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第三十一話「A Test of Jealousy」

「むむむ!」

「……?」

佳乃ちゃんと岡崎君が、揃って後ろを振り向いた。そこに立っていたのは、小学生くらいの一人の女の子だった。背丈はみちるちゃんより少し高いぐらいで、歳は一つか二つぐらいしか違わないだろう。

「こんにちはっ」

けれどもその雰囲気は、みちるちゃんよりもやや大人びているというか、ちょっと背伸びしたような感じがそこかしこから感じられる。はきはきとした口調からも、しっかりとした性格の子であることがよく伝わってくるみたいだ。

「こんにちはぁ」

「芽衣ちゃん……いきなり『おにいちゃん』はやめてくれ……」

「ごめんなさい。でも、おにいちゃんを呼ぶにはこれが一番ですから」

「ねぇ岡崎君、この子、妹さんかなぁ?」

佳乃ちゃんのこの問いに、岡崎君は力なく首を横に振った。妹さんではないらしい。

「いや、いろいろと訳ありなんだ」

「訳ありぃ?」

岡崎君のこの返事を聞いた佳乃ちゃんが、女の子……芽衣ちゃんと岡崎君を、ちらちらと何度も繰り返し見返した。この二人から何か関係性を得ようとしているみたいだ。

「どうしたんだ?」

「どうなさったんですか?」

岡崎君と芽衣ちゃんは佳乃ちゃんの行動の意味するところが分からず、ほぼ同時に疑問の言葉を口にした。佳乃ちゃんは二人を互い違いに凝視していたけれど、ある時手をぽんと叩いて、ぱっと納得したような表情へと変化した。

「なるほどねぇ。岡崎君って進んでるんだねぇ」

「……いや、何がだ?」

「やだよぉ。とぼけちゃってぇ。ぼくだって、それくらいは知ってるよぉ」

「えっと……何か、とてつもない勘違いをされているような気がするのですが……」

「霧島……まさか、お前……」

佳乃ちゃんは一人でうんうんと納得したように頷きながら、自信満々に自分の導き出した答えを言った。

「芽衣ちゃんは、古河さんとの愛の結晶さんだよねぇ」

想像のはるか斜め上をマッハ千ぐらいでかっ飛んでいく佳乃ちゃんの回答に、

「お前の中の俺と渚は一体何歳なんだあああああっ!」

「さ、さすがにその返答は予想していませんでしたっ」

芽衣ちゃんは額から冷や汗をたらしながら、微妙な苦笑いを無理矢理作って見せた。僕も佳乃ちゃんの答えはいくらなんでもありえないと思う。というかもし芽衣ちゃんが岡崎君と古河さんの子供なら、古河さんは確実に一桁でお母さんになっている。一桁の母。犯罪というか、物理的に無理だと思う。

「えぇ~っ? 違うのぉ?」

「違うわっ。芽衣ちゃんは春原の妹なんだよ」

「はい。兄がいつもお世話になっております」

「春原君のぉ? へぇ~。そうだったんだぁ」

芽衣ちゃんは佳乃ちゃんや岡崎君の友達の妹さんだったみたいだ。岡崎君を「おにいちゃん」と呼んだということは、恐らく、それなりに親交があるんだろう。

「でも、兄がどうにも不甲斐なくて……いっそ、岡崎さんのような方がおにいちゃんだったらと思ってしまいます」

「まあ、その気持ちは分からないでもないけど……」

岡崎君が微妙な表情で返す。芽衣ちゃんのお兄さんは、ちょっと問題のある人なのかもしれない。

「でもねぇ芽衣ちゃん、春原君がいると、みんないつもにこにこ笑ってるよぉ」

「そうなんですか?」

「そうだよぉ。春原君がいるとねぇ、みんなすごく楽しそうなんだよぉ」

「あのなあ霧島……それは楽しそうにしてるんじゃなくて、笑われてるんじゃないのか?」

この言葉を聞いた芽衣ちゃんが、さらに肩を落としてつぶやく。

「……はぁ。もっとしゃきっとしてもらいたいものです……」

「……なんだかなぁ」

芽衣ちゃんのため息と共に、場に微妙な空気が満ちた。

 

