですかっ?」
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。