「ところで」

「どうしたんだ?」

そんな時、芽衣ちゃん自らがこの微妙に重量感のある空気を打破するためか、急に話を切り出した。

「わたしが言うのも何ですが、岡崎さんも隅に置けませんねっ」

「えっ? それ、どういう意味だ?」

「とぼけてもダメです。火遊びは火傷の元ですよ?」

「そうだよねぇ。火遊びはダメだよぉ。火事になっちゃったりしたら、大変だからねぇ」

佳乃ちゃんは芽衣ちゃんの言いたいことに気付かず隣でうんうんと頷いているけれど、僕にはなんとなく、これから起きるであろう展開が予測できた。というか、揃って勘違いしすぎだと思った。

「事情を説明してらっしゃらなかったんですか?!」

「説明するって……何が?」

「岡崎さん……ちょっと見損ないましたよ。古河さんという立派な彼女をお持ちなのに、そのことを隠してまた新しい子に手を出すなんて……」

「えぇーっ?! 岡崎君、それはひどいよぉ! 古河さんに失礼だよぉ!」

「ひどいって言われても、身に覚えなんか無いぞ」

困惑した表情で返す岡崎君に、芽衣ちゃんが顔をしかめてさらに続ける。

「岡崎さんっ。わたしにだって、それくらいのことは分かりますっ」

「いや、だから何のことだって」

「とぼけないでください。その隣の方は誰なんですかっ」

「誰って、俺の男友達だが?」

「男友達って岡崎さ……えっ?!」

「えっ? えっ? ねぇねぇ二人とも、どういうことぉ?」

芽衣ちゃんはぽかんと口を開けたまま、佳乃ちゃんと岡崎君をきょろきょろと眺め回している。僕の予想したとおりの展開だった。

「お、女の子じゃなかったんですかっ」

「……あーっ! 芽衣ちゃんっ、もしかしてぼくのこと、女の子だと思ってたのぉ?!」

「えっと……はい。女の子にしか見えませんでした……」

「ひどいよぉ! ぼくはちゃんとした男の子だよぉ!」

「……というわけだ。誤解は解けたかな?」

岡崎君はこう言うけど、芽衣ちゃんの表情はまだ渋いままだ。どうも、まだ疑っている節がある。

「う~ん……やはり、どう見ても女の子にしか見えません。岡崎さん、この人に嘘を付かせているのではないですか?」

「嘘なんか付いてないって。なあ霧島?」

「付いてないよぉ。ホントに男の子なんだからねぇ」

佳乃ちゃんは口をへの字に曲げて、不満そうな表情を浮かべている。

「そうですか……」

芽衣ちゃんは難しい顔をしながら、こう切り出した。

「それならば……霧島さん。一つ、わたしの質問に答えてみてください」

「いいよぉ。何かなぁ?」

「仮に、霧島さんが女の人だったとします」

「うんうん」

「そして霧島さんに、生涯尽くしてもいいと思えるような素敵な男の人がいて、その人と付き合っているとします」

「うんうん」

「霧島さんと男の人は仲良く付き合うのですが、ある時霧島さんは、その男の人が別の女の人と付き合っていることを知ります」

「むむむ~。それはひどいねぇ」

佳乃ちゃんの返答に芽衣ちゃんはこくりと頷くと、今までよりもちょっと強い調子で続けた。

「そこで、霧島さんへの質問です」

「いよいよだねぇ。どしどししちゃってよぉ」

「はい。霧島さんがこの立場に置かれたとして、男の人と相手の女の人、どちらに怒りを感じますか?」

「もちろん、男の人だよぉ。ぼくはその人に裏切られたことになるんだもんねぇ」

「……………………」

佳乃ちゃんが即答したのを見て、芽衣ちゃんは腰に手を当てたまましばし考えていたのだけれど、

「霧島さん、疑ってしまって申し訳ありません。やっぱり、男の人みたいですねっ」

「えぇっ?! 今ので分かっちゃうのぉ?!」

「はい。女の人ならここで必ず、『相手の女の人』と答えますから」

「そういうもんなのか……」

僕にはちょっと理屈が分からないんだけども、芽衣ちゃん的にはそうらしい。多分、嫉妬とか熱情とか、そういう類の言葉でくくれるところなんだろう。

「……ところで、さっきから霧島さんの足元で頷いたり難しい顔をしているこの子は誰ですか?」

「ポテトだよぉ。ほら、挨拶してあげてよぉ」

「ぴこっ」

「ひゃっ?!」

僕が一声鳴くと、芽衣ちゃんが驚いて一歩後ずさった。

「ず、ずいぶんと個性的な鳴き声ですねっ」

「うんうん。ぼくも最初聞いた時はびっくりさんだったよぉ」

「それでも、慣れてくるとこれに違和感を感じなくなってくるのがすごいよな」

「ぴっこり」

「ふわふわのもこもこですねっ。撫でてみてもいいでしょうか?」

「いいよぉ。撫でてあげるとねぇ、すっごく喜ぶんだよぉ」

芽衣ちゃんはその言葉を聞いて、恐る恐る、僕の頭に手を触れた。こわごわ触れた手が少しこそばゆくて、僕は小さく体を振るわせた。

「かわいいですねっ」

そのまましばらく、僕は撫でられたままだった。

 

「ところで、芽衣ちゃんはこんなところで何をしてるんだ?」

「わたしですか?」

ひとしきり話が終わると、岡崎君が芽衣ちゃんに話しかけた。そう言えば、今までどうしてここに芽衣ちゃんがいたのかは一度も触れられていない。

「特にすることもなかったので、ちょっと散歩をしていただけです。そうしたら、リヤカーを引いた岡崎さんを見かけて……」

「なんだ、ただ散歩してただけか……」

「……そう言えば、どうしてリヤカーなんか引いてるんですか?」

「岡崎君はねぇ、今廃品回収の真っ最中なんだよぉ」

「廃品回収ですかっ。なんだか、面白そうですねっ。わたしも付いていっていいですか?」

「……マジで?」

こうして気が付くと、岡崎君は二人も同伴者を連れて、街中でリヤカーを引いて練り歩くことになったのだ。

「さすがに三人ってのはどうかと思うんだけどな……」

「大丈夫だよぉ。旅は道連れ世は情け無用って言うしねぇ」

「ちょっとしたことなら、わたしにもお手伝いできると思いますからっ」

女の子っぽい男の子の佳乃ちゃんと、あからさまに年下の女の子の芽衣ちゃんに挟まれて、岡崎君はさぞかし複雑な心境だっただろう。

微妙な表情が、それを雄弁に物語っていた。

 

「なかなか見つからないものですね……」

「最初から楽に見つかるとは思ってなかったが、ここまでとはな……」

「ぐぬぬ~。このままだと空っぽさんのままだよぉ」

「ぴこぉ……」

三人で歩き続けてそろそろ一時間。これまでに両手に余るほどの家を回ってみたけれど、相変わらず収穫はナシ。夏の強い日差しも相まって、三人の歩くペースはちょっとずつ落ちていく。

「何か、いい方法はないでしょうか……」

「地道に回るしかないかな……」

「こんな時、魔法が使えたらいいのにねぇ。いらないものがいっぱい出てくる魔法ー! って感じだよぉ」

「いや、それなら最初からまともなものが出てきた方が良くないか?」

岡崎君に冷静なツッコミをもらって、佳乃ちゃんはごまかすように口に手を当てて笑った。

「そう言えば……霧島さん、そのバンダナ、ファッションですかっ?」

「これぇ? これはねぇ、お姉ちゃんとの約束なんだよぉ」

「約束……?」

「えっとねぇ……ちょっとややこしいんだけど……」

佳乃ちゃんがもじもじして口ごもっていた時、不意に、

「ひゃぁっ?!」

「?!」

「芽衣ちゃんっ?!」

芽衣ちゃんが後ろへ大きくのけぞった。転びそうになって、ようやく動きが止まった。突然のことに佳乃ちゃんも岡崎君も足を止めて、思わず後ろを振り返った。

すると、そこには……

 

「うさぎさんのみみ、したになってる」

ツインテールになった芽衣ちゃんの髪を引っ張る、小さな女の子の姿があった。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。